夏祭りの帰り道

 夏祭りの帰り道。

 あれからはまた何事もなかったかのように過ごした。実際に藤原さんからしたら何もなかったって言ったらそうなんだけど。

 二人で駅に向かって歩いて行く。行きに比べて人が少なくなった。

 手は、もう繋いでいない。それがなんだか寂しく感じる。


「帰りは誰か迎えに来てくれるの?」

「お父さんが迎えに来てくれます」

「そっか。俺、何か挨拶とかしてった方がいい?」


 藤原さんにそう聞かれて、私はお父さんの顔を思い浮かべる。連れてこいと言っていたお父さんだけど、今日はまだいいかなーと思った。だって、私と藤原さんって付き合ってるわけでもなんでもないんだし。……自分で言ってて少し悲しくなった。


「必要ないと思います」

「そう? ――と、ごめん」


 藤原さんのスマホが着信を告げる。スマホを見て誰からかの着信を確認した藤原さんは、うげぇ……と少しだけ嫌そうな顔をした。


「マネージャーからだ。仕事の話だろうから、ごめんけどちょっと待っててくれる? たぶん長くはかからないから」

「はーい、わかりました」


 私が頷くと、藤原さんは両手を合わせてごめんなさいのポーズをとると、少し離れて通話を始めた。

 通話をしている藤原さんをぼーっと眺める。

 花火が始まる直前、私は告白しようとした。ほとんど勢いだけの告白だったけれども、藤原さんが好きだって気持ちは確かだった。

 でも、結局告白はできてないわけで。あの時はこんなタイミングで! なんて思ってたけど、じゃあどんなタイミングなら告白できるんだ? って冷静になったらそう思えてきた。

 雰囲気がーとか二人の仲がーとか言ってたって、そんなのこれからどうなるかなんてわからないんだし。私が言えるうちに行っといたほうがよかったんじゃ……? みたいな。

 けど、あの瞬間の勢いは今の私にはもうない。告白なんて一大事、今の私にはできそうもない。

 思わずため息が出そうになる。このまま藤原さんを見てたらまたなんか考え込んじゃいそうだなぁ。

 私は藤原さんから目を逸らそうと、くるっと後ろを向いた。


「うわっ」

「きゃっ」


 後ろを向いた瞬間、後ろから歩いてきた人にぶつかってしまった。これで人にぶつかるのは今日二回目だ。私何やってるんだろ。


「ごめんなさ――」

「あれ? 楓?」


 謝ろうと思って頭を下げた直後、上から聞きなれた声が聞こえてきた。

 その声につられて相手の顔を見る。

 そこには、あか抜けた人懐っこそうな、女の子からキャーキャー言われそうな顔だちをした男の子の顔があった。というか、理央君の顔があった。


「あー! 理央君!」

「やっぱり楓か。浴衣とか化粧とか、なんかいつもと雰囲気違うね」

「そう? ふふーん、どうよ? かわいいならかわいいって言ってもいいんだよ?」


 そんな軽口を叩く。正直理央君にどんな顔して会えばいいの、とか思ってたりしたんだけど、なんか意外と普段通りに接することができそうというか。

 理央君の隣に理央君の友達がいるっていうのも大きいのかもしれない。

 話したことはないけど、学校でよく理央君と一緒にいるのを見かける男子だ。短めの黒髪に、日焼けした肌。目つきが悪いわけじゃないけど細い瞳。少し筋肉質なのは、運動部に所属してるからだろう。グラウンドで部活に励む姿を見たことがある。


「楓は、いっつもかわいいよ」


 理央君に少しはにかみながらそう言われて、思わずドキッとする。

 かわいいって言っていいんだよ、なんて言ったけど、本当にかわいいなんて言われるとは思っていなかった。というか、いつもかわいいって……。

 そんなこと言われたら気まずくなるというか。どう反応したらいいかわからないというか。


「そ、そう? あ、ありがと……」


 そんなことしか言えない自分が恨めしい。

 ここで理央君の言葉を軽く受け流せるだけの経験値があれば、もっと藤原さんとも上手にしゃべれるし、理央君とあっても気まずい思いしないかなーとか悩むこともなくなるだろうに。


「朝倉。彼女困ってるぞ」


 どう反応していいかわからなかった私を見かねてか、理央君の友達が助け船を出してくれた。ナイス! 名前も知らないけどありがと!


