闇堕ち

 俺等の目の前に、到底友好的とは程遠い格好と雰囲気を纏った浅間あさま宗一むねかずが、その顔に凶悪な笑みを称えて、勘違いやなく立ちふさがってた。

 もうすでに臨戦態勢万端なんやろう、接続コネクト済みな奴の格好は、所謂覆水干おおいずいかんと呼ばれる平安時代の神職や貴族に良く見られた衣装を纏ってる。

 でもその色は階級を表すカラフルなものでも、清潔感溢れる白でもない。全体的にグレー掛かってて、所々は黒く染まってた。

 

「……あいつ……宗一やんな……?」

 

 俺は思わず、聞かんでもええ事を口に出してしもーてたしまっていた。俺もアホな問いかけやと思うけど、それくらい昼間と今では全部の雰囲気が違ったんや。

 

「……うん……そのはず……やで……」

 

 それは利伽りかも同じやったみたいで、俺に答える声も半信半疑や。

 

「……あれはもうアカンニャー……」

 

「……はい……既に殆ど『闇墜ち』しています……」

 

 俺等の疑問に答えるように、ビャクとよもぎがそう呟いた。

 

「え……『闇墜ち』……って……」

 

 さすがに俺もアホやない……筈や。言われた言葉が俺の考えた通りやったら、つまりはまんまそのまま「闇に墜ちた」って事やろう。

 実際宗一から受ける圧力プレッシャーは、以前戦った「人喫の化身」とどっかどこか似てるもんがある。つまりは人外のそれや。

 

「気ーつけニャー、タッちゃん。只でさえ人間は闇に墜ちたらそらそれは凄い力を発揮する。それに加えてアイツは接続までしてるんやからニャー」

 

 俺に注意を促すビャクやけど、その顔は嬉しそう楽しそう以外の何物でもない。

 今にも飛び掛かりそうなビャクに対して、蓬は気付かない内に宗一と利伽の線上に割って入る位置取りをしてた。その辺は完全に性格が出てると、改めて思わされた。

 

「でも……あれやったら“化身”そのまんまやん……」

 

 利伽も俺と同じ事考えてたみたいや。奴を見つめながらそう漏らした顔はちょっと青ざめてる。

 

「何ゆーてんニョいってるの? 人間ニャンか、簡単に闇墜ちするし、呆気なく化身になるんニャで?」

 

 ビャクがちょいやや呆れた声でそう利伽にゆーたいった

 確かに色んな文献や古事、はては最近のノベルなんかでも、人間は当たり前みたいに「闇」に墜ちる。

 古文書は兎も角として、最近の風潮としては闇に墜ちてもどこか明るく、人間らしさは残してるからあんましあまり気にしたことは無かったけど……。ここまで禍々しいもんやとは思わんかった。

 

「お前たちが……強さなのか……。俺が求める強さの一つなのか……」

 

 宗一の言葉は俺達に向けられてんのか、それかそれとも独り言なんかは分からん。けど篠子もゆーてた、強さってのに囚われてるんは分かるセリフやった。

 

「来んでっ!」

 

 ―――ドウッ!

 

 ビャクの警告と、宗一が霊気を放出したんは殆ど同時やった! ビャクはその攻撃をヒラリとサイドステップで躱わす! けど完全に不意を突かれた状態の俺は、全く動けんかった!

 

 ―――バチバチバチッ!

 

 でもその攻撃が俺に当たることはなかった。

 

「……ふぅー……。ビャク……あなたは主人を護らなくて……どうするのですか……?」

 

 宗一の攻撃は、蓬が広範囲で広げた結界に防がれて、まるで雷みたいな音を出したあと霧散した。

 

「うちは防御って性に合わないニャー。それにどーせ、あんたが守ってくれるんニャろ?」

 

 なんら悪びれた様子もなく、ビャクは振り替えって蓬にそうゆーてペロリと舌を出した。

 

「……呆れました……。それなら何故……あなたは彼奴きやつ……を討たないのですか……?」

 

 確かに、ビャクには攻撃するチャンスなんてなんぼでもいくらでもあった。好戦的なビャクが先制攻撃を受けて反撃せんなんて、確かに変な話やった。

 

