第9話 強いとされる者たち

地下のマラソン大会で遭遇したドワーフは、ソルナと顔見知りのようだった。しかし、彼らの間で流れる雰囲気があまり穏やかでないような気がしてならない。

「相変わらず、チャラチャラしているのですね。すぐにわかりましたよ」

「あんたこそ、童顔のくせして何その優等生面?!」

口を開いて話し出したと思ったら、何故かお互い喧嘩腰のようだ。

 この二人、顔見知り…みたいけど、犬猿の仲とかかもしれないな

いがみ合っているように見えたため、私は不意にそんな事を考えていた。

「ソ…ソルナ。彼は一体…?」

「あぁ、奏ちゃん!!」

私が声をかけると、我に返ったソルナがこちらを振り返る。

この時私は見えなかったが、相手が私の声に反応したような表情かおをしていた。

「その人間…」

「そんな事より、桜花!!あんたみたいな文科系野郎がマラソンなんて、珍しい事もあるんすね?」

「…何ですって…?」

桜花は私の方に視線を向けていたが、ソルナの一言にすぐに反応していた。

「…馬鹿は理解が遅いから、困ります。誰かの代理等でなければ、僕とてこんなイベント参加しませんよ」

しかし怒り出すことはなく、ため息交じりで桜花は答えた。

「はい!!?」

すると、今度はソルナが桜花の台詞ことばに反応していた。

 意外と“彼ら”って、皆短気だったりするのかな…?

この二人のやり取りを見ていて、私は不意にそう思ったのである。

「“彼”が、今回の景品になっているお酒を欲しがっているようでして…コミュニティー内で本日予定が空いていたのは、僕だけという事…なんです!」

「あれは…!?」

桜花は、口を動かしながら、手と手を合わせて何かの仕草をしていた。

すると、地面が少し揺れた直後に、地面から人の形をした人形が数体現れる。何かわからない私は、目を丸くして驚いていた。

「こんなコンクリートの地面の上からでも土人形ゴーレムを生成できるとは…腕は衰えていないよう…すね!!」

何体か現れた時、こう口にしたソルナは、その場から物凄い勢いで走り出す。

「はぁっ!!」

彼は掛け声と一緒に、強烈な蹴り技を放つ。

それに直撃した土人形ゴーレムは粉々に砕け、地面に崩れ落ちる。

「ソルナ…すごい…!」

最初は驚いたが、一撃で粉砕したのを見て私は素直に感じた事を述べた。

本人から聞いた話だが、ソルナは以前、一時期中国に滞在していた事があるらしい。その際に現地の格闘技を習ったとからしく、素手による攻撃が得意だったのである。

「というか、何故ソルナを攻撃しようとするの?!」

あっという間の光景でうっかりしていたが、元々は先に仕掛けてきたのは桜花の方だ。

私は少年の姿をしたドワーフを睨み付けて、そう言い放つ。

「“何故”…とは、おかしな事をいう人間ですね。今現在、この場では殺傷性の抑えられた魔法であれば、使用を許可されています。TOP5に入らないと景品もらえないようなので、相手の邪魔をするのは当然の事でしょう?」

