そして人知れず、終幕を告げる

「利伽さん、龍彦君……」

 

 強がりなんか自信なんか分からん笑顔を向けあっとった俺と利伽りかに、浅間あさま良幸よしゆきが静かに声を掛けてきた。

 その後ろには言うまでもなく、篠子しょうこが続いてきてる。

 

「……すまない。兄の……宗一むねかずの問題は、僕達で対処しなければならない事なのに……」

 

 良幸の言葉は、まず謝罪から始まった。

 

「……利伽さんを狙うと言う事は、宗一の去り際に言った言葉で間違いないでしょうが……結果的に、浅間の話を利伽さん達が処理する事になってしまった……」

 

 俺と利伽は顔を見合わせた。

 互いの表情には、同じ物が浮かんでる。

 

「……ひょっとして利伽さんは、僕達に宗一を……兄を討たせないよう気遣ってくれたのか? それなら……」

 

「そら―違うちゃうわ」

 

 何や良幸は、話を良え方に持って行こうとしてるみたいやから、俺は良幸の話が終わる前に口を挟んだ。

 

「お前と宗一の関係なんか知らん、どーでもええ。喧嘩売られたから買う、そんだけや。それと……」

 

 何や、俺の言い方はどうにも挑戦的っちゅーか、喧嘩腰やな―。

 まぁ、良幸の事が嫌いって訳やなく、単にある感情が前に出てるだけやけどな。

 ああ、因みに恋愛感情やないで?

 

「お前らとの差ぁ―、開いたままやったら落ち着かんからな―……。宗一倒して、俺等もお前らに負けてへんってとこ、見したるわ」

 

 良幸に対して前に出てくる感情……それはライバル心!

 さっきの戦いを見せられて、どうにも俺は「コイツに負けたくない!」って思ってるみたいや。

 

「そや、良幸さんと篠子ちゃんが気にする事やないで。もうこの問題は、私達の問題にもなってるんやから」

 

 俺の話に続いた利伽の顔を見ても、俺の啖呵は正解やったみたいやな。

 

「利伽さん……龍彦君……」

 

 何や、良幸は感じ入って言葉にならんみたいやな。

 篠子は深々と頭を下げてる。

 まー“建前”は兎も角、確かに兄弟対決、身内対決なんて見てるこっちも気が滅入ってくる。

 俺も利伽や神流かんなと戦うなんて嫌やしな。

 つまりは俺等と良幸達の利害……気持ちは一致してるってこっちゃ。

 

『龍彦―――利伽ちゃん―――ビャクによもぎも―――。用事済んだんやったら―――早よ帰ってきーや―――』

 

 話が一段落したとこに、ばあちゃんの念話が話しかけてきた。

 確かに、こんな所には長居無用やな。

 

『今日はそっちに泊まってきても良えけどな―――休んでた分も含めて―――修行再開やで―――。宗一倒すんやったら―――今のままやと全然実力足りんからな―――。ゆっくりしてる暇なんかあらへんで―――』

 

 前言撤回。是非ともここに逗留したいわ……長期で。

 

「……あんたが何考えてるんか分かるけど……帰ってまた修行やな」

 

 前半は呆れた視線で。

 後半はとびっきりの笑顔で。

 こんな顔されたら、嫌やなんて言われへんやろー……。

 

「……そやな―……。そんな先の地獄より、俺は腹へったわ……」

 

 照れ隠し……やな。

 そんな台詞を返した訳やけど、空腹なんは間違いない事実やった。

 良ー考えんでも、俺等はまだ晩飯も食べてへん。

 

「……確かに……夕げ前に襲われたのは……痛手でしたね……」

 

「ウチらが腹減ってる処狙おうって、宗一の策略やったんちゃうん―?」

 

 俺の話にビャクとよもぎが乗っかってきたけど、あれは冗談やなくて彼女等も腹減ってるんちゃうか?


