第3話 灰被りの少女

 カオステラーを追う最中で、空白の書のことを明かすことになったのはこれが初めてではない。

 ヴィランという脅威に立ち向かえる力だ。悪く受け取られることはそうそう無かったように思う。

 ただ、誰もがそんなわけではないとふと思い出したのだ。

 エクスは自分の叔父たちのことを脳裏に浮かべた。レイナ達に出会う前、エクスがまだ生まれ育ったシンデレラの想区にいた頃。初めて自分の運命の書が真っ白であることを告白した人たちのことだ。

 両親を失くした後、親代わりとして温かく迎え入れてくれたはずの彼ら。エクスを見る目はその告白の日から冷たいものに変わっていた。与えられた役割がない、物語に必要がない人間だ、という宣告は受け入れ難いものだったらしい。

 だが、そんな叔父たちの反応が普通だったんだろうな、と。


「聞かせて欲しいんだ、外の話を」


 リヨンが旅の話をせがむ。きっとそれは無邪気な好奇心によるもので。否、エクスはそうだといいな、と思う。

 だからふと、そんなことを思い出した。




 ◇




 やっと街に辿り着いたと思えば関所は無人。建物にも灯りひとつ無く、ぽつりぽつりと生き残った街灯だけが静まりかえった街を照らしていた。

 肝心の街は戦の後のように荒れ果てていた。

 廃れた街の先に、城だけが悠然とそびえ立っている。


「まいったな。人っ子ひとりいやしねーぞ」

「タオ兄、これはまずいですよ」


 もう人は皆、ヴィランに変えられてしまったのだろう。街の惨状が物語っている。


「レイナ、無理してない?」

「ちょっと疲れてるけど、全然平気」


 そう答えて、後ろを歩いていたレイナは足を早めた。無理はしてなくとも、多少なりとも意地は張ってそうだ。


「悠長なこと言ってられないですけど、休憩を挟んだ方がいいかもしれませんね。少し仮眠でも」

「だめだ!」


 言い終わらないうちに、リヨンは提案を遮った。


「今日じゃなきゃ、駄目なんだ」


 声が、少し震えている。

 時刻は既に九時を回った。

 一体どういう意味なのか。急な変容にエクスたちは唖然としてリヨンの様子を伺った。

 はっ、と我に返ったリヨンは、道中の調子に舞い戻って、慌てて両手を振った。


「あ、ごめん! ちょっとボクの都合の問題で……あはは。つい、最後までキミたちを付き合わせるつもりになっちゃってたみたい。忘れてほしいな」


 恥ずかしい、と呻きながら顔を覆う。

 エクスはレイナと顔を見合わせた。

 先陣をきったのはやはりタオだった。


「なんだ、水くせーな。言ってみろよ、付き合うぜ」

「もう、タオったら。安請け合いしないでってば! でもそうね。何か大変なことみたいだし、私たちに手伝えることなら」

「うん、力を貸すよ」


 顔を覆った手の隙間から目を覗かせ、リヨンは小さく言った。


「あ……ありがとう」





 小休止がてら話を詳しく聞こう、と道の脇に腰を下ろす。


「じゃあ、話を始めようと思うんだけど。うーん、どこから言ってどこまで言えばいいのやら」


 唸るリヨン。言葉が纏まるのを待たず、耳のいいシェインが人差し指を口元に当てた。しっ、と微かに鳴らす。


「そのまえに、待ってください。何か音が聞こえます」


 大通りの方から音は近付いてくる。人の足音、ましてやヴィランのたてるような音ではない。蹄の音、車輪の音、まぎれもなく馬車を引く音だ。

 暗がりの中、目を細める。


「あれは」

「エクス?!」


 一瞬、目が確かにその姿を捉えたとき、気がつけばエクスはもう駆け出していた。


「そこの馬車、止まって下さい!」


 声を張り上げた。

 馬車はゆっくりと動きを止める。

 歪な形をした馬車の中から、少女は柔らかなドレスをつまみ軽やかに降りる。靴底は地面にぶつかり硬質な音を立てた。

