浅間を取り巻くエトセトラ

 いきなり襲い掛かってきた謎の白装束包帯男を「兄」と呼ぶ、パッと見ぃ俺達と同い年の男が奴の後ろに立ってた。

 短く整えてる栗色掛かった髪をなびかせて、その顔は無表情……いや、僅かに怒気をはらんでた。

 何かに対して明らかに怒ってるようやった。

 それでも全体的なイメージは「爽やかな好青年」。

 美男子……って訳や無いけど、女性に好かれそうな顔や。

 少なくとも……。


「タッちゃんよりは良い男だニャー」


「……龍彦よりは……良い男児ですね……」


「……ぐっ……」


 いつの間にか俺の隣まで下がってきたビャクとよもぎが口を揃えてそう言い、俺はそれに言葉を詰まらせるしか出来んかった。

 そう、俺よりは良い男……それは認めざるを得んやろー……。


「……兄さん、ここで何をしているのですか?」


 その好男子は、顔に似合わん厳しい口調で「兄」と呼ぶ人物に詰問する。


「……なんだ、良幸……。ただの挨拶だよ……」


 しかしその「兄」は別段悪びれた様子もなく、いけしゃあしゃあとそう言ってのけた。

 けど最初に俺らを狙った一撃。

 蓬が食い止めたけど、もしあれが直撃してたら、怪我だけで済んだか怪しいもんやった。


「……そうでしたか……。しかし正式な挨拶は本殿にて行うと、今朝総代様とうさんより話があったでしょう。ここでは控えて下さい」


「……ふんっ……」


 鼻を鳴らして此方に背を向けた「兄」と呼ばれた男は、「良幸」と呼んだ男の横をすり抜けて奥の邸宅へと姿を消した。

 俺と利伽に安堵の溜め息が漏れた。

 それくらい緊迫した空気を、あの男は放ってたんや。


「……兄が失礼を働き、誠に申し訳ありません……」


 そんな俺達に歩み寄ってきた「良幸」なる人物は、心底申し訳ないと言う表情で深々と頭を下げた。

 それを前にして、俺と利伽は互いに顔を見合わせるしかなかった。

 そう下手に出られたら、こっちとしても強く出られへん。


「……あの……もう……」


「ほんまやでーっ! ちょーっと、躾がなってニャいんちゃうかー!?」


 恐らく利伽は「もう気にしてないから顔を上げて」と言いたかったんやろーが、それを先んじてビャクが苦情を訴えた!

 余りの行動に、俺も利伽も口をパクパクさせるしかなかった。


「……本当に申し訳ありません。あの様な振る舞いですが、私の実兄なのです。兄に成り代わり、心から謝罪します」


 目の前の「良幸」は、ビャクに対しても慇懃いんぎんに謝罪した。

 さっきの男はビャクや蓬をあからさまに見下してたけど、この人はそうや無いらしい。

 たったそれだけやのに、俺の彼に対する印象は好意的な物になるんやから不思議や。


「あんニャー、世の中謝って済むもんと……」


「……蓬ちゃん」


 ―――ギギンッ!


 折角場が治まりかけたゆーのに、まだ文句の言い足りんビャクが追い討ちを掛けようとした。

 けどそれを利伽の合図一声、蓬が瞬時にビャクを取り込む障壁を築いて遮断した。


 蓬が利伽の元に身を寄せてまだ数日やのに、二人は互いの事を知ろうと努力してたんやなー……。

 声もなく見えない壁を叩いてるビャクは、まるでパントマイムしてるみたいで滑稽やった。


「……此方こそ失礼しました。もう先程の事は気にしていませんので、どうぞ面を上げてください」


 利伽が流れる様な仕草で返礼する。

 今まで見たこともない利伽の姿に、俺は一瞬目を奪われた。

 ……けど、目を奪われたんは俺だけやなかった。

 目の前の男も、何処かポォーっとした表情やったんを俺は見逃さんかった!

 たったそれだけの事やのに、俺の「良幸」に対する印象は敵対するものに変わっていくんやから不思議やな、まったく!

