第二のスキルを発動――

 皆、武勇に優れ叡智を総べる百戦錬磨の強者達が争い合う中。レナは隠し持っていたナイフを複数抜きとると、第一のスキル、超一流の旅芸人スキルを発動させて、それを彼らへ向けて一気に投げつけた。

 投げられたナイフは的確に相手との間に割って入り、不意打ちを食らった百戦錬磨の強者達は驚きに目を見張る。一同の視線がレナへと集中したところで。レナは続けて第二のスキルを発動させた――


 第二のスキル、”全ての言語を操るスキル”を発動させると。瞬時に全ての言語が頭の中に出現した。それぞれの異なる言語は情報の塊となって、フワフワと文字の羅列として形態を表し漂っている。

 まるで迷路の中にでもいるような感覚だ。一呼吸してから落ち着き払った様子でその中の一つをレナは選び取ると、百戦錬磨の強者達へと次の瞬間怒鳴りつけた。


『あなた達いい加減にしなさーい!』


 レナの頬から血が流れ落ちた。綺麗な形の眉がつりあがり、頬から血を流して怒りに歪んだ形相は、人間離れした美貌だけに凄まじい迫力だ。

 それまで乱闘騒ぎに身を乗じていた百戦錬磨の強者達の動きがぴたりと止まった。まるで時間が止まったように、あまりにも驚き過ぎて誰もその場を動けなかった。


 レナは転生前の田中大和であったころの過去のトラウマから、人前で話をするような場面は兎に角苦手だった。なるべくならやりたくないというか、絶対にやりたくないし。酷く心臓がバクバクして指先が震えてしまい、発する声も震えて上手くしゃべれない極度の緊張状態となってしまう。

 しかし、今回はいつもと違っていた。爆発的な怒りの感情変化はそんな過去のトラウマを遥かに凌駕して、正直相手にどう思われようがどうでもよくなっていた。


 レナが発した言葉は幻の超古代言語と言われている始まりの言葉――”ゴッドスペル”。全ての言語の源であり、世界の生きとし生けるもの全ての生物が読み取ることができるという超優れもの。

 ゆえに”ゴッドスペル”は神の言葉とも呼ばれているのだが。伝説によればその言葉を聞き取ることはできても、発音することはできない。何故ならこの”ゴッドスペル”と呼ばれる幻の超古代言語の正体は正確には言語ではないからなのだ。


 世界を創造した神が言語に似せて作った紛い物。魔力を疑似的ぎじてきに言語へと変換させて作り上げたられた産物であり。言葉であって言葉ではない。しかしそのことを知っているものは世界中どこを探しても、創造主たる神とレナの二人だけだろう。

 レナは共通言語を使用したかった。けれど、共通言語とは名ばかりで実際にはあまり浸透していないのが現状だ。その中でも唯一、共通言語が浸透しんとうしている場所がレナ達の故郷ローズブレイド領だ。ローズブレイド領には学者肌の者が多く、教育の必要性が全体に浸透しんとうしている。


 また、他の種族との交流や貿易にも熱心で結果としてローズブレイド領はどの領土よりも裕福になっていた。そんな勉強熱心な民だからこそ、率先して共通言語を取り入れたおかげで、今ではすっかり主要言語となった。もちろんローズブレイド領の主要言語なのでレナもルナも共通言語は普通に使える。


 この共通言語は元々、プレンダーガスト帝国の始まりの民が使用していた言葉だった。プレンダーガストは元々一つの民族から始まった国なのだが、その始祖の言語は多くの種族を受け入れることで徐々に失われていった。


 多種族国家となったプレンダーガストは強力な国となったが、同時に多くの種族を抱え込み過ぎたツケとして、その多岐にわたる言語量の多さに言葉の壁となり。沢山の誤解や摩擦が生じてしまった。結果、種族間同士のトラブルの火種となってしまったのだ。


 その言葉の壁をなくそうとして考案されたのが、プレンダーガストの始祖の言語を復活させて共通言語とし、本来起こる必要のなかった軋轢を解消しようとしたのだが――皆それぞれが自分の種族こそが最高の種族だと考えていて。自分の種族の言語こそが共通言語になるに相応しく、他の言語を共通言語にするなど言語道断だと突っぱねられてしまったのだった。高すぎる矜持きょうじが邪魔をしてしまい、一向に言葉の壁による溝は埋まらないままの状態が続いている。

