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 投げられた薬をしえはぱくりと口に入れて飲み込む。みりるはどういうものなのだろうと首を傾げるが、その答えはすぐにわかった。しえの筋肉がみるみるうちに発達していき、これまでの頭身を無視するかのようになってしまった。


「わあ、しえちゃん筋肉モリモリのマッチョマンだよ!」

「それを言うならウーマンだよお。なるほど、テストの点数を出すにはこれくらいの筋肉がなければならないわけだ。知らなかった。通りで点数が安定しなかったわけだ」


 疑問も持たずに二人ははしゃぐ。そしてしえは手に入れた肉体を駆使し、テストを同じようにいたぶってみせた。すればわずかにだが、赤字が滲んで○がちょこっと現れた。さすがに全部とはいかなかったが、一歩前進した。


「和光さんは筋が良いっ! まさかこうも短期間でやれるとはっ!」

「でも、まだまだ100点には遠いです。もっと上手く拷問にかけるようにしていかないとだめなのかな……」

「その発想は二重丸をあげたいですねぇっ! 情けをかけてはだめです、吐くものがなかったのだとしても自白させるくらいの責めをするしかないのです。秘密警察です、ゲシュタポです、特高ですっ。わたくしもそのように『あれから』毎日毎日続けたのですから」


 新たな責め方を色々と試していけば、テスト用紙は泣いてぼろぼろと○をこぼしていった。「これ以上は勘弁してください」とか、「ぼくはそういう答えじゃないんです」などとかすれて漏らす。


 ちょっとでも×を出そうものならば、しえは縛り上げて水責めにした。


「あぁ~ん、×ぅ~? なめてんじゃねえぞコノヤロー! お前は100点になるために生まれてきてんじゃねえのかコノヤロー!」


 最近見た映画の影響も受けての言葉遣いがとてもひどい。しえは匠だった。対象のぎりぎりを見極めるのが上手かった。大正解も気分が盛り上がり、数えきれないくらいの100点を出し始めた。

 みりるはそんなことできなかった。踏みつけることも叩くこともせず、せいぜいちょんちょんと指で突いてみるのみ。もちろんそれではうんともすんとも反応はなく、答案用紙は真っ白なままで0点になってしまうだろう。


「二色浜さん、それではいけませんね。それではどうやったって点数を上げるなんて夢のまた夢。一体何があなたをそういう風に臆病にするのですか?」

「だって、とてもテストさんが可哀想で……」


 ここで催したしえが、大正解にトイレの許可を取った。部屋の中にトイレはないので、ふすまから外に出ていかなければならない。優秀な生徒である彼女に、彼はなんのこともなく許しを出した。拷問にかけられていたテスト用紙はそのままだ。


 それで彼女の姿が部屋からなくなり、みりるとの話に戻る。


「可哀想? またまたおかしなことをおっしゃりますね。敵を目の前にして、相手が可哀想だと思うことは、それが相手の策に乗せられているということなのですよ。あなたの隙を探しているのです。点数を出さなければ、あなたが素敵な人生というものに吊し上げを受けてしまうのですよ」


 上から見下ろされ、距離をじりじり詰められるが、みりるは一歩も退かなかった。部屋の中は責められて苦痛にあえぐ響きが止まらない。


「でもっ、でもっ、可哀想なものは可哀想なんですっ」

「それはあなたがやつらの恐ろしさをちゃんと理解していないからです。わたくしもそうでした、あの頃は。この方法を使わずに戦いを挑んだ結果、やつらに裏切られたのです。あんなにも愛していたというのに!」


 みりるがかばうように持っていた、白紙の答案用紙が大正解に奪われる。彼の手に渡り、用紙は明らかにがたがたと震えていて、これから一体どのような目に会ってしまうのかを否応がなく想像させられてしまっていた。

 返してもらおうとみりるは手を伸ばすが、背の高い大正解に腕をあげられてしまっては届かない。やがて懐からはさみが握られ現れテスト用紙へと近づけていく。


「まったく、そういう風に可愛く見せたってどうにもならないのだ。お前のようなやつは見せしめにも、こういう目に会ってもらう」


 真ん中でちょきりとはさみの刃が入っていった。震えは逃げるようにも激しくなって、自らしわを作っていた。大正解は見上げながらも瞳の焦点を合わせず、とても嬉しそうに口元を歪ませていた。刃はゆっくりと進んでいく。