「すぐに夕食の準備を整えさせます。それから、食事前に汗を流されてはどうでしょう?」

 

「お風呂!? ほんまに!? それ、良―な!」

 

 良幸の提案に、女性陣 (化身含む)は大喜びや。

 

「龍彦君も良かったら。良ければ背中でも流そうか?」

 

「いらんっちゅーねんっ!」

 

 俺は良幸の提案を、丁重にお断りしておいた。

 

 

 

 

「それじゃあ、また会いましょう」

 

 翌朝、良幸と篠子が見送りやっちゅーて門まで出てきて、昨日とは随分と違うちゃう穏やかな笑顔で別れの言葉を口にした。

 

「はい。それではまた……いずれ」

 

 利伽は、ちょっと固っ苦しい挨拶と笑みでそう答えた。

 俺はっちゅーと、笑みさえ浮かべんと僅かに頭を下げただけやった。

 ……あかん、これやったらお使いに来て挨拶する、姉と弟の図式やんけ。

 

「タッちゃんは、最後まで無愛想で通したニャ―」

 

「……全くです……大人げない……」

 

 そんな態度を化身の少女達に見咎められて、更には呆れたと言わんばかりの感想を言われた。

 そんなん言われたら、俺はますます友好的な態度取りにくいっちゅーねん。

 一同には、俺を除いて乾いた笑いが起こってた。

 

「……それでは」

 

 再び頭を下げて、クルリと踵を返す利伽。

 俺とビャク、蓬もそれに続いた。

 

「……道中……お気をつけて……」

 

 御山を下っていく俺等の背中に、篠子のか細い声が掛けられた。

 

 


 

 翌日早朝―――。

 無事に富士から戻ってこれた俺等は、早々に修行を再開する為、不知火神社裏手の道場に来とった。

 無事に……っちゅーんは、やっぱり帰りしなに何匹かの化身から攻撃を受けたからや。

 それでも怪我なく下山出来たんは、ビャクと蓬の大活躍のお陰やな。

 

「おはよ―――。みんな―――元気そうで安心やわ―――」

 

 満面の笑みで道場に現れたばあちゃん、不知火しらぬいみそぎ……。

 その笑みには、無事で安心したわ―……なんて意味はない。

 単に「遠慮なく修行出来るわ―」って意味なんを、この場に居る全員が理解しとった。

 

「浅間んとこのボン息子に―――負けたくない―言う気持ち―――……ウチはしっかり受け止めたで―――」

 

 何の前置きか分からんでもないけど、そんなんあろうとなかろうが、結局んは変わらんやろ―。

 

「まぁ―――あんだけ啖呵も切ったんや―――。それなりの覚悟もあるやろうしな―――」

 

 ニッコリ……やない!

 あれはニヤリとした笑いや!


 ばあちゃんの言葉を皮切りに、いつもよりもハードな修行が執り行われて、いつもよりも多く大きい悲鳴が響き渡った……周囲には漏れ聞こえんかったやろーけどな―……。

 

 

 


 

「よっしゃ―――。今朝の修行は―――これくらいにしとこか―――」

 

 ばあちゃんの間延びした穏やかな言い方とは正反対に、ばあちゃんの足元にはいくつもの体が横たわってた……言うまでもなく俺等や……。

 

「あんた等に―――言ーとく事がある―――」

 

 身動き一つ取られへん俺等に、ばあちゃんは返事も待たんと話続けた。

 

「あんた等の修行は―――これからどんどんと―――『対化身用』にシフトしていったる―――。それと同時に―――あんた等には―――やってもらわなアカン事があるんや―――」

 

 ほんまは指一本動かすんも億劫やけど、『しなアカン事』と言われたら聞かん訳にはいかん。

 俺等は何とか、顔をばあちゃんの方へ向ける事だけは出来た。

 

「あんた等にはな―――これから全国各地―――世界各地の地脈に行って―――そこで起こってる問題を―――解決してもらいます―――」

 

 ……はぁ? いきなり何言い出すんや?

 自分で言うんも情けないけど、俺等なんかまだまだぺーぺーや。

 新米も新米、まだ精米すらしてへん刈りたてやで。

 自分の事もままならんっちゅーのに、人様の地で起こってる問題なんか解決できる訳ないやん。

 しかも日本全国……世界各地やて?