 俺の刺すような、いや射殺すような視線に気付いたんか、「良幸」は慌てて取り繕った。

 全く、油断も隙もないわ。


「あ……ありがとうございます。申し遅れました、僕は浅間良幸と申します」


 思い出したように改めて自己紹介した浅間良幸は、再び深々と頭を下げた。


「八代利伽です。宜しくお願いします」


「……不知火龍彦です。ヨロシク……」


 俺の挨拶がギリギリ失礼の無い程度になったんは、この「良幸」から嫌な予感がしまくってるからやった。


「この娘は蓬、あっちの娘は……ビャクと言います」


「……蓬です」


 続けて利伽はビャクと蓬を紹介した。

 蓬は何処か照れてるんか警戒してるんか、いつも以上に言葉少なげやった。

 ビャクに至っては未だに結界の中で、声も聞かせられへんかった。


浅間家総代ちちとの面談はもう少し後になります。それまでは控えの間に案内しますので、そちらでくつろいでお待ち下さい」


 そう言って先を歩きだした良幸に俺と利伽が続く。

 その後を蓬と、漸く解放されてギャーギャーと文句言ーてるビャクが続いた。


 家屋に付いて中を案内されてる時に、利伽が良幸に質問した。


「あの……先程の方……良幸さんのお兄さんと言うことですけど……」


 待ち伏せして、問答無用の攻撃をしてきた男や。

 気にならん訳ないし、何より放っておいたらまた狙われるかもしれん。

 素性と目的をハッキリさせるんは当たり前の事や。


「……あの人は僕の実の兄で、名を宗一むねかずと言います。昔の怪我で全身に包帯を巻いていて少し怖いかもしれませんが、根は優しくて良い人……」


「……嘘やな」


 こいつがその宗一を庇おうって気持ちは一切理解出来へんけど、“根は優しくて……”ってくだりからはこいつの本心やないって気配が確り伝わってきた。

 それは利伽も同様みたいで、その顔に笑顔はない。

 俺の一言が突き刺さったんか、良幸は言葉に詰まった。

 その顔にも余裕はなく、笑顔も掻き消えてる。


「……まいったな……」


 そして今度は頭をかきながら苦笑いを浮かべた。

 多分こいつは根っからの正直者や。

 嘘は言われへんたちらしい。


「……身内の恥を晒すみたいで、余り言いたくなかったんですけどね……」


 そこで良幸の足が止まった。

 どうやら控えの間に着いたようや。

 良幸が襖を開けて中へと案内してくれた。

 中は畳敷の和室で十畳程の広さや。

 4人が待つには広すぎる間取りやった。

 俺達が中央に置かれた豪華な座卓へと腰を下ろすと、見計らった様に再び襖が開いた。


「本日は遠い所を、良くおいで下さいました」


 そこには入り口で三つ指を突き、深々と頭を下げた女性……いや、女の子がおった。

 脇には急須と湯呑みの乗った半月盆が置かれてるから、俺達にお茶を持ってきてくれたんやろう。

 でも顔を上げた彼女の顔には、歓迎してる表情は浮かんでなかった。

 少なくともその瞳はギラギラして攻撃的や。


「あれ……? 篠子しょうこちゃんがわざわざ用意してくれたんだ?」


 彼女が給仕に来る事を良幸は知らんかったみたいで、意表を突かれた様な声で彼女に話しかけた。


「……うん。是非……挨拶をと思って」


 そう言った彼女は、何やら挑発的な視線を此方に……いや、利伽に向けて放ってる。

 当然意味が解らん利伽は、俺の方に救いを求めた視線を寄越すも、俺かて意味解らんわ。


 その「篠子ちゃん」は俺達にお茶を振る舞うと、部屋から出ていくこともなく入り口付近で正座して居座るようやった。

 そこからも鋭い視線が放たれてる。


「彼女は浅間篠子ちゃん。僕の従姉妹で幼馴染みなんだ」


 けどその事に気づいてないんか、良幸は特に気にした様子もなく彼女を紹介した。


「……浅間篠子です……今後とも宜しくお願いします……」


 そう言って再び三つ指を突き、彼女は深々と頭を下げた。

 俺たちもそれぞれ挨拶したけど、彼女の注意……っちゅーか視線は完全に利伽を捉えてる。

 しかも相変わらず挑発的で好戦的や。


 まったく、富士の樹海に来てから、やたらと好戦的な態度ばっかりとられんで。


 ―――もっともその対象は利伽ばっかりやけどな……。

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