見下されているような言い方だが、一理ある。

素直に“成程な”と思うしかなかった。

「大丈夫っすよ、奏ちゃん!こんなに小さくてセンス悪い土人形ゴーレムなんて、俺が壊すから…さ!!」

そう叫ぶや否や、ソルナがひじを使って突き出した腕によって、土人形ゴーレムの首から上が砕けて地面に飛ばされたのである。

桜花が土人形ゴーレムを次々に生み出していくが、ソルナの技で次々と壊れていく。そんな繰り返しを、私は茫然としたまま見つめていた。

「何をやっているのかと思えば、ガキみたいね…」

「貴女は…!」

すると、横から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

私が横を見ると、そこには新宿署の女性警察官である小峯巡査が立っていたのである。

ソルナも言っていたが、相変わらずその表情は怒った表情かおそのものだ。

「何かドタバタしているから来てみたけど…どうやら、どっちかが貴女の連れね?」

「はい…。何だか、すみません」

巡査に尋ねられ、私は素直に謝るしかなかった。

「私は、新宿署・特人課の小峯三喜子。階級は巡査よ」

「…殊之原ことのはら奏です」

巡査は思い出したかのように、私に名前を教えてくれた。

ソルナから既に名前を聞いていたが、一応はじめましてのつもりで私も挨拶をする。挨拶をした後、小峯さんはどんぱちやっているドワーフ達に視線を移す。

「顔を見るのは初めてだけど…あれが、“土人形ゴーレム使いの桜花”ね」

「…あの桜花ってドワーフを知っているんですか?」

二つ名のようなものを口にしていた小峯さんに対し、私は問いかける。

「直接面識はないけど…そうね。私達特人課は、それなりに強い人外に関してはちゃんと情報集めをして管理しなくてはならないの。あんまり悪さとかされたら、現行犯逮捕しなくてはいけないしね…。因みに、あの土人形ゴーレムを粉砕している奴もそう」

「ソルナも…ですか?」

私の問いかけに対して目を丸くするも、小峯巡査はすぐに話を再開する。

「えぇ。彼の場合だと二つ名はなくても、武術と結界術に優れたUNGR-HI.F《アングラハイフ》として結構名前が知られている方ね」

「“UNGR-HI.F《アングラハイフ》”…?」

話を聞く中で、聴きなれぬ単語に対して首を傾げる。

「えぇ。彼らの呼称…といっても、私達警察が勝手に考えたものだけどね。語源は確か…潜伏する・覆い隠す・見つけるを意味するunderground・hide・findを掛け合わせた造語…って!!」

単語の意味を教えてくれた巡査だったが、何かを思い出したかのように声を張り上げる。

それがあまりに唐突だったため、私は驚いて体を震わせていた。

「奏ちゃん…だっけ?」

「…はい?」

名を呼ばれ、私は返事をする。

どうも小峯巡査の表情が、怒ったままだが何か言いづらそうにしていた。

「今聞いた事…私が教えたって、警部には黙っていてもらえるかな?いくら“彼ら”を視えるとはいえ、貴女は一般人だし…ね」

「あ…。えっと…」

私は答えようとしたが、相手の態度を見てその理由が何となく理解できたのである。

「わかりました!警察も機密遵守しなくてはいけないですし…聞かなかった事にします!」

「ごめんなさいね」

小峯巡査は怒った表情のまま右手をまっすぐ前に出していたため、何とも不思議な体勢になっていた。

 でも、名前にこだわらない“彼ら”だけに、そういった決まった呼び名があると何だかわかりやすいかも…。

私はこの時、これから彼らの事をアングラハイフと呼ぼうかと決めたのである。

「さて…と。そこの血の気が多いアングラハイフ二人!!!」

小峯巡査が声を張り上げると、ソルナや桜花の視線がこちらに向く。

二人は彼女が“審判”のような役割をしているのを知っていたため、一気に表情が変わる。

「今のところルール違反でないから強制退場はさせないけど…あんまりそこでふざけていたら、制限時間なくなるわよー!!」

「げっ!!?」

小峯巡査の台詞ことばで我に返った二人の声は、ほぼ同時だった。

 この二人…意外と少し似ているのでは…?

私は、この時の態度を見て、不意にそんな考えが脳裏をよぎったのである。


 

マラソンを再開した私は、折り返し地点である路勢丹の地下まで到達する。そして、同じ通路ではあるが往路の反対側を走り始めていた。

 誰かがゴールしたのかな…?

すると、前方の方からトランペットの音が響いてくる。短距離走ではスタート時は無論の事、走者がゴールした時もピストルで撃つ場合もある。このマラソンではピストルの代わりにトランペットを使用しているため、この音は誰かがゴールをしたという事だ。最も、私やソルナ。そして桜花は途中立ち止まっていたため、だいぶ遅れていたのだろう。

走っていく内に、離れているから少し小さいが、ヤドらしき人影も見えてくる。

 そりゃあ、流石にもうゴールしているか…。5位以内に入れたのかな…?

