第12話 情報は得られたが…

「話すに辺り、とある男の存在が不可欠になっておる」

そう口にしながら、コデックスは話し始める。

私と澪は、それを真剣な表情で聞いていた。

彼の話だと、ヤド達が探している鍵の原材料となったのが、リヴリッグというアングラハイフの体の一部だという。リヴリッグは”聖杯”がある場所の扉を守る番人のような役割を担っていたが、一つ問題があった。

「リヴリッグは、一族の中では多くの能力に恵まれた者だったが…体が不自由でな。首から下の部分は生まれつき動けなかったのだよ」

「え…」

「でも、それだと”番人”の仕事がやりづらいのでは…?」

語るさ中、驚いている私の隣にて、澪はコデックスに問いかける。

「うむ。そのため、如何にして出逢ったかは知らぬが、彼を世話する者がおったのだ。そいつが、鍵を作った張本人…名は確か、ラヴィン…とかじゃったな」

「成程…」

話を聞きながら、私は相槌をうつ。

そして、話は続く。リヴリッグは、その体の事情があって、聖杯がある場所付近以外だとどこにも出歩くことができない。そのため、外の世界への憧れは人一倍強かったようだ。そして、ある事をきっかけに彼はラヴィンにある提案をしたという。

「それは、”自分の肉体からだの一部を切り出して”鍵”を作り、そこに精神を移して時折外に出たい”という提案だった。それに応じたラヴィンは、体を構成する岩を少し砕き、”聖杯”のある扉を開けられる鍵を生成した」

「精神を移す…か。人間ならありえないけど、アングラハイフの場合だと可能…なのかな」

私は、内心でふと思った事を口に出していたのである。

「自らの意思でできる…という意味では、それはリヴリッグしか操れない”能力”だったと思う。わしはその能力しか聞いていないが、他にも多くの力を彼は持っていたらしい」

「能力があるのに、体が自由に動かせないって…皮肉よね」

澪が口にした台詞ことばに対し、コデックスは黙って頷いていた。

「しかし、いくら外界そとへ出るためとはいえ、自分の肉体を引きちぎるようなものだ。相当の痛みが予想できたはずなのに、何故その提案をラヴィンにしたのかが理解できんのだ」

「きっと…ちょっとしたきっかけが、大きな決意を促したのかもしれませんね」

コデックスに対して私が答えると、少しの間だけ沈黙が続く。


 そうしてある程度の話を聴き終えた後、そろそろ酸素カプセルの終了時間が近づいていることを教えてくれた。

「そうだ、言い忘れていたが…」

「コデックスさん…?」

部屋を出ようとする私たちに対し、コデックスが引き留める。

「リヴリッグは鍵となりその中にずっといるだろうが、ラヴィン…。そいつは流石に世代が変わって、今は日本にいる…って聞いた事あるぞ」

「本当ですか?!」

思いがけない情報に、私達は喜ぶ。

「直接会ったことはねぇから、名前や顔は全く違うが…。逆に、”鍵”を持っていれば探し出せそうだがな」

コデックスは少しはき捨てるように言った。

「おじさん、ありがとうね!」

澪が中年のアングラハイフに、笑顔で告げる。

そうして、彼がいる空間から自分の肉体へと私達は戻っていくのであった。



「あ…」

気がつくと、そこは酸素カプセルの中だった。

自分から見て左側にあるバネルを見ると、残り時間が5分をきっていたのである。

 また耳抜きしなきゃ…!!

時間に気がついた私は、すぐにまた耳抜きをする。

コデックスの話を聞いていたため、酸素カプセルを存分に満喫できていない状態で終わってしまう。そうして残り時間が1分になった頃に、布団で半分覆い隠されたカプセルの蓋から、何かが動き出したのが見える。姿かたちはわからなくても、近くで待機していたヤドと同じ服の色をしている。

 どうしたのだろう…?

私は、彼が立ちあがって動き出した理由がわからなかった。

施設の中を徘徊するほど好奇心旺盛な性格タイプでもないため、何かあったのだろうか。そんな事を考えていると、パネルの時間が終了を示し、ブザー音が鳴る。本来ならこの後、カプセルに設置されているスピーカーから店員の声が聞こえて、蓋を開けてくれるのだが、そうはならなかった。


『ひゃはははっ!!人間の諸君、元気か~い??』

「え…っ!?」

スピーカーから、女性スタッフではない全く聞き覚えのない声が響いてくる。

スピーカー越しとはいえそのやかましそうな声に耳を痛めつつも、私は驚く。いかにも男性と思われる声であり、“人間の~”という言い回しに気が付く。

 もしかして、アングラハイフ…?

