懸念

 結局俺らは、浅間あさま重敏しげとしに聞くべき事、言うべき事の殆どをしないまんま、彼との会談を終えて宿泊する部屋へと通された。

 明らかに向こうの方が一枚上手やとはいえ、俺も利伽りかも脱力感と無力感を感じん訳にはいかんかった。

 特に利伽はこのお見合い、延いては自分の立場が単なる「能力目的」として考えられてる事に、少なくないショックを受けてるようやった。

 薄々は勘づいてたやろーけど、ああもはっきり言われたらショック受けるなーゆー方が無理ってもんや。

 部屋に入ってからは俺も利伽も、よもぎは勿論普段は騒がしいビャクでさえ何かを感じ取って気ー効かしてるんか静やった。

 

「……なぁ、利伽。あんまし気にすんなよ」

 

 沈黙に居た堪れなくなった俺は、兎に角利伽を元気付けようと声をかけた。

 どんな事言ーたら良いんかわからんけど、今は声掛けるんが先決やと思ったんや。

 

「……うん……」

 

 しかし殊の外利伽は引き摺ってるよーやった。

 返ってきた言葉は、心此処に在らずって感じや。

 

「……が言ーた事なんか関係ないやんけ」

 

 俺はさっき重敏が話し事を思い浮かべながら利伽に話し掛け続けた。

 

「……でも……私も無関係やおられへんし……」

 

 確かに利伽はこの話の渦中におってキーマンや。

 この話も結局、八代の血を、能力を欲する奴らが暗躍した結果なんやしな。

 

「けど、こんなんお前のせいって訳やないやろ。お前は巻き込まれただけやしな」

 

 でも巻き込まれたんも渦中におるんも、利伽が望んだ事やない。

 全部周囲の思惑が絡んだ結果なんや。

 

「……ううん、やっぱり私にも少しは責任があると思うねん」

 

 けど利伽は、責任の所在が自分にあると言った。

 利伽はそこまでこの件を重く受け止めとったんか。

 俺は軽く考えてた事を恥じた。

 発端はどうあれ、関わったんやったら他人事やおられへん……と暗に言われてるみたいやったからや。

 

「……やっぱり私、もう一回ちゃんと話してくるわ!」

 

 考え込んで言葉が出んかった俺より先に、そう答えを出した利伽はスックと立ち上がった。

 

「ち、ちょー待てよ、利伽っ! 今から行っても会われへんやろっ!?」

 

 さっき会談が終わったばっかりやから、恐らく重敏は自室に居るんちゃうやろか。

 せやからって、約束もなしに押し掛けた利伽に重敏が会うとは到底思えんかった。

 

「へ……? なんで?」

 

 けど利伽から返ってきた言葉は、普段の彼女からはかけ離れた、どっか呆けたもんやった。まさか利伽かて、本気で今行って会えるなんて思ってないやろう。

 

「……なんで……って、そらお前……」

 

 けど利伽があんまり疑問を浮かべた表情で俺を見てくるから、俺の方が自分の言葉に自信がなくなってもーた。

 あれ? 俺、何か間違ってたっけ?

 

「今から浅間重敏に会いに行っても、追い返されるんがオチやろ」

 

 だから俺は、俺の考えをハッキリ言ーた。

 例え重敏の次男良幸のお見合い相手やゆーても、こればっかりは無理やと思ったからや。

 

「……はぁー?」

 

 しかし利伽から返ってきたんは目を半眼にした冷たい視線と、俺が頓珍漢な事を言ーてると言わんばかりに繰り出された言葉やった。


 ……あ、あれ? 俺何か間違ってた?


 ビャクと蓬も、言葉こそ出さへんけど半眼にした視線を俺に向けてる。

 セリフを付けるんやったら「ないわー。そらないわー」やろか……。

 

「誰があの人に会いに行くーゆー話してんのよ。私は篠子しょうこちゃんの話をしてるんやで?」

 

「……へ?」

 

 利伽の言葉に、今度は俺が呆けた声になって呟いた。

 ビャクと蓬も頷き利伽の言葉に同意を示してる。

 つまりこの場で、俺は彼女たちと違う話を一人してた事になる。

 

「篠子ちゃんは完全に巻き込まれて一方的に被害受けてるだけやからね。その原因は、私がハッキリとこの話を断らんかった事にもあるんやし」

 

 正座してる俺の前に、半眼のまま腰に手を当て仁王立ちとなった利伽がそう説明した。やっぱりビャクと蓬も頷いて同意してる。

 

「……そ、そーなん?」

 

 俺は話が全く噛み合ってなかったと理解しながら、そう口にするんがやっとやった。

 

「まーいつの時代も、男ニャんてデリカシーがない生き物なのニャ」

 

「……まったくです……嘆かわしい……」

 

 視界の端でビャクが蓬に耳打ちして、蓬が首を振りながら答えてる姿が見えた。

 どうやら俺はこの場で、圧倒的不利な立場におるようや。

 

「今日会った感じやと、篠子ちゃんも納得出来てるとは思われへんかったし、私もこのままにしとかれへん」

 

 そう言って利伽は部屋を出ようと襖に手をかけた。

 ビャクと蓬もそれに続く為に立ち上がる。

 そして俺も慌てて立ち上がった。

 

「何なん? タツも付いてくるん?」

 

 言外に「あんたも女子トーク聞きに来るん?」と言わんばかりにおざなりな言葉が俺に投げ掛けられる。

 けどここまで来たら、放っておく事も出来へん。


「お……おお、俺も行くよ」

 

 どうにも場違いやと思わんでもなかったけど、今さら自分の言葉を撤回する事もできひん俺は、颯爽と歩を進める女性陣の後を付いていった。

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