 半分以上が過ぎ、あんなにも震えていたテスト用紙が動かなくなっていった。点数を流し始めていたが、もはや手遅れ。切られてしまったテスト用紙など、提出しても受理されない。無効にされる。


 みりるの抵抗はとうとう届かなかった。揺れる瞳の先のテスト用紙は最後に彼女へ微笑んだ。


「またどこかで会いましょう。その時は、答え、書いてくださ、いね」


 上下が分離した。最後の刃がテスト用紙を真っ二つにした。指を離せば、先に落ちていた下部分に追いつこうとするようにはらりはらりと床へ。ただの紙になった。

 しゃがみこんで上下の紙をテープでくっつけてみても、やはり元には戻らなかった。ペンで書きこんでみても、それは同じだった。その様子を大正解は首を傾け眉を上げ、不思議そうに眺めていた。


 無残な姿にされてしまった仲間を見、より一層点数が吐き出された。無茶苦茶なことをされてしまっても、テスト用紙としてまっとうしたかったのだ。点数を出せばあそこまでのことはされないと。


「そっ、そこまでだっ!」


 ふすまを開けて姿を現したのは勇気を振りしぼったユーキだった。マッチョしえから大体の話を聞き、あまりにひどいことから我慢できずに飛び込んだのだ。無礼とわかっていながらも、サイサリスに跨ってそのまま。


「一体何をしに来たのです?」

「きっ、決まっているじゃないですか。みりるさんを助けに来たんです。ついでにあなたにも帰ってもらいますっ」

「あなた一人でどうにかできるとお思いで?」

「ぼっ、僕だけじゃないです」


 にしき星にサイレンの音が近づいてくる。一台だが、それは警察のものではなくて、救急車のものだった。その響きを耳に入れてしまったとたん、大正解はこれまでの余裕な表情をぼろぼろと崩し、歯をがたがた鳴らし始めた。「ひぃ」とも言う。

 ちなみにしえはユーキの言葉に正気を取り戻し、細かい場所を運転手に教えるため、外に飛び出していた。


「きゅっ、きゅゅゅう、きゅう、救急車ぁっ……っ!」


 検索した時に出てきた、二番目のページに載せられていた電話番号に掛けて呼んだのだった。向こうもずっと探していたらしく、「すぐに行きます」と飛んでやって来た。幸いに近所だったことがよかった。

 床に落ちていたテスト用紙を力なく踏みつけてしまって、大正解は大きくしりもちをついた。そのままならばとても楽だったが、ようやく逃げ出してきていた彼は諦めない。怯えながらも諦めない。


「わ、わたくしはっ、わたくしはテストを絶滅させるんだ……そのために生まれた意味があるんだ。テストを討つために生まれて、テストを討って生きるのだ、答えられるのだ、わたくしはっ!」


 弱々しいユーキならばどうにかなると思って、大正解が彼に襲い掛かる。大きな影が彼を覆っていく。

気圧されながらもユーキは叫ぶ。


「にしき星よ。僕は帰って来た……っ!」


 前につていたライトがぴかりと光った。けれどそれは正規のものではないので、あらかじめ操作しておくことで凄まじいくらいの眩しさを発射することができた。これがサイサリスに搭載されている、最強の武装。


「あっ、アトミックバズーカっ!」


 アトミックバズーカによって、一時的に大正解は目が使えなくなった。みりるはいつの間にか発射主のそばに来ていたので、直接食らうことはなかったが、目を細めて眩しそうにしている。


「どうだ、サイサリスはそこらの自転車とは違うんだ。なんてったって――」

「アイドル?」

「サイサリスだからですっ!」


 光は止み、眩んで真っ暗な視界の中でも大正解は逃げようとしている。しかし上手くいかずに足を机にぶつけたりして転び、大量のテスト用紙の海へと沈んだ。起き上がろうとしても、まるで紙によって溺れるように手足をばたばたとさせている。

