第22話 奴が来る

拝啓

 だあー、もう8月28日だよ。今日が終わってしまったら、8月はもう残り3日しかないんだよ!

 どうしても、8月中にこの手紙を誠に読んでもらいたくて、速達で送ることにするね。だって、誠君と一緒に夏が終わる寂しさを感じているって思ったら、上手に乗り越えられそうだから。

 毎年、毎年、本当にあっという間に終わっちゃう。スイカ食べて、そうめん食べて、マンゴー食べて、ゴーヤ食べて、かき氷食べて、リンゴ飴食べていたら、もうすぐ9月になっちゃんだから、嫌になるわ。来年は、8月になったら節食しようかなあ。そうしたら、夏を長く感じられるかも。来年は、高校最後の夏だから、何が何でも“やり残したことがない夏”にするの! もう思い出でお腹いっぱいって感じにするんだから!

 誠君の夏はどうだった? やり残したことはない? はたして、夏にやり残すことがない方法ってあるのかな?


 ああ、花火、もっとちゃんと見ておけばよかったな。花火を見れば見るほど、夏が早く終わるように感じてしまうのかもしれないって、去年の今頃に気づいたから、今年はスマホゲームしながら見たんだけど、効果はまったくなし。例年通り、ダダダッて駆け抜けて、スピードを緩めることがないんだから。夏って奴は……。そこがいいところなんだけどね。

 ああ、我慢しないで花火、ちゃんと見ておけばよかった。


 私ね、小さい頃は花火が大嫌いだったんだ。あの大きな音が苦手だったの。せっかく花火大会に来ても、「もう帰ろう、もう帰ろう」って泣きじゃくっていたのを覚えている。

 小さい頃はいろんなものが怖かったな。薄暗い帰り道とか、学校の教室で一人になった時とか、カラスの目とか、雷とか、サスペンスドラマとか、パパとママはそれはもう私を育てるのは大変だったと思うわ。だから、親孝行する気で満々なの。


 まあ、今でも怖がりなんだけどね。例えば、海で泳いでいる時に、もしかしてサメが背後にいるんじゃないかとか、友達と映画を観に行って、私だけ泣いていない時とか。うーん、この例えはちょっと意味が違うかな。ごめん、ごめん。


 もう日が暮れちゃった。次に会うのは9月だね。残暑がどこまで粘ってくれるか次第で、私のテンションは違うと思うけど、なるべく明るい顔を見せられるように、残り3日間、精一杯あがいてみせるわ。

 どうか、誠君が夏の終わりに、消えたりしませんように。


敬具

小西 茜

P.S.夏季講習で誰かに告白されたりしなかった? 勉強で大変だろうけど、だから、そういうことが起こりそうな気がするの。




 土曜日。なんだか、学校より、ここのほうが落ち着く。

「例年より、1週間早い梅雨明けだって」

「えっ?」

「俺の3秒を返せ」

「無理です。そんな能力ありません」

「お前と話しているとほっとするよ。今年は特に大雨の日が多かったからな。来週に梅雨が明けると思うと……」

「ええー! 今何って?」

「俺の10秒を返せ。だから、来週、梅雨が明けるんだよ。今朝、ニュースでやっていたろ? もう、高3なんだ。ニュースくらいちゃんとチェックしておかないとだな……」

 ついに夏が来てしまうのか。覚悟はしていたが、いよいよ奴がやって来ると思うと、俺の足は小さく震えていた。夏が始まった瞬間から、あっという間に転校する日に飛んでしまうんだ。そう、気がついた時には、俺はもう転校しているのだ。見える。聞こえる。結菜が転入して来た時のように、俺を品定めする新しいクラスメイト達の目が、声が……。

「おーい、オッチー。聞こえてますかー。人の話を聞けー。『今度の3連休は絶対に出勤しません』と言ってきかなかった、このクソ野郎ー」

「俺、そこまで、クソではないですよ。確かにクソですけど……」

 夏が始まる合図のような3連休にバイトをして落ち着いているわけにはいかない。素敵な仲間達に迷惑をかけてでも、俺は休みをもらった。

「本当のことでも認めるなよな、まったく。お前と話しているとほっとするよ」

 もし、佐藤が総理大臣になってくれたら、梅雨明けが決まった時に、街中にサイレンを響かせてもらうように法整備をしてもらおう。


 日曜日。

「ちょっとお兄ちゃんやめてよ……。母さん、お兄ちゃんが変なことしているー!」

 何の用だったのかもう迷宮入りだが、俺の部屋に入ろうとした楓が、リビングへ降りて行った。

 思っていたより段ボールが必要だ。

「ほら、見て。本当でしょ」

 楓が母さんの手を引っ張って来て、また戻って来る。

「正、今すぐそれをやめなさい」

「なんでだよ」

「やっと明けると思っていた梅雨が長引いたらどうしてくれるの? 洗濯物がたまって大変なんだから」

「そうよ。そうよ。楓なんか、もうヨッシーとプールに行く約束しているんだから、今すぐやめてよね」

 ヨッシーって誰だ? 楓からその名前を聞くのは初めてだ。女の子なのか? 男なのか?

 俺は気にしないで、作業を続ける。

「本当に行くのね」

 母さんが、段ボールを組み立てるのを手伝ってくれる。

「ああ」

「母さんもついていこうかな。一度、住んでみたかったのよね」

「楓、お前も手伝えよ」

 最後まで言う前に、楓の姿はなかった。

 夏になって、荷造りなんてやっていられない。梅雨の間に済ませてしまうんだ。一秒だって、ムダにできないんだ。

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