第6話 道中にて


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 戦術殻ユニット

 それは荒廃した世界に君臨する最強の人型機動兵器。


 かつて宇宙から飛来した侵略者≪オブリビオン≫に対抗するべく、人類がその持てる技術を結集させて創造された。

 人型と銘打ってはいるが、実際にはその形状は千差万別であり、ただの一機も同一の機体は存在していない。それゆえに唯一機とも呼称される。


 戦術殻に関する技術の多くが大戦により失われており、その動力源や内部構造などの多くがブラックボックス化している。

 今日では大戦時の技術者たちが創設した≪ドヴェルグ工房≫でのみ建造されているが、それも大戦時に破壊されずに残った完全自律稼働型工廠ファクトリーによるものであり、人の手で一から新しく開発するのは不可能と言われている。


 メンテナンスフリーとはいかないが独自の自浄機能を持ち、自律的な機能の向上・進化すら可能としているとされているが、現在までに正式に確認できているのは≪天頂の十皇≫を始めとした僅か十数機足らずである。


 ここまで詳細不明な部分の多い兵器を整備、運用できていること自体が不可解なのだが、各都市上層部からの正式なコメントは一切無い。

 なお同技術体系における最大のものが≪都市艦≫であり、根源技術は同一のものである。


                        ≪B.O.O≫公式用語集より


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「―――ってのが、戦術殻の概要になりまーす」


「おおー」


「なるほど、参考になります」


 ≪ドヴェルグ工房≫内の自律工場までの道すがら、ベートはイーラとトルテに戦術殻とは如何なるものかを説明していた。ほぼほぼ公式からの引用であり、そこに彼女なりの解釈を交えたものだが二人からの評判はそれなりだった。


「しかし、話には聞いていましたが本当に自分だけの機体が作れるものなのですね」


「まあそれが売りですしねえ」


 トルテのみならず、それは大抵のプレイヤーが疑問に思うところだろう。

 実際、過去に本当に同一の機体は存在していないのかを調査する為だけにギルドを立ち上げたプレイヤーが居たらしいが、その結果は公式が謳う通りのものだったらしい。


「戦術殻、唯一機……一体どんなシステムを構築すればそんなものが出来るのか、少し興味深いですね」


「んー運営は一応、VR機器に内蔵された五感リンクシステムとか、独自の思考精査システムだとかを利用していますって言われてるよね」


 トルテの呟きにアルルーナが応えるが、応えた本人もよく分かってはいない様子だった。


「元々は医療や軍事技術からの転用だって話もありますねえ」


 ≪B.O.O≫の発表以来、戦術殻のあまりにも無分別かつバラエティに富んだ外装や、ただの一つも同じものが存在していないという事実は多くのプレイヤーの想像を刺激した。

 そんな中で生まれたのが、ベートが語った医療、軍事技術の流用という噂だった。


「確かにVR技術自体が元々は軍事技術を発端としていますからね、その話し自体には信憑性があります。五感リンクにしても医療系がその始まりでしょうから」


 五感リンクシステムは≪B.O.O≫に限らず、昨今のVRゲーム全般で採用されている機能であり、架空世界の中でも現実とほぼ同じような感覚―――視覚や嗅覚、味覚を疑似的に再現するというものだ。

 もっとも、それらはあくまで疑似的にであり、甘いや辛いといった味覚を再現は出来ても現実には空腹が満たされるわけではない。

 加えて痛覚や温度覚などの一部感覚には制限が施されており、長時間プレイにおける脳や神経への影響も未知数であることから一定年齢まではそれらの機能がオミットされているか、プレイ自体が禁止されている。


「だとしても、思考精査システムは突拍子がありませんが」


「そうなんですか?」


「ええ。思考とは精神の活動を指します。心理学や哲学に分類されますが、これらは現代の技術でも未知数な部分の多い分野ですから」


 VR技術や五感リンクはまだ医療や軍事からのものだと説明が付くとしても、思考精査システムに関しては突拍子のない技術なのだとトルテは語った。


「実際にはわたしが知らないだけで、市井には広まり始めているのかもしれませんが……」


 西暦が2100年を超えてもなお、世界から戦争は無くならない。

 今この瞬間にも新しい技術は次々と生み出されているのだから、彼女達から見て奇怪、奇抜に見えるものでも、実際には既存のものとして確立されようとしているのかもしれない。


「……第四次大戦以降からでしょうか、これらの技術が民間にまで大きく広まりだしたのは。戦争は痛ましいものですが、それらがあったからこそわたし達はその恩恵に預かることが出来ている……誰かの犠牲の上に成り立つ平和、と言うべきでしょうか」