私はそんな事を考えながら、走っていたその時だった。

「わっ!!?」

本屋があるビルや地上へ出る階段の横を通り過ぎようとした時、何かとぶつかった事で私は地面に転げてしまう。

マラソンなのであまりスピード出していないからまだよかったが、これが全速力で走っていれば思いっきりぶつかって怪我をしていただろう。ただし、しりもちついてしまうのだけは避けられなかった。

「あ痛たたた…」

それでも、やはりコンクリートの地面にお尻をぶつけたので痛かった。

しかし、普段の新宿駅ならまだしも、今は結界が張られているためにマラソン参加者と主催者以外の存在はいない。そのため、誰かとぶつかる事はないはずだったが――――

「何これ…!!?」

私はぶつかった“何か”を見上げた時に、目を丸くして驚く。

目の前にいたのは、岩でできている人のような形をしているため、土人形ゴーレムであるのはすぐにわかった。

土人形ゴーレム…!!?」

「あれは…!!」

後ろから声が聞こえたので振り向くと、後ろから走ってきていたソルナと桜花が口々に叫んでいた。

「あれは滅多に見かけない、“結界を潜り抜けられる土人形ゴーレム”…。何故、ここに…!?」

「結界を…?」

桜花が口にした台詞ことばに対し、私は反応していた。

 彼が驚いているのを見る限り…桜花以外のアンフラハイフの仕業…?

私は、不意にそんな事を思っていた。

「奏ちゃん…!!」

「え…!?」

ソルナの叫び声が聞こえたので、後ろを振り返ると――――――私の目の前にいた巨大な土人形ゴーレムは、大きな腕を振り上げていた。

その土人形ゴーレムは、地上への出入り口を通れたにせよ、普通の人間よりは横も縦も大きい。

「…っ…!!」

しりもちついただけとはいえ、地面に座り込んでいた私は思わず瞳を閉じる。

「…?」

瞼を閉じた後、ぶつかる感触ではなく、一瞬だけ宙に浮いたようなかんじだった。

「ヤド…!?」

「…ったく、のろま猫が…。手間かけさせるな」

それもそのはず、体が浮いた感覚がしたのは、ヤドが私を抱えてその場を離れていたからであった。

 あんなに離れた場所にいたのに…!?

私は1秒くらいの短い間に、100メートルは離れていたであろう場所から私のいる場所までたどり着けたヤドに対し、驚きを隠せなかった。ソルナがいる所まで離れると、ヤドは私を地面に放りだす。

「…ありがと」

放り出されてお尻は痛かったものの、今はそれよりもお礼を言いたくて、私はヤドを見上げながら言う。

「…礼を言われるほどでもねぇよ」

そっぽを向いたまま言うヤドに対し、何故か微笑ましく感じていた。


「さて…。何故、こんな結界の中に土人形ゴーレムと思ったが…お前の仕業…と思ったが、どうやら違うみたいだな」

そう言うと、ヤドは桜花を睨み付ける。

「成程、君が“ヤド”ですか。流石に、そこの単細胞よりは頭が回りそうですね」

「単細胞―!?」

桜花も睨むようにヤドを見上げていたが、お互いひるんでいる様子はない。

一方、単細胞と言われたソルナが反応していたが、当の二人は完全にそっちのけで話し出す。

「見れば、おおよそわかるさ。あの土人形ゴーレムはでかいが、作りが雑に見えたしな。“土人形ゴーレム使いの桜花”があんな陳腐な奴を仕向ける訳ねぇだろうし…」

「やはり、僕の事をご存知でしたか。補足をすると、僕は今日、他の仲間の代理で来ています。人間は好きではないですが、このマラソン大会が中止になるような事態を引き起こすつもりは全くないですからね」

「という事は、第三者の仕業…?」

ヤドや桜花が話す中、私は一人呟いていた。

それに対して、二人は地面に座り込む私を見る。

「せっかく、猫さんと戯れるカフェの招待券をゲットして気分上々だったってのに…。本当に空気の読めねぇ土人形やつだぜ…」

そう言うや否や、ヤドの右手が鋭い刃物のような物に変貌していた。

「…つー事で、乱入者をぼこってもいいよなー?」

ヤドは、確認するように口走りながら、小峯巡査の方を見つめる。

「…そうね。じゃあ、主催者には私の方から伝えとくから、そいつの処分をよろしく」

「まぁ、あんなばかでかい奴を新宿署に連行する訳にもいかないっすもんねー♪」

小峯巡査が言う中、ソルナがなぜか楽しそうに口走っていた。

そうして巡査が主催者達へと報せに行った後、その場にはヤド・ソルナ・桜花・私の4人だけになっていた。

 土人形ゴーレムがどれぐらい強いのか知らないけど…ファイトだ、アングラハイフのお三方…!!

私は心臓の鼓動が早いのを感じつつも、彼らを見守る事に徹するのであった。

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