 そう言った訳で、頭の柔らかいローズブレイド領の民以外には理解してもらえないであろう共通言語は、使用する意味がない。


『ジークフリートさん!』

「はい!」

『ハスラーさん!』

「……はい」

『二人ともちょっとこっち来なさい!』


 そう言ってレナは怒りのままにジークフリートとハスラーの首根っこをつかんで引きずっていった。

 自分達の指揮官が15歳の華奢な少女に首根っこをつかまれ、年齢は不明だがパッと

 見大の男が引きずられていく姿を皆、唖然茫然と言った様子で見ていた。それは引きずられる二人も同じ心境だったに違いない。




 *******




「……これは……すごいですね……………」


 目の前で繰り広げられた一連の騒動に流石さすがのカーライルも言葉が出ない。


「ルナこれを使ってください。」


 カーライルはポケットからハンカチを取り出すと、それをルナに手渡した。ルナの右耳から流れる赤い血を見た瞬間、カーライルもレナと同じように体中から怒りがき起こった。

 けれど想像を遥かに超える言動でレナが周りを一蹴してしまったのだ。胸がスッとしたというよりも、驚愕きょうがくにいまだに少し放心状態だ。


 ルナは手渡されたハンカチを受け取って耳に押し当てると無言のままカーライルを見つめた。何か言いたげな、うれいを帯びた明るい新緑の若葉を髣髴ほうふつさせる翠眼の眼差しは美しく、思わず息を呑む。


「……早く傷の手当をしなければ、とりあえず私の部屋に行きましょう。話はそれからです」


 言葉に詰まりながらもカーライルはそうルナをうながした。


「あー皆さん、レナ姫の言うとおり大人なんですから、少しは節度を弁えた行動をするようにお願いします。分かりましたね?」


 あとここの片づけもよろしくお願いしますね。そう言って落ち着き払った様子でカーライルは告げた。口調こそいつもの穏やかな話し方だが、血のように赤い瞳は全く笑っていない。これは相当に怒っている。


 唖然茫然として固まったままの百戦錬磨の強者達は筋骨隆々きんこつりゅうりゅうたくましい背中にだらだらと冷たい汗が流れるのを感じた。そんな彼らに背を向けてカーライルとルナは、乱闘騒ぎで見る影もなくなった広間を出て行った。


 カーライルは部屋に着いた後、ルナをソファに座らせて。手持ちの荷物の中から傷薬を取り出すと、ルナの耳に塗っていく。傷といっても薄ら赤い線が見える位で、たいした事はないようだ。ホッとした、出血ももう止まっているようだ。

 ソファに腰掛けながら一緒にいる時間が妙に心地よくて、傷薬を塗り終わった後もそのままルナの耳を触ったまま彼女を眺めていた。ルナは少し擽ったそうに身じろぎすると、静かに眼を閉じた。そうすることが自然であるかのように、カーライルはルナの頬に手を当てると唇にキスをした――


 カーライルもルナもあれからずっと無言のままだ。互いに先程の出来事について考えを巡らせながらも手はしっかりと握られている。


 ジークフリートとハスラーといえば、プレンダーガストでも知らない者がいないほどの英雄だ。彼らが始めて戦士として戦場へ赴いた時の年齢は10歳。戦場に出るにはあまりに早すぎると誰もが止める中で、二人は多くの功績を上げてきたのだ。

 それも大人顔負けの武勇伝を数々作り上げて、いまでは誰もが認める英雄となった。その武勇は遥か遠く大陸の端の未開の地まで伝わっていると聞く。

 初戦から五年の年月が流れ、彼らは若干15歳でアラバスターでの指揮官を任せられるほどに成長した。大変優れた戦士である。その二人の首根っこを掴んで引きずって行ったのだ、あのお姫様は――


 それにあの言葉、今まで聞いたことがないはずなのに何故言っていることが理解できたのだ? それにあのナイフ捌きといい。レナはいったい何者なのかと考えを巡らせていると、始終無言だったルナが口を開いた。


