第1話「俺はヒーローなんかじゃない」

@DOTS

第1話

この世の全貌、何もかもを知る人間など存在しない。それは百年前、何本もの巨大な杭が地球に穴を穿った時から変わらない。


さて、まず私がこうして記録を文字に起こしているこの時代は、西暦2135年、11月4日だ。果たしてこれを読む人間の生きる時代は何年後か、人間はまだ言語を有するのか、そもそも人間はまだ存在するのか。ただのひとつも予想はつかないが、私の体験してきたことを全てここに記しておこう。

何故この記録が紙媒体なのかという疑問があるだろう。それには私が過去に学んだことから繋がるのだが、アカシックレコードという概念があったということを私は文献をサルベージする中で知った。

概念という目に見えないものであるから、眉に唾をつけて聞くべき話だが、このアカシックレコードなるものは、この世に起きた事象、現象が記録される何かだ。類人猿の誕生といういかにも神秘的な人類史から、ワシントンD.C.の交通量までがそこには収められている。

私が体験してきた全ては、そのアカシックレコードに刻まれているのかもしれない。ただ、私は唯物論者ではない。それが存在すると証明ができない以上、こうして紙に記すことが最善策だと考える。

私が体験してきた全てをどれほどの長さになるかはわからないが、少しは信頼できるアナログに記憶させよう。これを読む人間が居る時代に、未だコンピュータが現存するかは解らない。だからこうして紙とペンで後世に伝える。

何故最初にこの話をしたかというと、私もここに記される二人の男も、概念に生かされていたからに他ならない。私についても彼らについても追々説明するので、まずは本を閉じずに読み進めてほしい。

そして、いわば私はこの物語に限っての生きるアカシックレコードだ。全容を把握しているし、知らないことは何もない。少し長くなるが、読むだけの価値がある男たちの伝記だ。伝記であり、二人の男が生み出した、アメリカというかつて存在した愚かしくも強き国への、莫大な貢献についての報告書だ。

これは、私の体験した全てであり、革新の全容であり、この時代のアメリカの全景だ。これに限っては、私は誰よりも詳しい。



カフェ兼バーの「Those」。この日は繁盛とは言い難くも過疎という程ではない、表現するならば「微妙」が似合う具合だった。その原因は客にある。

日中、少し埃っぽい空気が占めた店内で、数人の男たちがカウンターのスツールに座っていた。カウンターの内側に立つスキンヘッドで強面のバーテンダーはグラスを黙々と拭き続け、目の前の客たちには一瞥もくれない。年齢もまとまりなく、二十代の男も居れば齢七十は下らなさそうな老人もいる。風態は全員薄汚れており、着崩したコートやジャケット、それも継接ぎされた物だ。

「おいおい、また賞金稼ぎの連中だよ……」

「殺しで稼いで、昼間っから呑んだくれるとはな。あいつらのどこがリフレクションズと違うんだ」

店の後方のテーブル席から、寂れた服装で酒を飲む男たちへ苦言が飛ぶ。カウンターの男たちに反して、テーブルに座って軽食を食べている若者二人のファッションは、応急処置なども少ない至って普通のシャツやズボンだ。

多少のシワはあれど清潔なシャツを見せびらかす黒い短髪の若者が、フライドポテトを指で弄びながら、嫌味ったらしくカウンターの男たちに向けた愚痴を、同席の金髪の男に宛てる体で話す。

「弾を貯めて人殺し。酒で酔ったままその日暮らし。保安官は助かるかもしれんが、俺に言わせりゃ――」

椅子の揺れる音がカウンターの方からした時、若者の饒舌な口がぴたりと止まった。賞金稼ぎたちがぞろぞろと静かにテーブルに寄ってきたのを見て、二人の若者は席を立とうとしたが、頭に銃口を突きつけられたことで足を止めた。

「おいクソガキ。お前らは今撃ち殺されても文句は言えねえぞ」

汚れたジャンプスーツを着た三十代と見られる男が、ピストルを黒髪の若者の頭に当てたまま、冷淡かつ怒りを含めた口調で言う。

「な、なんだよ……俺は本当のことを言ったまでだぞ!?死人にたかるハイエナどもが!!」

冷や汗をかきながら意地を張る黒髪の男の言葉で、ますます苛立つ様子の賞金稼ぎたち。まさに一触即発の状況の中、また一人客が店に入った。

暴れられてはかなわないと注意しようとしたマスターに「任せろ」とジェスチャーしたあと、男は突きつけた銃に左手を被せた。

「よっ、ダレス。昼からやけに物騒じゃないか?」

若々しくも低くよく通る声でダレスと呼ばれた男が横を向くと、オールバック、肩と腰にはホルスター、そこに入るは三丁のリボルバーといかにもガンマンといったいでたちの青年が立っていた。

