第4話 追跡

『平積みしていた所、客に呼ばれて…。戻ってきたら、1冊なくなっていたんです。おかしいなと思って辺りを見渡したら、本棚の角にぶつかるような音が響いたくらいで誰もいなくて…』

私は、お店を出る前に聞いた店員の証言を思い出しながら走る。

 何で私が、万引き犯を追いかけなきゃいけないのよーーー!!!

私はもう何がなんだかわからない想いをしていた。

無論、本当に私が一人で捕まえなくてはいけない訳ではない。私が後を追い、それを前からヤドが取り囲む予定らしい。

「あれか…!!」

走っていくと、こちらに背を向けて早歩きをする人影を見つける。

すれ違う人と衝突はしているはずだが、透けて通り抜けている所を見ると、万引きしたドワーフに間違いないだろう。思えば、彼らはお店の防犯カメラなどには映らないらしい。そのため、万引きといったとっとした犯罪でも簡単にできてしまうのだ。そんな存在があれば、彼らによる犯罪が増えるのは世の常なのかもしれない。


「げっ!!?」

後ろから響く私の足音に気が付いたのか、万引きをしたドワーフは、いきなり歩くスピードを速めたのである。

ちょうど、目の前に動く歩道があったため、その動力もあって普通に走るより早く進めたが、相手もスピードをあげたため、私も追いつかなくてはならない。

動く歩道を抜けた先には、超高層ビルが並ぶ大通りへ出る訳だが――――――万引き犯は地上を走らず、すぐ近くにある階段を駆け足で下り始めたのである。

 まさか、地下鉄の駅行って、壁の中とかに消えるんじゃないでしょうね!!?

階段を下り始めたのを目にした際、そんな予感が脳裏をよぎる。

ヤドなら兎も角、壁の中に潜られては私では追いかけようがない。そうなってしまってはもう二度と見つけられなくなると考えた私は、少し足に痛みを感じつつも走り続ける。

「おげっ!!?」

すると、階段を降りきったと思われる万引き犯のうめき声が聞こえた。

「これは…って…!!?」

転げ落ちないよう何とか階段を下った私は、地面に転げている万引き犯が目に入っていたのである。

どうやら、何かとぶつかって転倒したようだ。

何にぶつかってしまったのかと目を凝らしてみると―――――――

「いいだね、君。だけど、こんな地下ばっかりうろついていたら、変な人間に捕まっちゃうぞー?」

「えっ…!!?」

その甘えるような声が聞こえた途端、私は目を見開いて驚いた。

万引き犯は何かにぶつかって転倒したようだが、その正体が後からこっちに向かっていたヤドだったのである。高飛車な言動が多いのが彼の普段な姿と認識していたため、あまりの変りぶりに唖然としていた。

地面に丸まったような形で座り込んでいたヤドの側には、一匹の猫がいる。首輪がついていない所を見ると、どうやら野良猫のようだ。まるで、欲しい物を手に入れた子供のような表情で、猫を撫でている。

