第4話『蒼衣の道化と妹の面影』(後編)

 夕暮れの山道で、調律の巫女一行とヴィランの死闘が繰り広げられていた。

 戦局は、メロスの鬼神のごとき活躍により、ヴィランは次々に姿を消していく。

 その強さはまるで、自らの命を燃やし尽くしているがごとく――

「メロス、やるわね」

「やるじゃねぇか。オレも負けてられねぇぜ! うおぉぉーー!」

 メロスに負けじと獅子奮迅の勢いでヴィランを薙ぎ払うタオ。

「うおぉぉぉーー!!」

「どりゃぁぁーー!!」

「……なんて暑苦しい2人なの」

「頼りになるからいいんじゃない?」

 2人の凄まじいばかりの熱気に、エクスは苦笑。



「タオ殿! 最後の1匹は私が!」

「まかせたぜ!」

 まっすぐ振りぬいたメロスの拳に、最後のヴィランが煙のように消滅する。



「ふぅ。ラクショーでしたね」

 シェインが口を手で押さえながら、大きなあくび。

「ふぁぁ……」

「大丈夫? やっぱり寝不足なんじゃ……?」

 エクスが心配そうに問う。

「……シェインは平気です」

 シェイン、首をこっくりこっくりと揺らしながら眠そうに目を細める。

「油断しちゃダメ! この気配、まだどこかにいるわ!」

「むにゃ……」

 シェインの足もとがフラつく。

 突如、ヴィランが草陰から飛び出してきて、シェインの背後に襲いかかる。



「――シェイン! 危ない!」

 エクスが叫んで剣を抜くが、シェインは1人パーティから離れて、今からでは間に合わない。

「……ふぁ?」

 目をこすりながら振り返るシェインに、ヴィランの鋭い爪が襲いかかった。

 かに思えたが――

「……!?」

 シェインの前に両腕を広げたメロスが、仁王立ちしている。

 メロスのたくましい背中に脂汗が浮かびあがる。

 ぽた、ぽた、と血の滴が地面を濡らす。



「メ、メロス……さん?」

 シェインの表情が驚きに固まる。

「メロス!」

 エクスが剣を抜いて、ヴィランに向かう。

「うおおおぉぉぉ! シェインーーー!」

 タオがすごい勢いで向かってきて、最後のヴィランにとどめをさす。

「ク、クルルゥ……」

 消える瞬間、ヴィランは笑ったような表情をした。

「大丈夫、メロス!? 回復魔法を……」

 レイナが顔色を変えて駆けつけてくる。


    ×   ×   ×


「傷はふさがったけど、血を流しすぎてる……」

 レイナが気まずそうに言う。

「……メロスさん、なんで……シェインをかばって……?」

 シェインの目には涙が浮かぶ。

「体がとっさに動いていたのだ。シェイン殿が妹とよく似ていたから……」

 メロスが苦しそうに呼吸しながら言う。

「姉御、メロスさんにもっと回復魔法を!」

「……わたしはもうダメだ。たのむ、わたしの代わりに、わたしの親友を……セリヌンティウスを助けてくれ……」

「……」



「タ、タオ殿……。耳を……」

「なんだ、メロス?」

 メロスに顔に耳をよせるタオ。

「シェイン殿と兄妹仲良く……」

「ああ! ああ、分かったぜメロス!」

「もし、動けな……岩の裂け目……泉……」

「なに? なにが言いたいんだ?」

 メロス、フッと幸せそうに笑って、メロスの手が力尽きて地面に落ちる。



「メロスさん……」

 シェイン、大粒の涙を瞳に浮かべる。

 シェインの肩に手を置くレイナ。

「大丈夫、息はあるわ。でも、しばらく休息をとらないと目を覚まさないでしょうね。残念だけどメロスが今日中に処刑場に戻ることはできないわ……」

「クソ! なんとかならねぇのかよ」

 苛立ちながらタオが言う。



「残念だけど、メロスは置いていくしかないわね……。村に戻っている時間はないから、どこか安全なところで休ませてあげましょう」

「気を失ってるメロスさんを一人で置いていくんですか?」

 シェインが悲しそうな顔をする。

「シェイン、悔しいけどそうするしか……」