とりあえず銃を下げろ、と強い握力でダレスの傷だらけの手を握る青年に、苛立ったダレスは突きつける相手を変えた。

「……ジョー、間に入るな。いくらお前だからといって誰も彼もが話を聞くと思うなよ、リーダーさんよ」

「別に俺はお前らのリーダーになったつもりは無いぞ。それと話は大体察してるよ、キレてるってことはどうせ図星なんだろ?」

ジョーと呼ばれた男は、堅実な態度を崩さずにダレスを煽った。右手で先ほどまで銃を突きつけられていた男に「早く逃げろ」とハンドサインを出すと、若者たちは荷物をまとめてバタバタと足音を立てながら店から出て行った。

「……お前は不殺を貫いているがな、もともと賞金稼ぎというのは殺して首を獲ってくる奴らだ。だから」

「お前のせいで俺たちがやりにくい、と?」

「解ってるじゃねえか。賞金稼ぎの定義を崩しかねないお前は、俺たち同業者からすれば迷惑でしかないんだよ」

ダレスがピストルのトリガーに手をかけた一瞬、青年は被せていたダレスの手を180°回転させた。ゴキリと関節の外れる音、もしくは骨折の音に彼の叫び声が重なった。

慌ててポケットやベルトに雑に入れていた銃を抜く他の四人だが、青年はその数倍のスピードで、ダレスを勢いよく蹴り飛ばして後ろへ飛んだ。それも、腰のホルスターに入っていたマテバを抜きながら。

ようやっと銃を抜き、照準を合わせようと腕を伸ばした四人だが、青年は彼らより数倍準備を整えていたのだ。飛び退く姿勢でありながらも、照準は一人目の手に合わせていた。目を閉じて丁度一秒だけ息を吸い、ピタリと呼吸を止めてから目を見開いた。トリガーに指をかけ、少しの躊躇いもなく四人の銃を一瞬で撃ち落とした。

遅れて銃声が――厳密には遅れてなどいないが、そう思わせるほどのスピードで撃ったのだ――四発鳴った。四人の手には傷一つ付いておらず、彼らの近くに置いてある木造のテーブルや床には壊れたピストルやマガジンが落ちていた。

ダレスは右手を押さえて呻き、一人は逃げ出し、二人はへたり込み、もう一人の派手なピアスを付けた男は勇敢にも素手で青年に襲いかかってきた。青年も銃を構え続けていたが、なるべく怪我はさせたくないのか、撃つのを躊躇いホルスターに押し込んだ。

ハイキックで気絶させようと構えた瞬間、後ろからショットグラスが飛んできて青年の頭を掠めた。そのガラス細工は襲いかかってきた男の顔に吸い込まれるように命中し、割れると同時に気絶させた。

「ジョッシュ、店の壁に穴を開けなかったのは評価してやる」

グラスを投げたと思しきスキンヘッドのバーテンダーは、何事もなかったかのように酒瓶の銘柄を確かめている。青年をジョッシュと呼び話しかけたが、声だけで目などは一瞥もくれてはいない。

「何偉そうに言ってんだ。もう少し早くマスターが仲裁に入ってりゃダレスの右手も反対に曲がらなくて済んだのに」

ジョッシュと呼ばれた青年は賞金稼ぎたちの方に向き直り、足を震わせている二人に「そいつらを連れて帰ってくれ」と頼んだ。首をボブルヘッドのように振って、ダレスやピアスの男を背負い慌てて店から出て行った。もののついでと彼らの行きがけに、青年が背中に「俺の名前はジョッシュだ」と苛立った声で叫んだ。

「やりすぎたかぁ。あの手治るといいけど」

バツの悪そうな表情で、荒々しく頭をかきながらグラスと壊れたピストルを近くの箒で集めるジョッシュ。あらかた拾うと、店内に置いてあった「dust」と書かれた麻袋に詰め込み、麻縄で強く縛った。