一方、私と同様で自分が転倒した原因たる“異物”を見た万引き犯も、その場で茫然としていた。しかし、我に返ったようで、再び足を動かし始めようとする。

「……おい、てめぇ」

「…っ…!!?」

忍び足でその場を去ろうとする万引き犯に対し、ヤドの野太い声が響く。

殺気を含んでいるその声に、相手は体を震わせる。

「てめぇがもし、この猫さんとぶつかっていたら、とんでもない怪我をしていたんだ。そうなったら、どうやって責任取るつもりだったんだ?あぁ!!?」

「ひぃぃっ!!!」

あまりの豹変ぶりを垣間見た相手は、その場から一目散に逃げ出そうとする。

私もそれに気が付き、再び追いかける…はずだった。

「ぐえぇぇーっ!!」

1秒もしない内に、万引き犯のうめき声が響く。

どうやら、ヤドが背を向けた相手の上にのしかかり、動けないようにしたのだろう。

状況から察するに、ヤドは全速力で階段を下ってくる相手に、このままだと猫と衝突して怪我をしてしまうだろうと考えていたと思われる。

 か…彼の前で猫を邪険にするような発言・行動はしないようにしよう…

何だかんだでヤドが犯人を捕まえたのを見て、私はそう心に誓ったのである。



「いやぁ…奏さん、ありがとうございました!」

「うーん…素直に受け止めるべきかが微妙だけど…」

その後、私達に追いついたベイカーが、私から万引きされていた本を受け取る。

 こうなるのなら、最初からヤドが追いかければ早かっただろうに…

そう思いながら、私はヤドを見つめる。

「抱こうとして逃げちゃうとは、シャイな猫さんなんだなぁ…」

一方のヤドは、その後いなくなった猫が走り去った方角を見つめながら、独り呟いていた。

「そうだ!そろそろ、わたしもバイトあがる時間になりますし…。少し遅いですが、夕飯を食べに行きませんか?」

「えっ…」

満面の笑みを浮かべながらベイカーは提案するが、私は一つ不安があった。

「ベイカー達って、視える人とそうでない人がいるのに、大丈夫なの…?」

「その点については、大丈夫です。わたしが良いお店を知ってますんで!」

「そっか…よかった…」

私は安堵のため息をついて、地面に視線を落とす。

ヤドが捕まえた万引き犯は、彼が土を媒介にして作った縄で手足を拘束している。警察には本屋の店長が電話してくれているため、じきに来て犯人を連れて行ってもらうことになっている。

「では、わたしはお店に戻って着替えてくるので…警察への引き渡しまで、よろしくお願いしますねー!」

そう言ってベイカーは、本屋へと戻っていく。

「それにしても…あんなに素早く動けたり、土を使って縄を生成できちゃう辺り…あんた達ノームって強いし、色々できるんだね!」

「…まぁな。遥か古い時代ときから道具作ったり穴掘っていたりしていていたから…ある程度はできるさ」

私が感心していると、いつもの状態に戻ったヤドが立っていた。

「だが、万能ではない。俺らは自分らが生きる土地…大地が汚れていたり穢れていたりすると、体調とかに影響を与える」

「有害物質……とか」

「あぁ」

不意に思い出した物の名前を私が口にすると、ヤドはを細める。

「とりわけ、あの時起きたテロ事件では……かなりの奴が……死んだ……」

「ヤド…?」

独りヤドは呟いていたが、声が小さくて私は聞き取る事ができなかった。


「通報、ありがとうございました。今後も、何かあったらこちらまでご連絡してくださいね!」

あれから新宿警察署から警官が来て、万引き犯を連行する事となる。

すると、私に話しかけてきた刑事さんが名刺をくれた。そこには、“新宿警察署 特人管理課課長・極羽要人きょくはかなめ”と書いてある。

「“特人管理課”…?」

聞きなれない部署名を見た私は、首をかしげていた。

それに気が付いた警官―――極羽要人きょくはかなめという30代くらいの男性がこちらに近づいてくる。

「君は視えるみたいだから教えるけど、新宿みたいに地下通路や街を有する区や市なんかは、警察署内にそういう名の部署があるんだ。俺達は、君と同じく、そこにいる彼とかが視える人間の一部なんだ」

「そうなんですか…初めて知りました!」

警官は、ヤドを指さしながら、説明をしてくれた。

「…まぁ、知らない奴も結構多いし、警察署内でも秘密裏に管理されているから…ここだけの話にしてね。何せ、“彼ら”以外の人外な連中も俺らの管轄だから…」

極羽さんは、少し気まずそうな口調で私達に釘を刺したのである。

 一般人わたしたちが知らないだけで、世の中にはいろんな存在ものが生きているんだなぁ…

警官たちが歩いて行った方角を見つめながら、私は不意にそんな事を思う。

“ありえない”と思えるような現実離れした話でも、いざ人の口から真実を語られれば、いくら現実主義の自分でも納得せざるをえない。ヤド達ドワーフと出逢ったのはほんの1・2日前の話だというのに、その短い時間で10年分の知識を得たような気分だった。

「さーて…。そろそろベイカーも戻ってくるだろうし…飲みに行くかぁ…」

「…仕事終わりのおっさんみたいな台詞ね、今の…」

考え事していた自分の側で呟くヤドを見て、私は“すっかり緊張感抜けているな”と内心思った。


「あれ…」

私はこの時、地下通路の明かりが点滅している瞬間を目撃する。

電池切れかと思ったが、電球は消える事なく元に戻った。その点滅の仕方に、何故か電波が狂った時の状態に似ているような気がしたのである。

「うーん…一足遅かった…か」

「!!?」

真後ろから突然声が聞こえたため、私が振り返る。

そこには、女性が着るようなロングジレを羽織っていて、タップダンスができそうな革靴を履いた男性だった。

男性は私に見向きもせずに、周囲を見渡している。

 あれ…?さっきまで聞こえていた雑音が聞こえない…?