「大丈夫ですわ。あれはいつもの事ですから」


 ふふっといつもの調子でルナは微笑んでこちらを見ていた。華やかにとても嬉しそうに笑うのだ。


「いつもああなんですの。いつもは酷く怖がりで人前に出ることを心底嫌っているのに。誰かが傷つけられたり傷つくような行為があった時。レナは相手が誰であろうと関係なく正面から立ち向かうのです。自分の事ではいくら傷つけられようが反論すらも諦めてしないくせに……」


 ルナは長い睫毛を伏せて切なそうに緑の瞳を揺らした。繋がれた手に少し力がこもるのを感じた。


「それにしても、あの状況で相手を呼び捨てにしてないで、さん付けて呼んでしまう辺りなんて本当にレナは根が真面目ですわ……。本人は全くそう思ってないみたいですけど」


 何故か自分を出来そこないのダメな奴だと思っているレナ。その誰から見ても美しい透明感のある神秘的なライトブルーの瞳は皆を魅了してやまないのに、それすらも目立ってしまって良くないと思っているらしい。

 地味に目立たず穏やかに生きて行くことを目標にして、一時期はずっと眼鏡を掛けて前髪で顔を隠したり。男の子の格好をして少しくすみがかった灰色の長く美しい髪を一つに結わいたりしていたと思ったら――元の女の子の格好に戻って安心したのも束の間で、地味になる為の指輪略して”ジミーの指輪”なんてものをどこからか見つけてくるわで……困ったものだわ、とルナは頬に手を当ててため息を付く。


「……………レナ姫は不思議な人ですね。ルナはレナ姫のことをいったい何処まで知っているのですか?」


 カーライルから言わせると、ルナもレナに負けず劣らず全く行動が読めない不思議な人だった。こうして普通に話をしていても全く何を考えているのか分からない。

 とても謎めいていて不思議で、そしていつも笑顔を絶やさない優しくて悪戯が大好きで魅惑的なルナをカーライルは好きになっていた。

 そしてルナもまた、王子でありながら全く偉ぶったところがなく。いつも周りに気を配って一歩後ろで様子を見ているカーライルの事が気になっていた。控えめに表立った事はしないが本当は何でも出来る器用な人。能ある鷹は爪を隠すというがまさにそれである。


 そして打てば鳴るような返しをしてくれるカーライル。そんなカーライルの言動の一つ一つがとても好ましく思えた。その居心地の良さに自然と惹かれていったのだが。イングラムが囚われたあとも一人で苦悩するカーライルの強さと危うさに心配で心が瞑れるような気持ちになった。ルナはカーライルが大切な人なのだとはっきりと自覚した。


 そんなカーライルの探るような赤い魅惑的な瞳を見て。先程の彼の質問を思い出す。何処までレナを知っているのか……。双子の姉として一番多くの時間を過ごしてきたのだ。もちろん知っていると言いたいところである。

 レナが昔から沢山の言語をスラスラと使いこなしているのは知っていた。レナは隠しているつもりなのだろうが、いつも一緒にいるのだからどれだけ偽装工作しようがバレバレだ。


 レナは普段からそれぞれの種族の習性や価値観の違いに強い興味を示していた。貿易が盛んなローズブレイド領には多種族が集まるので、これ幸いと仕事で立ち寄った多種族にいつもこっそり話し掛けていた。いったいどこで覚えたのか。いつも必死に誤魔化したり、隠したりしていたから気付かないふりをした。

 竜と話をしていた時は、動物とも話が出来るのかと驚いて、思わず聞いてしまったが。

 レナはまだ15歳の少女のはずなのに、時々ひどく大人のような物言いをする。それも妙に実感が籠っているうえにすごく的確なのだ。そしてルナを見てから思い出したようにハッとして、それから寂しそうな顔をする時がある。

 一度聞いてみようと思った事もあったのだが、レナの寂しそうな顔を見てやっぱり聞くのはやめた。いつか話しても良いとレナの方から思える日が来るまでは。問い詰めるような真似はしたくなかった。レナを傷つけるかもしれないことは絶対にしたくなかったのだ。


「さあ、私はレナの事をいったいどこまで知っているのでしょうか……? それこそわたくしが一番知りたい事ですわ」

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