「灸を据えるのは大事だ。特に俺の店で暴れた奴にはな」

「あいつら、何をそんなにキレてやがったんだ?民間人に銃向けるなってのは賞金稼ぎのルールだろ」

スツールに麻袋を置き、その横にジョッシュも座った。何にする、とマスターに聞かれ、炭酸水、とシャツのボタンを外しながら答えた。

「殺しで稼いでるならず者と言われてたな」

「なんだ、やっぱり図星じゃねえか。そこでキレるなんて認めてるのも同然だ」

ジョッシュは先ほどの賞金稼ぎたちを思い返し、鼻で笑いながら肩と腰のホルスターを緩めた。

瓶に入った炭酸水が置かれ、会釈してそれを取り、がぶりと煽ってから、ジョッシュは定例の報告を始めた。

「ディックヘッズに書類提出は終わった。先週より賞金首の数が三件少ないのと、リフレクションズのこの街での騒ぎに関して、の奴だ」

「ご苦労。奴らがここに襲撃に来ることについては何と?」

「今はそこまで人員が回せないんだってよ。どうせ本音は俺とマスターがいて、パスカル保安官っつー町長もいるから必要ないと思われてんだろ」

「さあな。しかし、お前がそんなところまで面倒を見るから、リーダー気取りなんて呼ばれるんじゃないのか?」

「デュークと繋がりがある賞金稼ぎがいないんだから仕方ないだろうよ……俺だって好きでやってるわけじゃねえ」

「ほう。にしては態度には表さんな、ルーキー?」

「俺は賞金稼ぎになってもう一年経ったぞ。ルーキーじゃねえ」

少しムッとした表情でマスターに文句をつけるジョッシュ。新人扱いされることを嫌う彼は、少し荒くマテバをホルスターから抜き、四発の薬莢を抜いた。

「大体な、俺だって何も理由なしでキレてるわけじゃねえ。俺のことをジョーって呼ぶ奴らは大抵賞金稼ぎで、19歳のガキを嘲ってやがる。他の賞金稼ぎと違って誰も殺してねえのにだ」

先ほどの粗雑さとは反対に、ジョッシュの弾を込める手はとても優しかった。まるで女性の髪に触れるかのような手つきでシリンダーを撫で、荒々しい口調ながらもうっとりとした、恋人に優しく語りかけるような顔でマテバを眺める。

マスターはそのジョッシュの人によっては間抜けにも映る顔を奇妙そうに見つめる。9年間一緒にいる二人だが、マスターにはジョッシュがこうも銃好きを拗らせた理由が解っていなかった。

ため息をつきながらも、放っておくと永遠に銃を愛でていそうなジョッシュを引き戻すために、空になった炭酸水の瓶を新しいものと交換する。ハッとした顔をしてからジョッシュは話を続けた。

「ともかく、俺がどれだけやりづらい立場かってことだ。全くデュークも俺をあてにしやがるしよ、ザラのやつはまだ戻ってこねえし……俺も休暇取りたいぜ」

「最近はお前の評判もかなり上がってるじゃないか。『不殺のジョー』に感化されたのか、生きたままで賞金首をとっ捕まえてくる奴らも増えてるらしいぞ?」

マスターが不機嫌なジョッシュを宥めるために、カウンター越しに頭をわしゃわしゃと撫でる。ジョッシュのぶすっとした顔は変わらないが、マスターの手を退けることもしなかった。

「マスターもパスカルもおやっさんも、いつまでも俺をガキ扱いするなっての。もう19歳だぞ」

「まだ19だ。無理に背伸びするな」

「へっ、身長ならマスターを越したよ。というかいつまで撫でてんだ」

立ち上がってホルスターをきつく締め、炭酸水を飲み干して口を拭う。シャツのボタンを留めてから、ズボンの後ポケットから数個のマガジンを出してカウンターに置いた。

「炭酸水二本ならそれで足りるよな」

いそいそとブーツの紐を結び直しながらマスターに問う。店主は釈然としない表情で、無精髭の生えた顎を掻く。

「わざわざ払わなくていいんだぞ。ここはお前の家だろ」

「関係ねえ。俺は特別扱いが嫌いなんだよ」

金持ってても使わねえしな、と言い残して手をひらひらと振って店を出て行くジョッシュ。出入り口の鈴が鳴った時には、どことなく寂しげな背中は陽光の中に消えていた。

「そういえばザラがいきなり消えて、もう半年か……」



ジョッシュが喫茶店のドアを開けると、強い日差しと市場の賑やかな喧騒が飛び込んできて、思わず目を腕で覆った。

そして左に目を向けると、店前に駐車していた自分のバイクを触れもせずじっと眺めている子供がいた。赤髪とそばかすが特徴的なTシャツ姿の少年だ。ジョッシュが後ろからひょいと抱きかかえてシートに乗せると、少年は驚きながらも嬉しそうな顔をこちらに向けた。