人影はあまりないとはいえ、屋外ならではの空気の音のようなものが全く聞こえない状態に対し、私は違和感を覚えていた。

「…って、なんだ。どうやら君は、僕の事が視える人間のようだね」

気が付くと、男性は私の目の前に立っていた。

茶色い瞳はヤドも持っているが、彼と違ってこの青年の瞳は、その奥底に得体のしれないものがいるかのように感じた。

「君が例の“コミュニティーに属していない”奴…だよね?」

「あぁ?」

すると、青年は少し離れた場所にいるヤドに視線を向ける。

「確かにそうだが…俺は、お前みたいなドワーフと面識はねぇが…何者だ?」

そう問いかけるヤドの表情は、どこか深刻そうだ。

「もしかして、貴方……“香園かおん”…?」

成り行きを見守っていたが、“このままではいけない”と不意に思った私は、思いついた名前を告げてみた。

青年は、目を丸くしていた。状況からして、“人間”である私が彼の名前を知っているのは普通ではないため、驚いたのかもしれない。

「……あたり。何…君、彼の助手か何か?」

「助手って……。まぁ、似たようなものだけど…」

薄い笑みを浮かべながら話す香園かおんに対し、私は少し緊張した面持ちで答えていた。

「成程、お前が香園か。で、一体何をしに来たんだ?」

「んー…同胞を拾って帰ろうかと思っていた所なのだけど…どうやら、特人課の人奴らに連れて行かれちゃったみたいだね」

「じゃあ……万引きを指示していたのは、てめぇか」

「あー…そっか。彼は、それで捕まっちゃったんだね」

香園が話している中でヤドが問いかけると、彼はすぐに納得したような素振りを見せ始める。

「僕は、別に指示していない。じゃあ…あれだね。今夜は反省してもらって、明日にでも連れ戻そうかなー…」

そんな事を呟きながら、藍色の髪を持つ青年は、何やら妙な手つきで両手を動かしていた。

 何かが…出てくる…!!?

すると、周囲から風が吹き込んでくる。

時がたつにつれ、彼の腕の中に何か細い物が浮かび上がってきていた。

「刀…?」

私がその名を口にすると、相手の頬が少しだけつり上がっていた。

「ちっ…!!」

「ヤド…!!?」

私は、ほんの一瞬の出来事だったため、その場に立ち尽くす事しかできなかった。

どうやら、香園は取り出した刀を私に向かって振り下ろそうとしていたようだ。それを間一髪、ヤドが間に入って止める事で、事なきを得る。

ヤドの右手が鋭利な刃物に変貌していて、“それ”を使って香園の刀を受け止めている。私の目の前では、刃物と刃物をこすり合わせたような音が響いていた。

「何?君ってば、人間なんかを庇うのかい?」

振り下ろしている刀の力を強めながら、香園が問う。

その表情は笑ってはいるが、狂気に満ちた笑みというべきだろう。人間の私ですら感じられそうな、強い殺気を放っていた。

「こんなアホ猫だが…探し物を見つけるための“助手”だ。今殺されても困るってだけだっての…!!」

少し低めな声を放っていたヤドは、右腕を強くふって相手の攻撃をはじき返した。

その後は、双方とも数歩ほど後ろに引き下がっていたのである。

「君が、人間の味方を…ねぇ。“彼女”を見殺しにしたくせに、今頃になって償いを?」

「なっ…!?」

刀を構えた状態の香園は、意味深な台詞ことばを告げる。

この時、今までにないくらい動揺していたヤドを私は目撃する。この時、何故彼がここまで動揺したのか、その理由をまだ知らなかったのであった。

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