 透き通るような青色の髪が夜風に揺られる。金のティアラは街灯の光を浴び、ほんのりと輝いた。

 少女は顔を上げる。宝石のような瞳と目が合った。

 見間違えるはずがない。


「シンデレラ!」


 その馬車はかぼちゃを象るものだった。



 リヨンが言った。エクスは『馴染んでいる』と。

 当たり前だ。

 エクスは、シンデレラの想区の出身なのだから。この場に馴染まないはずがない。

 この想区に入ってより、ずっとエクスを苛んでいた違和感の名は『既視感』と言った。

 そうだ、なぜ気付けなかったのだろう。森の様相も城も街並も、よく似ていたじゃないか。まるっきり同じなんて言えはしない。だが一度気付いてしまえば類似のものと見なすほかない。

 日が暮れていたからか。壊されていたからか。だとしても遅過ぎる。大きかったのはきっと、空気感の違いなんていう曖昧なものだ。

 ほぞを噛む。

 そんなエクスを、透くような青髪を持つ少女はきょとんと見つめていた。


灰被りのエラシンデレラ、って私のこと? 確かに間違っていないけれど、そう呼ばれたのは初めて。今の私は灰なんて被っていないのに」


 シンデレラは不可解そうに不本意そうに、そう言った。


「え……」


 予想外のことにエクスは固まる。

 そんなエクスには構わずシンデレラは彼の後ろへ目を向け、はっと表情を変えた。

 追いついたレイナたちの中の一人に向かってシンデレラは駆け出す。ガラスの靴が細やかに音を立てる。


「リヨン、良かった! 無事だったのね」


 勢いよく飛びついた。リヨンの身体がぐらりと揺れる。その様子はとても親しげで。


「お知り合い、ですか」

「あ、うん」


 シェインの声は冷え冷えとしていた。

 リヨンの顔に浮かぶのは鈍い動揺だ。お喋りはすっかり鳴りを潜めた。

 シンデレラが、場にそぐわないほど穏やかに言う。


「ええ、友達なの。一番の」


 その言葉に、ここは別のシンデレラの想区だ、ということをエクスは飲み込んだ。

 彼女はエクスのことを知らないし、彼女もまたエクスの知っているシンデレラではない。

 あの想区は、幼馴染の彼女はもう、ハッピーエンドを迎えたのだった。


 一方、レイナは驚きつつも冷静さを保っていた。


「ここはシンデレラの想区だったのね」


 であれば主役は当然彼女であり、彼女の友人であるリヨンもまた、主役の関係者。

 シェインが耳打ちをする。


「姉御、その」

「ええ分かってる。リヨンはシンデレラの存在を黙っていた」

「……はい」


 想区における主役の存在は大きい。有名人、とでも言ったらいいのだろうか。その名前や肩書きは誰もが知っている。

 物語は繰り返されるのだ。

 世代を変えて似た筋書きが再度なぞられる。想区が終わることはない。

 終わりが来るとしたら、それはカオステラーにより完全に狂わされた時だ。

 リヨンの思惑が今、限りなく灰色であると判断される。


「だけど今は、こいつらを倒すのが先決ね」


 騒ぎを聞きつけたのか、現れたヴィランの一団の中には際立ったものがいた。

 鷲鼻の仮面に擦り切れた黒衣。禍々しい雰囲気を背負った、亡霊のようなヴィランだった。大きな力をもった、少々厄介な敵である。


「わ、私もお手伝いします」


 突然現れたヴィランにも、シンデレラは気丈な姿を見せた。小さな手に可愛らしい杖を握りしめる。回復魔法は得意だと言った。


「ありがとう。でも、あまり前に出ない方がいいかも」


 険しい表情でレイナは空白の書を開いた。

 その書を、じっと見つめている者がいる。


「リヨンさん」

「……ああ」


 少女は緩慢に剣を抜く。

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