「ジョッシュ兄ちゃん、おかえり!」

「ただいまアダム。俺のバイクなんか見てどうしたんだ?」

男として憧れるのは解るがな、と自慢気にランプを撫でるジョッシュ。

まじまじと見てたのだから気になるのだろうと思い込んだジョッシュは、このバイクはワルキューレルーンという名前で、馬力は車にも勝って、中身は俺用にチューンしてて、と年頃の少年ならば、わざわざバイクを眺めるならば普通は喜びそうな話をいくつもした。

しかしアダムは目を輝かせることはなく、寂しげな眼差しでメーターを眺めている。

「……どうしたんだ?」

「うん、バイクかっこいいね。ジョッシュ兄ちゃんもかっこいい」

よく見ると、アダムはガソリンメーターを眺めているのではなく俯いているのだ。ジョッシュは目の前の子供にかける言葉を飲んだ。

「お母さんのことか?」

ジョッシュの振り絞った言葉に、アダムがビクリと肩を震わせた。俯く顔はまた陰ってしまい、ジョッシュは頭を掻いた。

「……パスカルのおじさんがごはんを作ってくれるんだ。でももう二ヶ月くらいになる。お母さんは親戚に会いに行くって、すぐ戻るって言ってたのに、まだ帰ってこない」

「……なあアダム、お母さんは」

「ジョッシュ兄ちゃん」

必死の言葉を遮られる。やっとこちらを向いたアダムの目は、悲しげで、おぼろげで、涙は浮かんでいないことが、侘しさに拍車をかけている。

「お母さん、帰ってくるよね?」

何も言えなかった。齢10歳にも満たないこの子供に、どう話せばよかったのか、青年は答えを出せなかった。お前の母親は息子を捨てたのだ、とは、ジョッシュだけでなく、パスカルも言えなかったのだろう。母親以外の家族がいないアダムではなおさら。

「でも帰ってこなかったら、僕が探しに行きたい。バイクがなければ歩いて行きたい。お母さんとまた会いたい」

だから見てたんだ、と無表情で呟くアダムを、ジョッシュはそっと撫でることしかできなかった。こんなことをしても何にもならないとわかっていながら、何もせずにはいられなかった。偽善ぶりに嫌気がさし、ジョッシュは自分の部屋に帰ることにした。アダムに顔を隠しながら翻って酒場に戻る。

ジョッシュがThoseのドアを再度開くと、マスターは客でない人間に気付いたが、青年の今にも吐きそうな表情から何かを察して無言でグラスを拭いていた。会釈してから二階に上がり、自分のベッドにドアを閉めることも、ホルスターを外すことも忘れて倒れこんだ。

「……ザラは、まだ帰ってこない……」

窓から差し込む光から、目を腕で隠す。アダムとのやりとりを反芻しながら、ジョッシュは人間関係、賞金稼ぎの仕事――全てから逃げるように眠った。


ジョッシュが目覚めた要因は体内時計や体の異常などではなく、外からの喧騒だった。壁の時計を見ると、自分は一時間も寝ていないようだった。うつ伏せのまま寝ていたことと、体の怠さによってリボルバーが酷く重く感じた。が、ただならぬ雑踏と、ついぞ聴いた覚えのある子供の悲鳴で跳ね起きる。

「アダム……!?」

逸る足取りで階段を駆け下り、一階を見回すもマスターや他の人間はそこにはいなかった。ちょうどThoseの前で喧騒が起こっていることに気づくと、ドアを殴るように開けて表に出る。

そこにいたのはアダムを羽交い締めにし、少年の頭に銃を突きつけるダレス。そして、それを取り囲むように数十の住人がいた。

「ダレス、そんなことやめてくれ!今ならまだ間に合う!」

短い金髪と丸眼鏡の男、アダムの親代わりであり保安官のパスカルだ。涙を浮かべながら説得を試みているようだが、ダレスは血走った目でアダムを人質にすることをやめない。周囲からの非難も凄まじく、住人はピストルを持つダレスに怯むことなくブーイングを浴びせた。

「うるせえ、うるせえ、うるせえ!もううんざりなんだよ!」

息を切らしながら周囲への警戒を続けるダレス。ただそれも地団駄のようで、何に怒号を浴びせているのか自分さえもわからないというような表情のダレスは、ジョッシュにはどこか幼く見えた。まさに、アダムのように助けを求める子供と何も変わらないような。

「この街は平和になりすぎた!俺たちみたいな賞金稼ぎは人を殺すことでしか生きられないのに、賞金首はどんどん消えちまう!最初は感謝していたお前らからも、今は殺人鬼のような目を向けられる!」

誰がここを平和にしたんだ、とダレスは訴える。

ジョッシュは悩みがひとつ解けたような気がした。点が線になり、形を表す。自分が「不殺の賞金稼ぎ」を貫く限り、従来のやり方しか知らないこいつらは生きる術を持たない、と。

