第21話 改名2回目

 下校時。『クローバー諜報部』のメンバーの誰も、一言も喋らないでいると、

「あっ、そうだ。はい、これ……」

と結菜が言って、俺たちが鞄につけているウサネズミのぬいぐるみと同じものを、美樹と佐藤に渡した。

「ありがとう! かわいいと思っていたんだ!」

「サンキュー! 俺も獲りに行ったんだけど、もう無くなってたから、スゲー嬉しいよ!」

「八王子のゲームセンターにまだ残っていたんだ」

 なんだって? わざわざ八王子まで行って、美樹と佐藤にもぬいぐるみを? かわいいから鞄につけていただけだったのか……。勘違いしてなくてよかった。『俺のことを好き』だというメッセージだとは、これっぽっちも思っていなかったぞ……。

「『クローバー諜報部』のメンバーの証にいいなあと思って」

 結菜がそう言うと、

「その件だけど、名前、変えないか?」

 しまった。俺も同じことを言おうとしていたのに、ぬいぐるみのことがやはりショックで、佐藤に先を越されてしまった。

「俺たちまだまだじゃん」

「うん」

 佐藤の言葉に結菜と美樹が頷く。

「だから、いつか困っている人の役にちゃんと立てるように、『杉山見習い部』にしない?」

「いいね、気に入った」

 美樹がそう言うと、

「まだまだ見習いの身だものね」

と美樹も、佐藤の提案を受け入れる。


 昨日、杉山と話したことを電話で伝えた時、結菜も、佐藤も、美樹も、『腰が痛くなるほどやりまくるなんて不純だ』みたいなことを、口にすることはなかった。ぐっ直な杉山を、あらためて尊敬していた。

 ちなみに、俺が考えていた名称は『杉山見習い隊』だった。やっぱり、言わなくてよかったと思う。そこら辺に、佐藤とのセンスの差が出ていた。俺はお金持ちになったら、きっとヘンテコな家を建ててしまうタイプなのだろう。


 そして、俺たちが元気を少しだけ取り戻して歩いていると、思わぬ光景に出くわした。

 通りの向かい側で、綾が大学生と思われる男性と何やら喋っていたのだ。綾は、スマホを取り出すと、ふるふるして、大学生とline交換し、手を振って去って行く。その様子を、美樹がスマホでしっかりと撮影していた。いざという時のためにカードは多く持っていたほうがいい。

 俺たちが目を合わせて笑っていると、大学生が俺たちに向かって大きく手を振り、通りを渡ってこっちにやって来た。

「君たち、もしかして由紀子の生徒? ほら、ラブホテルの」

 俺たちのことを知っていて、吉岡先生のことを呼び捨てしているということは、新しい彼氏に違いない。吉岡先生が手配したものとは、この大学生だったのか。

「そうですが、何か用ですか?」

 佐藤が少し警戒しながらそう言った。普段はチャラいが、こういうところはしっかりしている。

「やっぱり! そうだと思ったんだ。『真面目にキラキラしている4人組』って聞いていたから、ピンときたんだ! 俺も真面目なタイプだから、わかっちゃんだよねえ」

 大学生はそう言うと、白い歯を見せて笑う。


 それにしても、ワイルドな感じで、俺とはまるでタイプが違う。俺に気のあるようなことを言っていたけど、やっぱりからかわれていただけか。

「ああ、ここに来たのは、由紀子に頼まれてさ。上渚高校の女子生徒に、教頭とどうして別れたのか教えてやってくれって」

 大抵の女子生徒なら、この話に食いつき、すぐに友達に知らせることだろう。それでも、十分だったが、幸いなことにこの大学生が伝えた相手は、特にゴシップネタが好物の綾だった。来週の月曜日に登校するまでに、教頭と杉山の不倫疑惑はすっかり晴れていることだろう。

「それじゃ、俺、仕事に戻らないといけないから、もう行くな。君たちに会えてよかったよ」

 大学生じゃなかったのか。『杉山見習い部』のメンバーとして、俺はもっと人を見る目を鍛えないといけない。


 吉岡先生の新しい彼氏が去って行くと、

「いい人そうなのに、かわいそうに……」

と美樹が言い、

「いい人だから、遊ばれちゃうのよ」

と結菜が答える。

 なんの話だかわからないが、

「女って、残酷だな」

と佐藤には通じている。

 キョトンとしている俺を見て、

「あれは言ってみれば、落合よ。吉岡先生の言うことを何でも聞くおもちゃ」

と結菜が教えてくれる。でも、そんなことわからないではないか。真剣に付き合っているかもしれない。

「本命の人だったら、女子高生と連絡先を交換するリスクがあるようなこと、頼むわけがないでしょ」

 結菜の言う通りだ。確かに、吉岡先生がそんなバカなことをするわけがない。あれが、俺なのか……。そんなことも知らないで、使命を果たして、きっと吉岡先生に褒められると嬉しそうに去って行ったあの姿が……。

 来週、綾にあの人の連絡先を教えてもらおうかな。どんな未来が待っているのか、教えてもらえるかもしれない。未来のことは知らないほうがいいと言っている場合ではない。他のメンバーより、俺だけ大きく遅れをとっているのだから、早く追いつかないといけない。早く、大人に近づかないと……。

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