 テスト用紙たちはこれまでの鬱憤を晴らすかのように荒れ狂う波へと集まって変貌し、大正解を飲み込んでいく。もみくちゃにして底へ底へと沈めようとしている。流れは部屋の外、店の外へと続いていき、大正解は叫んで抵抗するも通用しない。


 やがて大正解はにしき星から追い出されるが、そこでも海は彼を許しはしなかった。店の中から巻き込まれないように二人はその様子を眺める。

 水面から顔を出して呼吸をしようとしても、すぐに上から蓋をするように襲われて満足に息ができない。懐からまたはさみなどの刃物を出して振り回すも、海を切れるはずはない。やることなすこと上手に回られる。


 暴れていては疲れがやって来る。いくら大正解が大人であろうとも、限界はある。動きは小さくなり、身体が沈んでいく。すれば口の中に入ってくるようになる。息がもっと苦しくなる。詰まらせてしまうかもしれない。

 そうして姿は消えた。海底へと沈んでいった。ごぼりごぼりと大きく息をなくしていって、その泡だけが水面で爆発する。それもとうとう消えれば、あんなに激昂していた波は穏やかになり、引き、倒れている大正解の姿が現れる。


 テスト用紙たちは通りがかった風に着いていき、正しい方法で解いてくれる人の待つ場所へと旅立っていった。

 みりるは店から飛び出し、その一団に手を振った。

 けたたましいサイレンの音はにしき星の前で止み、ということは救急車が到着したということ。しえの姿はなかったけれど、まあそれはどうでもいいことだった。


「こんな所にいたんだな」

「灯台下暗しだな」

「大正解と名乗っていたんだとか」

「○○さんなのにね」


 黄色い救急車から出てきた男たちが担架を持ってきて、大正解を乗せた。○○さんというのは大正解の本名、名字のようだがそれはとてもよくあるもので、だからこそこういう風に隠さねばならなかった。


「どうもご協力感謝いたします」

「この人、一体どうしてこんな風におかしくなっちゃったんですか?」


 素直な疑問に、感謝してくれた男は答えてくれた。実際に被害にあった人に対する、説明も兼ねていて、手馴れていた。みりるは大正解の姿が車の中に消えたのを眺めている。


「いやあ、どうやら生まれた頃からテストというものにすごい憎しみを抱いていたらしくて、テストと言ってもペーパーなんですけどね」

「え、その、途中でなにかしらのショックなことがあったとか、受験に失敗してとかではないんですか?」

「違います違います。生まれつきです、気性です。彼にとってテストは命を持って生きていて、拷問を掛けることによって点数が出るものであると信じ切っているのです。解かないと点数が出ないに決まっているのに」


 ユーキはしえから話を聞いていたけれど、ハイパーテストクリアアドバイスの方法は教えてくれなかったので、今ここでその内容を知ったのだった。確かに言われた通り、そんなばかな方法で点数が取れるはずはない。

 しえとみりるが大正解に習ったことをおかしく思わなかったのかどうか、それがとても気になった彼だったが考えることを止めた。どちらにせよ大正解は捕まったので、事件は解決、一件落着。にしき星も無事にいつもの様子でたたずんでいる。


「では、これにて。また、まあ、ないとは思いますが、万が一があれば、その、あの、ご連絡をお願いします」


 頼りない言葉を残して男たちはばたんとドアを閉め、黄色い救急車はあのけたたましいサイレンを響かせずに去っていった。大正解、本名○○さんはまたあそこに帰り、一人で別のハイパーテストクリアアドバイスを考えるのかもしれない。

 夕日がとてもまぶしい方向へと車は消えていった。


「みりるさん、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。でも、テストさんたちに可哀想なことしちゃった」


 見送ったあと、二人は道の上で並んでいた。ユーキはようやく彼女の無事を聞けることができ、とてもほっとした。それは一時どうなるかとはらはらしていた駄菓子たちも一緒だったようで、静かに喜んでいた。