「だってニャー……。コイツはタッちゃんと利伽様を所望ニャンやで? 他人の喧嘩には手ー出されへんニャン」 

 

 不本意を撒き散らして、ビャクは溜め息混じりにそう溢した。そー言えば宗一の奴は、昼間もそんな事ゆーてたな―……。

 

「だから……呆れているのです……。龍彦も利伽様も……今は“接続”出来ないんですよ……?」

 

 自分の一族が守る地脈から力を借りるのがコネクトや。

 そんでそして、地脈は日本中、世界中にあってもそれぞれは繋がってない。つまり余所者である俺等は、この地の地脈から力を借りることが出来へんのや。すでに接続を済ましてる宗一に、俺等が勝てる訳がないんや。

 

「そっか―……。蓬はまだ知らんかったんやニャー」

 

 でも蓬の反論にビャクが慌てる様子はない。それどころかニヤリと嫌らしい笑みまで浮かべてる。

 

『龍彦と利伽ちゃんにはまだゆーてなかったな―』

 

「なっ!?」

 

「お、おばあちゃんっ!?」

 

 タイミング良く……っちゅーんかというのか、その時俺等の頭にばあちゃんの声が響いた。いつも使ってる念話ってやつや。

 

『今回は―ビャクと蓬がおったらいたら使うことない思たから―説明せんかってんけど―、他家が―不知火と八代の血筋を欲しがるんには―まだ理由があんねん―』

 

 まー別にえーけど、設定の後出しは止めて欲しいな―……。えぇ? まー今謝られてもしゃーないねんけどな。

 ばあちゃんの、ほんまほんとうやったら爆弾発言も、俺と利伽には慣れたもんや。利伽も驚いてるやろーけど、見る限りそれほどでもなかった。

 

『……あれ―? なんや―? 反応が薄いな―』

 

 ばあちゃんへの返答がない事に、当のばあちゃんが不満そうやった。ってゆーか、こんな局面でサプライズもへったくれもなにもないやろー。

 

「……で? 今度は何をレクチャーしてくれるん?」

 

 俺はあえて、口に出してばあちゃんに問い返した。

 言葉にせんでも会話は出来るけど、その間に宗一が襲ってくるかもしれん。こうやって声を出せば奴への牽制にもなるし、こっちの準備が整うまで奴は動かんと思ったからや。

 案の定、動きかけてた宗一の動きが止まった。邪悪な相貌はそのままで、どっか期待を滲ませた、良く言えばワクワクしたような顔つきでこちらの動きを伺ってる。……ったく、バトルマニアめ……。

 

『龍彦―……ここで質問やで―。不知火と八代の始祖様は―、なんでうちらの地脈に―“接続”出来たと思う―?』

 

「……へ?」

 

 なんや、こんな場面やのにいきなり初歩の初歩的な質問やなー……。利伽も呆気にとられてるわ。

 地脈との繋がりは、血縁関係に大きく起因する……やったかな?

 つまり代々その地を守る一族やないと、そこの地脈には接続出来へんのや。だから今、俺等はピンチに陥ってるんやけどな。


『ゆーたと思うけどな―……。始祖様は―この地にフラリと現れて―、ここの地脈を抑え込んで―そのままここに留まったんや―。この地に生を受けた人物でも―、何か所縁ゆかりがあったわけでもないんやでー』

 

 なんや前にそんな話を聞いたような気もするけど……。でもなんでご先祖様は不知火山の地脈にコネクト出来たんや……?

 

「まさか……おばあちゃん……っ!」

 

 俺が頭に疑問符を浮かべてると、利伽が何か気付いた様に絶句した。

 

「利伽ちゃんは察しがえーな―……。それに比べて龍彦は―……はぁ―……」

 

 なんや二人の間では意思の疎通が出来上がってるみたいや。んで、なんか知らんけど俺はディスられてる。

 

「もーえーからばあちゃん、説明してくれよ!」

 

 勿体ぶった言い方はどうにも性に会わん! 結論を説明してほしいとこや。

 

「あんな、タツ。結論からゆーたら、私達にもここの地脈に接続出来る力があるって事やねん」

 

 前言撤回やな。結局、結論だけ言われても、俺には理解出来んって事やったわ。


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