 

「龍彦―――安心しーや―――。なんもアホなあんたに―――調停役とか調査役を頼む―言ー訳やないからな―――」

 

 また俺の心を読んだばあちゃんが、小バカにしたようにそう続けた。

 もっとも、今更小馬鹿にされよーとあんまし気にせーへんけどな。

 俺をからかう事が好き……でしゃーないんやろ―ばあちゃんは、俺からの反論がなくて物足りんそうやった。

 

「そ……それ……それも……修行の……一環ですか……?」

 

 正しく息も絶え絶えに上半身を起こした利伽が、ばあちゃんに向き直って質問した。

 流石は利伽やな、その根性は大したもんや。

 

「あの根性……タッちゃんも見習って欲しいニャ―」

 

「……全く以て……同感……」

 

 ぐ……。

 まさかの口撃に、寝そべったまんまの俺は言葉を無くしてもーた。

 おのれ……裏切り者共め……。

 

「さすが利伽ちゃんやな―――。どこぞのアホとは大違いや―――。理由の1つは当然―――修行の一つやで―――。けどな―――これこそが不知火と八代の―――……せやな―――……『使命にしてきた事』―――……かな―――……」

 

 ばあちゃんは言葉を選びながら……ちゃうな、何かを思い出しながらか? 利伽の問いに答えとった。

 

「世の中に―――地脈は幾筋も通ってる―――。それぞれの地脈には封印師が付いて―――地脈をコントロールしようと―――四苦八苦しとるんや―――」

 

 それは前に聞いた。

 けど……。

 

「それやったら……私達が行かんでも……良えん……ちゃいますん?」

 

 そや。その地に居る封印師に任せとけば良え話やろ。

 

「……利伽ちゃん―――。世の中の封印師や―――その地を守る接続師の皆が―――強い力を持ってるとは限らんのやで―――」

 

 ばあちゃんの諭すような言い方に、利伽はハッとなって俯いた。

 けど、俺にはどうにも腑に落ちんかった。

 地脈に接続コネクトさえしてまえば、俺みたいな奴でも大層な力が使えるんや。

 あの力は絶大で、そこら辺のちゃっちい化身に遅れをとるとは思えんかった。

 

「龍彦―――その接続が―――誰にでも出来ひんゆーのは分かるわな―――?」

 

 それは分かる。

 小さい頃から修行しとかんと、接続どころか地脈を感じることも出来へんやろな―。

 

「タツ……接続も……才能やって事やで……」

 

 利伽の言葉に、俺も漸く合点がいった。

 ……っちゅーか、利伽!?

 ひょっとして今、俺の頭ん中読んだ!?

 

「タツの考える事なんかな―……お見通しや」

 

 怖っ! この家系の女衆、怖っ!


 ……けど、そう言うことなら理解できる。

 封印の家系であっても、接続師がおらん……これやったら、地脈を守るんもままならんわな―。

 

「……どうやら龍彦も―――理解したみたいやな―――。うちが各地の怪異を祓ってより―――15年かな―――……。ぼちぼち―――まーた要らんことする輩が―――変な事考えてもおかしないからな―――」

 

「それを……俺等が対処するっちゅーんか……? 力ずくで……?」

 

「いつでも力ずく―っちゅー訳やないけどな―――。大抵は―――……そうやな―――」

 

 ばあちゃんの返答を聞いて、俺と利伽、ビャク、蓬は顔を見合わせて笑った。

 

「っちゅー事やから―――ビシバシ行くで―――」

 

 ばあちゃんの声音が変わった!

 休憩は……安息の日々は終わりって訳や……。

 

「大丈夫やで―龍彦―――。死なん程度にしといたるからな―――」

 

 ……ほんまに……。


 ……ほんまに、いっそ一思いに殺してくれ―――っ!

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2nd コネクト!―地脈に関わりケセラセラ― 綾部 響 @Kyousan

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