 悲観的に過ぎるでしょうか、とトルテは笑う。


「いえいえ。あたし達と変わらないぐらいの年齢でそこまで深く考えているのは、立派だと思いますよ?」


「と言うかトルテさんって物知りなんだねー」


「浅く広く……と言ったところでしょうか。知るという事自体が好きなのです。家ではそれらの勉学が義務付けられていましたし」


 どうせ覚えなくてはならないのなら、自ら進んで学びたいのだとトルテが言った。

 自嘲しているような物言いだったが、そこに負の感情は感じられなかった。

 本人がそれを良しとしているのなら、他人がどうこう言うのは無粋だろう。ならばとベートはちゃかすようにトルテに質問を投げかけた。


「にしてもですよ、トルテさんの家は随分と厳格なんですねえ。もしかして結構良いところの出だったりするわけですかあ?」


「えっ、いや、私などそんな……」


「トルテさんってお嬢さまなのー!?」


 あたふたと慌てふためく様子から見て、あながち間違ってもいないのだろう。

 これはもっと深く追求すべきかと考えるベートに、今まで黙ったままだったイーラが「なーなー」と、横から口を挟んだ。



「ベート、質問いいかー?」


「はいはい、なんですかイーラさん?」


「あのさー、オブリビオンって何なんだ?」


「……ふむ」


 イーラの質問にベートは僅かに間を空けて思考する。

 オブリビオン。

 ゲームのタイトルにもなっているが、公式における呼称では侵界者と書くらしい。

 ≪B.O.O≫世界が荒廃する原因となった、宇宙あるいは異世界からの侵略者。公式用語集にすらその程度の情報しか記載されていない。


「一応、大規模なイベントなんかで戦えるらしいんですが……」


「ですが?」


 公式による対オブリビオンが主目的となったイベントは過去二十年の間に僅かに数回。

 そのどれもが防衛戦であり、主戦場は都市艦である。

 最盛期では一千万人のプレイヤーとたった一体のオブリビオンによる超級規模の戦闘が発生している。


「結果はプレイヤーサイドの惨敗らしいですけどね」


 主な原因は、バランス調整を確実に放棄したとしか思えない隔絶したステータスと壊れた性能の特殊技能のオンパレード。

 誰か―――と言うか運営が―――考えた最強の敵、という名の公式チート。

 攻略サイトではVRゲーム史上最悪のバグキャラとまで評されている。


「……運営、バっカじゃねえの?」


「言いたいことは分かります。それでもプレイヤーが離れず残っているあたり大概ですが」


 運営のドSっぷりは当時知れ渡っていた為に、予想よりは反発は少なかったらしい。

 むしろ調教済みのプレイヤーにはこの超難敵はご褒美にしかならなかったようだ。


「それは、なんと言えばよいのか……」


「ベーちゃん辺りもそんな反応しそうだよね。負けず嫌いだし」


「イーラもそのタイプでしょうね」


 まあそうだろうなあ、と否定出来ないのが悲しい。

 イーラも特に反論はないのか隣りで笑っていた。 


「それじゃあさ、なんちゃらの十皇って?」


「天頂の十皇ですね」


「言葉の響きからして、十人の強者が存在しているものと考えてよいのですか?」


「ですね。まあこっちは分かりやすいですか」


 ≪天頂の十皇≫。

 数千万人を数える≪B.O.O≫プレイヤーの頂点に立つ十人。

 運営からゲーム内秩序の安定を委任されており、バランスブレイカーと呼べる武装や特殊アビリティに加え、様々な特権が貸与されている存在。

 ただし誰がそうであるのか、当人同士でなければ分からないという具合に個人の情報は隠されていたが。

 情報の少なさではオブリビオンと肩を並べるだろう、それほどに雲の上の存在だと言える。


「運営からの特権が保障されたプレイヤー……それは、他のプレイヤーから不平等だと言われかねないのでは?」


「そりゃありますよ」


 トルテの疑問はもっともだ。

 だが、それが許されているレベルなのだとベートは言った。


「まあ、超絶つえー廃人プレイヤーだと思っておけばいいですよ。深く考えるだけ無駄ですって。あのレベル帯の人間は本気で次元違いですからね」


「ん? ベートは見たことあるのか?」


「……ん、まあ遠目からですが一度だけ」


 もうずっと前の事ですが、とあの日、三人で見た光景を思い出そうとして―――やめた。

 正直あまり思い出したくない。


「ま、そんな超絶プレイヤーでもオブリビオン相手には勝てなかったんですから、やっぱ運営はどっかおかしいです」


 強引に話題を変える。

 無理矢理過ぎたかとも思ったが、イーラは特に追求してこなかった。

 それには助かるが、代わりに少々答え辛い質問をされた。


「なあ、オレもその十皇ぐらいに強くなれっかな?」


「あー……無責任なことは言えませんが、まあ、頑張り次第だと言っておきますよ」


 一年経っても未だに足踏み状態のベートには即答しかねた。

 十皇レベルってどのくらいお金と素材が必要なんだろうなあ、と俗っぽい考えが浮かぶ。

 たどたどしい口ぶりを見かねてか、アルルーナが横から助け舟を出す。


「でもその前に機体作成だよイーちゃん! いまから強機体が生まれるように祈るんだよ!」


「おお!」


「いや、アルルーナ殿? システム的に神頼みは意味がないとは言いませんが、あまり合理的とは……」


「まあまあ、論ずるよりなんとかです……さ、着きましたよ」


 ≪ドヴェルグ工房≫内の転移装置ポータルを経由した先。その最深層。

 位置的に都市艦の中枢にほど近い場所。

 そこに完全自律稼働型工廠―――通称、ファクトリーは存在していた。

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