「困らせたかったわけじゃないんだけど……んー……って、あれ?」


 そこで理央君は何かを疑問に思ったのか声を上げた。


「そう言えば楓って誰かと一緒に夏祭り来てたんだよね? 今楓一人しかいないけどどうしたの?」


 そういえば今私一人なんだよね。藤原さんが電話に出るって言って離れてからすぐに理央君たちと会ったから全然一人って感じがしなかった。


「一緒に来てる人は今電話中でちょっと離れたところにいるの。お仕事関係の電話みたいだったから」

「そうなの? じゃあ戻ってくるまで一緒にいようか? 女の子一人じゃ危ないでしょ」


 理央君がそう提案してくる。「遠藤もそれでいいよな」なんて友達に確認して。ていうか友達の名前遠藤君っていうのか。覚えておこう。

 まあ、でも理央君には悪いけど藤原さんもすぐに戻ってくるって言ってたし、ここは断らせてもらおう。理央君の優しさはありがたいんだけど、なんか気まずくて何話していいかわかんないし、なんとなく藤原さんに仲のいい男の子と一緒にいるところを見られたくないって気持ちもあるから。


「んー……ありがたいけどすぐに戻ってくるって言ってたし、理央君とお友達にも迷惑かかるから遠慮させてもらうね。ありがと」

「迷惑だなんて思わないけど。ほんとに一人で大丈夫?」

「俺のことは気にしなくていいから」


 遠藤君もそう言ってくれてるし、あんまり断るのもなぁ。それに実際一人だと不安っていうのは確かにあるのだ。さすがに海の時ほどってわけじゃないと思うけど。


「じゃあお願いしようかな」


私がそう言うと、理央君はうれしそうに笑った。


「そうこなくっちゃ」

「――いやぁ、その必要はないと思うよ」


 後ろから声がかけられる。藤原さんの声だ。

 ……なんか、ちょっとからかってるような感じがする。


「楓ちゃんお待たせ」


 振り向くと、スマホをしまいながら藤原さんがこっちに歩いてきていた。


「藤原さん! もういいんですか?」

「うん。マネージャーから仕事の電話かと思ったらなんかお小言の電話だったから、適当に話し切り上げてきた」


 それは……大丈夫なのだろうか? 藤原さんが平気そうにしているし、大丈夫なんだろう。大丈夫だよね?


「あなたが楓を夏祭りに誘ったっていう人ですか?」


 藤原さんが私の隣に来たところで、理央君が声を上げた。理央君の顔は睨むような、威嚇するようなそんな表情だった。


「そうだけど、君は? 楓ちゃんの友達かな?」


 理央君にそんな顔を向けられても、藤原さんは大して気にした様子もなく対応した。


「楓と同じ学校で、バイト仲間で友達の朝倉理央です。あなたは?」

「これはご丁寧にどうも。『Bedeutung』っていうバンドでリーダーやらせてもらってる藤原大洋って言います。よろしくね」


 あ、普通にそうやって自己紹介しちゃうんだ、藤原さん。まあ私が勝手に言いふらすのとはわけが違うからいいのかもしれない。

 藤原さんの自己紹介を受けて、理央君が少し悩むよう謎ぶりを見せる。


「べ、べだ……? って、楓がファンのあのバンド?」

「あの、がどのバンドかはわからないけど、最近メジャーデビューしたんだ。CDとか買ってくれてもいいんだよ?」


 理央君私が前話したこと覚えてたんだ。理央君に『Bedeutung』の話したの高校一年生くらいの時だった気がするんだけど。その時はまだデビューする前だったなぁ。インディーズのバンドとか、マニアックなバンドのファンなんだねーみたいな話をした気がする。


「なんでそんな人が楓と一緒に?」

「えっと、それはねー」


 なんて言いながら藤原さんがにやにやしながら私の方をちらっと見る。藤原さんのそんな様子を見た瞬間私はピンと来た。

 藤原さん、私が藤原さんのこと踏んずけたって話をするつもりだ! やめてよ! 好きな人踏んずけたとかいう話されるの恥ずかしいんだから!


「ご、ごめんね理央君。藤原さんも戻ってきたし私たちもう行くね!」

「え? 俺まだ朝倉君に事情説明してないんだけど」

「藤原さんは黙っててください!」


 藤原さんの背中を押して理央君たちから離れる。突然の私の行動に理央君たちが若干面食らってたみたいだけど、今はそんなことにかまってられないのだ。

 ごめんね理央君。心の中で謝っておく。また後で私の方から説明するから。私の方から!


「また学校でね、楓!」


 手を振って私たちを見送る理央君。私も手を振り返して、その場から離れていった。

 ほんとにごめんね、理央君!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る