 ちゅうと謎ストローを吸っていると、みりるは自分に誓うように言った。西日で照らされた彼女はとても魅力的。だからユーキはそのまま吸い続けた。


「頑張る。普通の方法でテスト頑張るよ。良い点数が取れるまで時間がかかるかもしれないけど、もしかすれば取れないかもしれないけど、テストさんたちが嬉しいと思ってくれるようなやりかたで」


 ユーキはハイパーテストクリアアドバイスを受けていた時の彼女を知らない。けれど性格的にしえとは違って穏やかで優しいから、きっと辛かったに違いないとかんたんに想像できた。謎ストローがごろごろ鳴いた。


「お手伝いしますよ。世の中テストだけじゃないですが、できて損はないです」

「ありがとう」


 すごくいい雰囲気だ。青春映画の一コマ、ハリウッド映画のラストシーンみたいな雰囲気が濃くただよう。年頃の男女が並んでそういう風に流れが来れば、行われることはただ一つ。

 店先に止められていたサイサリス、店内の駄菓子たちが息をのむ。ひゅーひゅーとはやしたてるものもいたが、すぐに空気を読めと怒られてしまってやめた。ごくりと唾をのむ音がそろばんを戻したときのように続いた。


 二人が向き合う。真ん中に夕日があって、盛り上げようと輝きを演出している。眠る前の一仕事。


「みりるさん」

「ユーキくん」


 それっぽいせりふまで飛び出した。これはもう時間の問題。二人の顔が近づいて、そして唇がどんどんとそばに寄って、吐く息が当たるようになって。


「君だなあ、まったく」


 ぐいっとユーキの腕が引っ張られ、彼女から離されてしまった。振り向けば、そこには女性警官がいて、だから彼が腕を掴んでいることがわかる。困った顔をし、無線でなにやら言ってから、ぐいぐいと乗ってきていた自転車へと連れていかれる。


「君、どういうつもり。通報があったけど、自転車で駄菓子屋に突っ込んでいくって、強盗かなにか。まったく、話を聞かなくちゃならなくなるから仕事が増えるじゃない」


 みりるがぼうっとしていると、ユーキは女性警官に首輪をはめられてしまって、それにはリードがついている。女性警官は自転車にまたがり、リードを握ったままにこぎ始める。自転車が進めばユーキはそれに従わないとチョークされてしまうので、合わせて脚を動かせていくしかなかった。


「あ、あのっ、ちょっ」

「『署』で聞かせてもらうからね」


 顔面蒼白にみりるへと目をやるが、事の重大さに気づいていないか、彼女は手を振るばかり。すぐに戻ってくると思っている。だって相手は警官だもの。国の人ですもの。

 連れていかれたユーキを見送りおわり、にしき星の店内に戻って店番の席に座った。サイサリスがなにやら言っていたが、彼女には聞こえないから仕方がない。

 秋を知らせる風が風鈴を鳴かせた。

しばらくしてみりるは「ふぁ」っと大きなあくびを。何度も突かれていた睡魔にとうとう負け、瞼を閉じて眠り始めた。


 寝入りは一秒も満たずに早く、すうすうと心地よい寝息がにしき星に響いた。

 騒がしく、大変で、おかしいあのあの町のにしき星の出来事はこうして今日も終わった。

 可愛らしい店番の女の子は、あくびの好きなみりるさん。



「ちょっと、出しなさいよっ!」


 しえがばんばんとドアを叩く。床も天井もベッドも何もかもな真っ白な殺風景の部屋。

 なんども叫んで暴れていると、ようやく外からドアが開いたが、それは外に出ることを許されたわけではなく、


「ああ、和光さんお久しぶりです」


 大正解が職員に連れられて入ってきた。


「ちょ、なんであんたがここに?」

「なんでもいいじゃないですか。さ、あなたはとても筋がいい。わたくしとともにまたハイパーテストクリアアドバイスを極めていこうじゃありませんか」


 職員はとても無機質な瞳のままに、ひどいドアをわざと鳴らすように閉めた。

 この二人、いつになったら「治る」のかわからないまま。

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あくびの好きなみりるさん 武石こう @takeishikou

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