 エクスがメロスの肩を担ぎあげる。

「タオ、もう片側手伝ってもらえる?」

「……クソッ!」

 タオがエクスと協力してメロスを担ぐ。

 意識を失った大男の体は2人がかりで支えても重かった。



「あの、姉御……」

「なに? シェイン?」

「シェインはメロスさんが心配なので、メロスさんの看病のためにここに残ってはダメでしょうか?」

「……そうなると、私たち3人でカオステラーと戦うということになるわね」

「…………」

 シェインが申し訳なさそうな表情で顔を伏せる。

「いいじゃねぇか! オレが2人分戦えばいいだけだしな! なあ、坊主。男ならそれくらいやってみせるよな?」

「あはは……。やるだけやってみるよ」

 エクスは苦笑し、レイナはため息。

「もうっ、仕方ないわね。それじゃあメロスはシェインに任せるわ。私たちは3人で処刑場を目指しましょう」

 今後の方針がまとまって、4人の間に安堵したような空気。


 どこからともなくパチパチパチ、と拍手の音が聞こえてくる。

「どうもー」

 エクスたちが振り向くと、ロキが立っている。

「素晴らしい友情ですねー。いやあ、面白いものを見せてもらいました」

 4人のあいだに一斉に緊張が走る。

「――ロキ!」

「しかし、まさかあのメロスがこんなところでへばってしまうとは。情けない"主役"ですねぇ……」

「あなたが、メロスさんをバカすることは許しません!」

 シェインが食って掛かる。

「クフフ。役に立たない主役は、この想区には必要ありませんよねぇ?」

 ロキはゾッとするような冷たい視線をメロスに向ける。

「!? そんなことシェインがさせませんよっ!」

 単独でロキにつっこむシェイン。

 メロスの両肩を担いでいるエクスとタオはすぐには動けない。



「待って! 一人でつっこむと危ないわ、頭を冷やして! シェイン!」

 レイナが叫ぶ。

 シェインが猛然とロキに向かっていく。

「うおぉぉぉっ!」

 自作の銃でロキに狙いを定め、無茶苦茶に撃ちまくる。

 ロキはその場を動かないが、シェインの弾は一切命中しない。

 ――目がかすんで、当たらない!?

「なんですか、その、無茶苦茶な攻撃は……。その目の下のクマ……まさか寝不足ですか? その調子では、私どころかヴィランも倒せませんよ?」

 ロキがシェインにグンと一気に距離をつめてくる。



「――っ!?」

「少し眠ってもらいますよ」

「!?」

 ロキが手をふるうと、その場で気を失うシェイン。

「シェインーー!!」

 タオが絶叫する。

「ふぅむ。この想区の主役であるメロスがそのザマでは退屈ですからね。ちょうどいいので、この娘を新しい人質としてもらっていきますよ」

「ふざけんじゃねぇ! 今すぐシェインを放しやがれ!」

 犬歯をむきだしにしてロキをにらみつけるタオ。



「クフフ。この想区の『走れメロス』の運命を知っていますか? 今日の日没までに、王城前の処刑場まで来てください。間に合えば、この娘は返しますよ。ですが、もし間に合わなかったら……」

 ニヤリと笑うロキ。

「ふっざけんじゃねぇぇ!」

 ロキに掴みかかろうとするタオ。

 ふわ、と青いマントがひるがえって、ロキの姿が消える。

「――王城の処刑場で、次のパーティの用意をして待っていますよ」

 つきだしたタオの拳が空を切る。



「……ッ!」

 タオは怒りのまま、その拳を近くの樹木に叩きつける。

 タオの拳に血がジワリとにじむ。

「クソッ! シェイン……オレは! すまねぇ……すまねぇ!」

 タオが吼える。

「タオ……」

「2人とも悲しんでるヒマはないわ。シェインとセリヌンティウスを助けにいくわよ。日没まであと少ししかないんだから!」

 レイナの言葉に、つよく頷くエクスとタオだった。

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