浅間家総代

 俺と利伽りかは女中さんに連れられて、何十畳あるか解らんほどの広間に案内された。

 少し意外やったんは、ビャクとよもぎも同伴が許可された事やった。

 どうやら浅間あさま宗一むねかずみたいに、化身を無条件で忌避してるって訳やなさそうやな。


 大広間の奥には上段の間があって、そこには座布団と肘掛けが置いてる。

 多分そこにこの家の主が座るんやろうけど、ほんまに江戸時代のお城みたいや。


 俺達は上段の間手前まで案内された。

 だだっ広い広間に、ポツンと俺達だけ座らされてるんはどうにも居心地悪いな。

 けどそう長くない時間でそんな気持ちも一掃された。

 

「いやー、スマンスマン! またせたな!」

 

 上段の間横の襖が豪快に開き、ドスドスと畳を踏み締めて勢い良く俺達の前に登場したのは、多分浅間家総代って奴やろう。

 ドスンと俺達の目の前に座った何や如何にも恰幅のえーおっさんは、白い歯を剥き出してニコニコ笑ってる。

 

「私がこの家の主、浅間家総代、浅間 重敏しげとしだ」

 

 大広間に響き渡る体の芯まで揺さぶるような声には、多少なりとも言霊が籠められてたんやろう。

 俺と利伽よりも、ビャクと蓬の方が身を強張らせてた。

 

「は、初めまして、八代利伽と申します」


「初めまして、不知火龍彦と言います」

 

 俺と利伽は、緊張感を隠せん上擦った声で挨拶を返した。

 浅間重敏は、浅間家総代っちゅー肩書きに恥じひん貫禄と威圧感があった。

 それは、ばあちゃんから感じるプレッシャーとはまた違うもんやった。

 

「こ、此方に控えているのは化身で私達に仕えてくれてる、ビャクと蓬と言います」

 

 利伽の紹介に、ビャクと蓬が小さく頭を下げた。

 驚いたんは蓬は兎も角、あのビャクまで大人しいっちゅー事やった。

 利伽の挨拶が終わると、重敏は鷹揚にウンウンと頷いた。

 

「遠いところ、わざわざすまなかったなー……疲れただろう。道中、何事もなかったかな?」

 

 ……あった……しこたまあったわ……。


 好好爺……とまではいかんでも、重敏の笑みはどうも貼り付けたように不自然やと感じるもんやった。

 それは利伽も気づいてるようやった。

 恐らく目の前の狸親父は、俺らがどんな目に遭ったか全部知った上でそんな事は言ーてるんやろな。

 まー狸っちゅーか、ゴリラのイメージやけど。

 

「……はい、特に何もありませんでした」

 

 そこまで読み取っても、まさか「お宅の息子に襲われました」なんて言える訳あらへん。

 利伽は最も無難な返答をした。

 重敏はそれを聞いて、わざとらしく眼を細めた。

 しかしそんなんも一瞬で、直ぐにニカッと笑顔を湛えた。

 まー……こっちが遠慮してる事はお見通しみたいやな。

 

「そうか、それは何より。正式なお見合いは明日に予定しとる。今日は当家でゆっくり寛ぐが良いだろうな」

 

 その雰囲気のまま俺らにそう提案した重敏はカカカッと笑った。

 状況から言ーたらこの話はこれで終いな筈やった。

 

「……あの……すみません」

 

 しかし利伽はこのままこの話を終わらせるつもりは毛頭無かったみたいや。

 その顔は凛として重敏を見つめてる。

 重敏は無言で利伽の続きを促した。

 

「良幸さんには既に結婚を約束されてた方が居てたみたいですけど、それを破棄してまでお見合いする程の事なんですか?」

 

 利伽の言葉は疑問形式を取ってるけど、その口調は詰問に近い。

 利伽の気持ちは解らんでもないけど、隣で聞いてる俺なんかはハラハラしっぱなしや。

 なんぼ温厚な人でも、自分の息子と同じ位の小娘に問い詰められれば気分を害する筈やからや。

 

「……それは当家の問題であり、貴女が考える事ではないな」

 

 穏やかな口振りながら、重敏の言葉は反論を許さん位重く響いてきた。

 その威圧感には流石の利伽もたじろいでる。

 けど次の瞬間には、重敏のそんな強圧的な雰囲気も霧散してた。

 

「やはり貴女はみそぎさんに良く似ておるな。その怒った顔なんかは特に」

 

 そう言った重敏は、またもカカカッと高笑いした。

 どうやら此方が相手を怒らすには役者不足みたいやった。

 

「……私が……おばあちゃんに? けど私は八代の人間で、不知火家とは関係ありませんけど……?」

 

 不知火家と八代家の先祖は、元は双子の地脈接続師。

 双子霊穴を双子の地脈接続師が封じるなんて出来すぎやけど、それ以来「不知火」と「八代」を名乗ってそれぞれ封印してきたって経緯はばあちゃんから聞いた。

 けど、なんぼ元が双子やからって、利伽がばあちゃんに似るなんて事があるんやろか?

 それにその始祖ゆーたかて何十代も前の話や。

 隔世遺伝にも程があるやろ。

 

「まぁ、普通に考えればそうだな。しかし事が霊力の資質に及ぶとその限りではない。例え血縁としては薄まろうと、その能力は血筋に脈々と受け継がれ次代に顕現するのだよ。私が見るところ貴女は間違いなく、禊さんと同格の資質を持っている」

 

 驚愕の真実とは正にこの事や!

 余りの事に、俺も利伽も言葉が出せんかった。

 重敏の話がほんまやったら、利伽にはばあちゃんと同等の力が眠ってるって事になる。

 

「禊さんの……不知火家や八代家の力は貴重で強力だ。霊穴を安定して封じるにも、化身と渡り合うにも喉から手が出るほど欲しいと考える輩はごまんといる」

 

 でもこの言い方は失敗やろ。

 言い換えれば「利伽やなくて八代の血が欲しい」って言われてるんや。

 

「でしたらこの話、お断りさせていただきますっ!」

 

 重敏の目を見据えて、利伽はきっぱりとそう言い放った。

 何処から見ても政略結婚やのに、利伽が素直に応じるわけないわな。

 しかし噛みつかれた重敏に驚きも慌てた様子もない。

 さっきと何ら変わらん表情のままや。

 

「八代利伽さん。貴女はまだ若い。貴女がそう考えるのは解らんでもないが……そうだな。先程の話は抜きにして、当家浅間良幸と見合いだけでもしてやってくれぬかな?」

 

 ニヤリと口角を上げた重敏にはまだ何か一物ありそうやけど、流石に頼まれてると言う体を採られれば断ることも出来ん。

 何よりお見合いを反古にして帰ったなんて、ばあちゃんに何されるか解ったもんやない。

 少しだけ考え込んだ利伽やったけど、感情でお見合いを断ることに抵抗があったんやろう。

 

「……わかりました」

 

 渋々ながら了承した。

 元々どうなるにせよ、明日のお見合いは予定の内や。

 俺達と重敏の会談は利伽の言葉を以て終わりを告げた。

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