そんな事を考えていると、スピーカー越しに違う言葉が発せられる。

『店員には今、おねんねしてもらっているんで、その間にゲームといこうぜー!?』

「“ゲーム”…?」

お遊びみたいな軽い口調だが、どうにも嫌な予感を私は感じていた。

『まぁ、単なるクイズゲームさ!ルールは簡単!!俺様が出すクイズに答えられれば、お前らの勝ち。カプセルから出してやるぜ!ただし、答えられなかったら…』

「…っ…!?」

すると突然、カプセル内に何かの匂いを感じる。

しかし、それは悪臭などではなく、サービスとして最初に入れてもらったアロマの香りであった。

『今入っている香りと同じ要領で青酸カリを入れちゃうので、あんたらは死にますよっていうルールでーす!!』

「なっ…!!?」

楽しげに説明するアングラハイフだが、私は背筋に悪寒が走る。

何より恐ろしいのは、クイズで正解ができなかったら自分だけでなく、他の酸素カプセルに入っている澪も同じく危険な目にあうという事だ。自分は理系の人間だが、シアン化カリウム――――通称・青酸カリの具体的な事は知らない。しかし、長く体に入り込むと人体に害を及ぼすのは、素人でもすぐにわかることだ。私は緊張した面持ちで、壁面に備え付けてあるインターホンを鳴らす。

これは元々、中にいるお客がスタッフを呼ぶ時に使えるもので、中から通信できる唯一の手段である。

『おっと!どうやら、質問か何かかなーー??』

インターホンの音が鳴った後、騒ぎの張本人の声が響く。

「…何故、こんな事をするの…?」

緊張でかなり声が張っていたが、はっきりと相手に問いかける。

とりあえず、犯人に対して文句を告げると挑発になってしまいそうなので、聞いても変に思われない問を仕掛けてみたのである。

『仕方ないから、答えてあげるけどー…。俺は…お前ら人間なんて大嫌いなんだよ』

ノリノリの声から突然地声に変わり、私はそのギャップに驚く。

『あの地下鉄サリン事件に始まった訳ではない…。俺らが好む大地を“開拓”という大義で壊してあらし、コンクリートだらけの大地にしてしまった…。けど、嫌いだからって一瞬で殺すのだとつまらないからな。だから…』

アングラハイフと思われる男の話は続く。

地下鉄サリン事件よりも昔の話もしている…という事は、結構永い時代ときを生きているアングラハイフなの…?

私はスピーカー越しに聞こえる話が、犯人の本音だろうと思った。おそらく、澪や他にもいるであろう客も同じ事を考えたかもしれない。最も、皆が皆、“彼ら”に関わった事がある人間ではないと思うので、相手の話に理解が追いつかない客もいるだろう。

『だから、恐怖にあえぎ苦しむ姿を見ながらジワジワと遊ぶ…。何事も楽しまなくては!!ってかんじで、気まぐれに仕掛けているっつー訳さ!!』

気が付くと、相手の口調が最初の時に戻っていたのである。

『あぁ、それと…』

質問の回答は終わったはずなのに、まだスピーカー越しに声が響く。

『どうやら、質問してきた姉ちゃんが、このくそ野郎の連れって事だな?』

「ヤド…!?」

その台詞ことばを聞いて、私は彼の存在を思い出す。

『青酸カリの匂いは、俺らにとっても本来はきついだろう。故に、ここにいるくそ野郎が俺を止めようにも、この瓶から発する臭いで近づけない…だから、助けを求めようとしても無駄だぜー?』

その台詞ことばに半分納得したが、腑に落ちない事もあった。

しかし、同じ疑問を持っていたのは私だけではなかったのである。

その後、少しだけ沈黙の間があり、再びスピーカーから声が響く。

『今、質問…というか、人間なら疑問に感じそうな事を訊かれたから答えてやるが…。俺様は、お前ら人間が大地を汚しやがったのがあって…嗅覚を失っている』

「え…」

思いがけない回答こたえに、私は体を硬直させる。

 もしかして、相手に尋ねたのは、澪…?

不意に私は、そんな考えが頭をよぎる。

おそらく、今いる客の中で、アングラハイフの事を一番知っているのは彼女だろう。そう確信した時、スマートフォンが軽く振動したのを感じ取る。カプセルに入る際、貴重品だけはと唯一持ち込んでいたのが、スマートフォンと財布のみだった。

 そっか、ここは地下ではないから、携帯はつながるはず…

そう思ってスマートフォンの画面を私は見る。

「“今は、そいつの言う通りに従い、”遊び“につきあってやれ。時間稼ぎしてもらっている間に、俺が何とかする”…」

周りが密閉されている事もあり、メールの内容を口頭で読む。

送り主は、ヤドであった。

 青酸カリの臭いで近づけないだろうから大丈夫かと思ったけど…よかった…

ひとまず、彼が無事だとわかったので私は安堵した。

 “了解。じゃあ、澪にもその事を伝えておくね”…と!

私はヤドに対し、そう言葉を付け足して返信したのである。

『じゃあ、質問タイムは終いにして、クイズタイムに入るぜーー!!』

犯人の声が響いたため、私の視線がスマートフォンからスピーカーへと変わる。

 せっかく、コデックスさんからいくつか情報が得られたのに…。こんな所で死ぬなんて、絶対に嫌よ、もう!!

私は内心で自分を奮い立たせ、生死をかけたゲームに巻き込まれていくことになる。

一方で、“アングラハイフの中でも人間を嫌う者は他にもいる”のを改めて思い知らされたのであった。



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