この荒廃した世界で人を殺さない人間の方が稀有だ。誰も彼もが、一度は殺人経験がある。そしてそれを生業としてしまった彼らは、別の方法を持つ人間に救われることはない。ベストを拒んで逃げた先に待つのは破滅だ。

「どいてくれ」

悩みが解けたと言ってもクリアになるわけではなかった。ジョッシュの靄は晴れなかったが、止まっているとアダムは死ぬ。群衆を掻き分け、ガンマンは中心に躍り出る。

「ダレス、その手を離せ」

「てめえッ……ジョー……いや、今はちゃんと呼んでやるよ。ジョッシュ・コーディ!!」

ダレスは名前を叫びながら、アダムからジョッシュに矛先を変えた。右手は昼間の傷により包帯で包まれており、左手でピストルを握っている。しかし安心はできず、アダムは未だに震え上がって黙って助けを求めている。

「今ならこの街からの追放で済ませてやる。早くどきな」

「ジョー、お前は正しいことをしているつもりかもしれんがな、俺からすればお前は邪魔者だ。若造にシステムを覆され、職を失った賞金稼ぎが何人居ると思ってる?」

「……お前はもう、賞金稼ぎじゃない」

「聞けよ、ジョー。こうなったのもお前の責任だ。お前がこの町を乱さなければこうなることもなかった!お前は間接的に何人もの命を」

「もうお前は、『賞金首』だ」

左手で右肩のリボルバーを引き抜く。日光に反射して、「M29」の彫刻が獣の牙のように照らされる。一呼吸ののちに息を止め、かつての仲間に迅速に――ジョッシュの意識の中では何分というほどの速度で――照準を合わせた。

二発、轟音が響いた。住人の喧騒も止むほど、昼間のマテバとは比べ物にならない銃声が鳴り、二つの鉛玉はダレスの左肩に吸い込まれるように命中した。

「っ、あ、があっ……」

利き手は右手だったのだろう、ダレスは撃つこともできずに激痛に慄き、アダムを腕から離した。だらんとぶら下がった左腕を右腕で押さえながら、土にまみれて転がる。

敗北感と絶望と痛覚に襲われ、だらだらと涙や汗、涎を垂らしながらダレスは気絶した。


「……ダレスの肩の銃弾、ひとつは貫通したみたいだが、ひとつは間接に挟まって抜けてない。そして、施術する余裕も技術もここにはない」

Thoseの店内で、数人の男が集まっていた。パスカル保安官、トラヴィスというガンスミス、そして店長のマスターに、他にもこの街「イエロー・サブマリン」における重要人物が揃っていた。

「当然だ、あいつが目覚める前に街から離れた場所へ捨て置く。いいな、みんな」

ジャンク屋のレイクがそう言って周囲を見回すと、皆が頷き、しかし晴れやかな表情はしていなかった。

男たちはぞろぞろと店を出て行くが、スツールに座ったまま俯く「功績者」には誰も声をかけてやれなかった。褒めることが彼を一番苦しめることと知っていたから。そして、ダレスは悪人ではなかったから。

「……またあとでそれ診せにこい。撃ったの久しぶりだろ」

唯一トラヴィスがぽんとジョッシュの頭に手を置き、それから何も言わず店を出て行った。

「ジョッシュ兄ちゃん」

俯くジョッシュの視界には床しか映っていなかったが、一人だけ、アダムがジョッシュの元へやってきた。ジョッシュが彼に虚ろな目を合わせると、本心からの笑顔を見せて、ありがとう、と恥ずかしそうに呟いた。

「助けてくれてありがとう。やっぱりジョッシュ兄ちゃんはヒーローだ」

ジョッシュは泣きはしなかった。叫びもしなかった。ただアダムから感謝されることにジョッシュが感謝したくなり、この少年を救うことはできず、自分が救われてしまったことにやるせない悲しみを覚えた。気づくと小さな背中を抱きしめて、俺はヒーローなんかじゃない、と声には出さずに言った。

「ジョ、ジョッシュ兄ちゃん、これ、マスターから」

アダムがポケットから紙片を出そうとしていることに気づき、ジョッシュが慌てて彼を腕から離す。受け取ったその四つに折り畳まれた紙切れを広げると、驚嘆のあまり暗雲さえ吹っ飛ぶほどの要項が記載されていた。立ち上がり、驚きで呼吸もできないまま紙片を握りしめた。

「姐さんが、帰ってくる……?」

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第1話「俺はヒーローなんかじゃない」 @DOTS

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