大家 浅間一族

「……でも……あの化身、変な事言ーてへんかった?」


「……何を?」


 俺がビャクとよもぎの頭を一頻り撫でて、彼女達が十二分に満足した時、利伽りかが思い出したように呟いた。


「……はい……言っていました……」


 俺には心当たりが無かったけど、どうやら蓬にはあるようで利伽に相槌を打った。


「……あの化身は……『そこの女に用がある』と確かに……」


「そうやんね! あの巨鬼は私を見てそう言ーてたわ!」


 蓬の言葉で、利伽の疑念は確信に変わったよーや。

 でも、それやったら新しい疑問が浮かんでくる。


「何で富士の樹海におる化身が利伽の事知ってんねん?」


 今更説明せんでも、俺達は関西から来た余所者よそもんで、当然こっちに化身の知り合いはおらん。

 勿論、恨みを買う云われもない。


「……んー……私が八代家やから?」


「そんなんやったら、俺も不知火家やで?」


 これまた今更ながら、不知火と八代は云わば一心同体みたいなもんや。

 双子霊穴なんて大体同じ様な特徴と性質を持ってるし、場所も似たような所にある。


「……でも利伽さんは……浅間家と関わりを持ちました……」


「ほんまやっ! 利伽さんは浅間家の嫁なんやから、全く関係ないって事無いかもっ!」


 俺達の疑問に蓬が的を射た答えを返し、ビャクがそれに便乗した。

 蓬は兎も角、ビャクの言葉には明らかに悪意がある。

 まったく、ビャクはこの気に乗じて利伽の既成事実を作ろうって考えがミエミエや。

 

「嫁って……それよりもし蓬ちゃんの言ーてることが間違ってなかったら、あの化身達は浅間家に恨みがあったって事……かな?」


 霊穴を守るためとは言え、それこそ数多くの化身を退けてきたやろう浅間家が、化身に恨まれとってもおかしい話やない。


「……その辺もキッチリ聞いとかなあかんな」


 化身と対峙していく事が封印師や接続師コネクターに必要とは言え、問答無用で襲ってくる化身を生み出してる事については確り説明してもらわんと、結果はどうあれ利伽を安心して送り出せる場所やとは言い難いからな。


 俺達はさっきまでと違う緊張感を纏って、再び浅間家へと歩き出した。




 襲われた場所からそれほど遠くない所に、浅間家本宅の門があった。

 如何にもな超豪華日本家屋に備え付けられてる正面門や、その豪奢ごうしゃな威容も解るってもんやろう。


 ―――ギギギギーッ


 俺達が門の前に辿り着いたのを見計らったように、巨大な門が如何にもな音を立てて全開した。

 ほんま、何処から見てんねん。

 ここまで来たらビックリする事なんか何もあらへん。

 俺達は躊躇ちゅうちょ無く門を潜った。


「……でか……」


「……広……」


 そう思ってたけど、流石に門の先で広がる景色を見たら驚くなゆー方が無理やった。

 そこはただただ広い前庭……っちゅーか、神社の境内を思わせる空間が広がってたんや。


 植木も池も、玉砂利さえ敷き詰めてない、門から遠く奥の家屋まで続いてる石畳以外、綺麗にならされた地面があるだけの空間。

 流石にそれには度肝を抜かれたけど、他には別段気になる処はない。

 俺達は家屋に向かって歩き出した。


「「……っ!」」


 ―――ギィユギュンッ!


 俺達が一歩、足を進めた直後にさっき聞いた異音が耳をつんざいた!

 瞬時に展開した蓬の防御障壁を攻撃する音や!

 俺と利伽がそれに気付いた時には、ビャクも蓬ももう臨戦態勢やった。


「な……っ!?」


「何っ!?」


 咄嗟の事で俺と利伽は声も出せんかった。

 完全に油断してたんや。


 それもその筈で、今俺達が居るんは富士の樹海真っ只中やない。

 場所は同じでも、大家浅間家の家中や。

 そうそう簡単に化身が入ってこれる訳ないし、まさか襲われるなんて想像もしてへんかったんや。

 寧ろその攻撃に直ぐ様反応してるビャクと蓬に驚きやった。


「……うちなー……不意討ちって……めっちゃ嫌いやねんっ!」


 蓬が防御障壁を解いた瞬間、ビャクが飛び出した!

 その動きは俺達が声を掛ける間も無い程俊敏やった!

 ビャクは俺達の前方20m程を一足で飛び“何もない空間”に向かって鉤爪と化した腕を降り下ろした!


 ―――……ザッ!


「……ふん」


 ビャクの更に前方で何かが砂を噛む音が聞こえて、それを聞いたビャクが鼻を鳴らした。

 何が何やら理解出来てない俺達の目の前で異変が起きる。

 ビャクの数メートル先の空間がぼやけて……いや、歪んで人型が現れたんや!


「……ククク……化身風情が、良い反応ですねぇー……」


 徐々にその姿を現していく人型が、完全な形を成す前に口を開いた。

 それを聞いた俺は、瞬間的に嫌悪感が湧いた。

 何処か神経を逆撫でするような、生理的に虫酸が走る嫌な声。

 それは利伽も同じみたいで、顔には忌避感がありありと浮かんでる。


 ビャクの眼前でハッキリと姿を現した“男”は、息を飲むほどの異様な姿やった!

 ひとえの上からほうを纏い、大口袴に垂纓冠すいえいかん

 所謂束帯そくたいと呼ばれる祭儀用の正装や。

 けどその全てが白い、真っ白や!

 それだけやったらただ単に清潔感溢れる服装って事で納得出来るかもしれん。

 いや、出来へんけどな。

 しかしその男は、顔、首、手、肌が露出してる部分全てに包帯を巻いてたんや!

 唯一巻かれてないのは両目と口だけやった!

 その見えてる目と口が嫌らしく歪んでる。

 恐らく笑ってるんやろう。


「お……お前、何やねん!」


 俺が利伽の前に一歩進み出て、奴にそう問い掛けた。

 でも余りの異容と気味悪い雰囲気に、俺の声は何処か震えてた。


「……なんですか、あなたは? お招きしたのはそちらの女性だけだったと聞いていますが?」


 ギロリと眼球を動かして俺を一瞥する。

 それだけで俺の口は封じられてしもた。


「……それにこれ程力のある化身を二体も……他家へ赴くに際して、いささかか礼を失していると思われますねー……」


 奴は何やら勝手な言い分をペラペラとのたまってる。

 赴くもなにも呼びつけておいて、礼を失するもへったくれも無いやろ!

 それに彼女達がおらな、道中間違いなく危なかったんや!

 何よりも奴は、さっきからビャクと蓬を見下すような言い方してるんが腹立った!


「兄さんっ! そこで何をしているのですかっ!」


 俺が怒鳴り声を上げそうになった瞬間、奴の背後、屋敷側から声が飛んだ!

 男はユックリと、面倒臭そうに振り返り、俺達の視線もそちらへ向かった。


 そこには、目の前の男とは正反対に爽やかな印象の男性が立ってたんや。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る