第3話 やっと彼女はやって来た

 と、いうわけで到着しましたマイハイスクール。


 人間関係については浅く広くがモットーの俺には新学期だからといって誰かと特別親密に話すということはない。


 あ、ぼっちじゃないですよ?ちゃんと「おはよう」とか「髪伸びた?」とか言われたし。ちなみに昨日床屋へ行った。


 足早に自分のクラスを確認すると、俺は今年一年間付き合っていくことになるだろう2-Dに向かった。


 俺が机に着くとすぐに今年の担任と思われる女教師が入ってきた。


 その担任の自己紹介を右から左に流しているとその担任から使い古された、というかラブコメの始まりとしては王道すぎる一言が放たれた。


「はい、今日はみなさんにお知らせがあります!」


 クラス中から様々なざわめきが起こる。ちなみに俺は耳のみ担任へ傾けて問題集を解いていた。


「では六実さん入ってきてくださーい」


 ドア越しにはい、という少し弾んだ声が聞こえた。


 春。

 見た瞬間その印象が頭をよぎった。


 明るい色の髪はサイドテールでまとめてあり、顔は少し幼さを感じさせながらもどこか凛としている。

 スタイルも恐らく良いに分類されるレベルだろう。女性特有の出るところもしっかり出ており、体の線が少し出るうちの学校の制服もしっかりと着こなしている。


 こんな風に軽く分析してしまうほど彼女は可愛かった。


「六実 小春です。よろしくお願いします」


 数秒の沈黙の後、お約束の大歓声。男女構わずキャーキャーと騒ぎ立て、普段クールぶっている奴らも目が惹きつけられている。


 ちなみに俺もそのクールぶってる奴らの同類である。


「席は……あ、あの空いてる席に座ってください」


 担任がそう言って指差したのはもちろん俺の隣なんかではなく、窓側最後列だった。


 俺は廊下側前から1番目なのでかなり遠い。ぜ、全然悔しくなんかないんだからねっ! ……俺が言ってどうすんだ。


 休み時間に入ると六実の周りには人の群れが出来ていた。


 ここからではあまり様子が伺えないが、どんな人にもニコニコと接し、会話を回すのも上手い。


 誰かが何か話せばうんうんと同感し、誰かが冗談を言えば心の底から楽しそうに笑う。


 いわゆる、コミュ力高い系女子なのだろう。容姿良し、性格良し、頭脳……はよくわからないが、彼女がこのクラスの中心人物となるのは疑う余地もないだろう。


 だが、俺は見逃さなかった。


 彼女の表情に影が差すのを。常にニコニコと笑顔を浮かべているように見える彼女だが、時々少し俯きながら悲しさに満ちた目をする。


 別に、その笑顔が作り物や表面的なものだとは感じない。だがなんだろう。この寂しげな彼女の目は……



 * * *



 そんなこんなで、時間は過ぎて現在はもう帰りのHRである。


 時の人、六実は机の下で担任にわからないようスマホとにらめっこしている。まぁ、俺も同じような状態なのだが。


「馨さん、どう思いますか? あの小春って子。かわいいと思います?」


 机の下のティアが囁く。というか正確に言うと吹き出しに文字を表示している。きちんとこういう所はわきまえてくれてるのでほんと助かる。


「まあ、かわいいに分類される容姿なんじゃないの?」

「なんか、捻くれた言い方ですね……」

「いいだろ、別に」


 俺はあえてぶっきらぼうに答えた。その六実は携帯相手にむー、と唸ったり、ぱぁっ、と笑顔になったり忙しない。


 今度はひどく不思議そうな表情をすると、何やらキョロキョロしだした。


 何かを探すように教室内を見渡す。

 その視線がある場所で止まった。


 絶対に止まるはずのない位置で。


 ……俺を正面に捉えて。


 その時間はとても長く、濃く感じた。HR終了のチャイムが聴こえてきたので本当に長かったのかもしれない。


 彼女の、つぶらでまっすぐな瞳が俺をしっかりと見つめている。


 しかし、それも教室内に満ち始めた喧騒で掻き消された。


 我に返って再び六実を探すと彼女は既に出来立てホヤホヤの友達たちと談笑していた。


 期待してはいけない。踏み込んではいけない。傷つくのは俺だ。馬鹿を見るのは俺だ。泣くのは俺だ。


 だから俺はもう期待しないし踏み込まない。


 クラスの美少女に観覧車で告白もしないし、幼馴染と特別な関係を築きたいとも思わない。


 俺は帰り支度を整えると立ち上がった。そこに六実が通りかかる。


 複数の友達に囲まれながら、俺の前を通るとき、彼女は言った。


「この後ここで待っててくれる?」


 きっとその声は俺以外に聞こえなかっただろう。


 恐らく、俺に向かって言った一言だと思う。

 でも、俺は……


「六実さん、馨さんに対する興味度がものすごく低いみたいですよ」


 俺のスマホが通知音を立てたと思ったらそんな文字が表示されていた。


 興味度が低ければ好感度は変動しにくい。こりゃ、逃げる必要もないか。


 気を抜けば踊りだしそうな心を押さえつけるように静かに俺は席に着いた。

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