各自、戦闘開始

 白い輝きに、目を奪われる。門へと向かわなければならないのに、私の足は根が生えたように動こうとしない。早くしなければ、そんな意識さえ生まれないのだ。

 それは敵も同じだったのか、黒い騎士は身動ぎ一つせずにその光を見守っている。


 まず光があった………世界は光から生まれたのだ。だからこそ、眩い程に輝くその白光には、思わずひれ伏したくなるような荘厳さがあった。


「綺麗な………いや、それだけじゃあない」


 美しさと神聖さだけではない。いや寧ろ、そうした精神的な威圧感などは、光にとっては副次的なものに過ぎなかった。


 その本質は、


 むせかえる程に濃密な魔力が渦を巻き、光の中へと集まっている。私のように魔力に敏感なラヴィでなくとも感じられる、物理的な威圧感が発せられていたのだ。


「………スゴいな」


 切り札と言うだけのことはある。………と言うよりも、最初からこれを出されていたら、私は成す術もなくやられていたのではないか。

 光が徐々に収まりかける。魔力の渦がその中心へと集中していく。そして、


「【薔薇染める赤光マーレンローズ】!!」


 叫び声と共に、赤色が光を切り裂いた。


 先に見たペンキの斬撃だとは、わかっていても信じられなかった。それほどまでに、その斬撃は威力も規模も跳ね上がっていたのだ。

 赤い斬撃は一直線に飛んで、黒騎士へと突っ込んでいく。虚を突かれた彼は、成す術も無く一刀両断される。


「………………………え?」


 私の幻視はしかし、見当違いに終わった。


 赤光は確かに黒騎士に直撃したが、しかし、それだけだった。衝撃に僅かによろけ、鎧の表面を削ったものの、それ以上は前進できずに止まった。

 停止した斬撃が、元の液体に戻る。それを無感動に見下ろしながら、黒い騎士は一歩踏み出そうとして、


「………!!」


 に、押し戻された。


 足を踏み出した瞬間の衝撃に今度こそ体勢を崩し、重層な甲冑が地面に沈む。それを見届けること無く、私は光の方へと目を向けた。

 そこには既に光は無く、荒れ狂っていた魔力も落ち着いていた。そして、それら全てを呑み込んで、彼はそこにいた。


「………【輝石の王ダイヤのキング】、ディアモンド。ここに参上しました」






 涼やかに笑いながら名乗りを挙げたのは、一瞬女性かと思うような、華奢な青年だった。抽象的な顔立ちや、腰まで掛かる長い金髪も、その錯覚を幇助している。


 白地に赤いダイヤの紋章をあしらったシャツに、白いズボン、赤いブーツが足下を固める。さらに上から赤いマントを纏う姿は、確かに王と呼ばれるに相応しい威風を感じさせていた。

 ゆっくりと私に歩み寄り、頭にちょこんと載せた小さな金の王冠を軽く撫でて、元トランプ兵、ディアモンドとやらは笑みを向けてきた。


「さぁ、ウサギ殿。今のうちに」

「え、あ、あぁ………」


 正直、目的を忘れかけていた。彼の呼び掛けに頷くと、あれ、と首を傾げる。


「お前は、来ないのか?」

「いえ、もちろん後から向かいますが………」


 言いつつ苦笑するディアモンド。その態度に違和感を覚える前に、私も気が付いていた。倒れ伏す黒騎士の威圧感が、消えていない。

 まさか、と目を見張る私の前で、ゆっくりと騎士は起き上がった。表情こそ読めなかったが、ダメージはまるでないと確信できる。その証拠に、構えた剣先には揺らぎ一つ無い。


「………改めて言いますが、ウサギ殿。先に行ってください。ここは私が、何とかしましょう」

「………それは、大丈夫なのか?」


 尋ねるまでもなかった。私にとってはかわすのがやっとの斬撃も、騎士はよろけた程度だ。それも、不意を打って漸くである。

 ディアモンド自身もそれを気付いているのだろう。変わらず浮かべるその笑みには苦笑の色が濃い。


 それでも。


 ずい、と彼は一歩前に出た。


「任せてください。受けた恩に見合うだけの働きを、してみせますよ」

「だが………」

「いいから行くぜ、相棒」

「バグ?」


 二人がかりでやるべきではないか、そう言いかけた私を制するような声に、私は驚いて、バグに視線を向けた。

 バグは、彼にしては落ち着いた口調で口を開いた。


「男がやるって言ってんだ。邪魔をするもんじゃねぇぜ」


 私を引っ張るように、バグが身体を門の方へと揺らす。それに引き摺られるように、私は門へと向かい始めた。


「感謝します、革袋殿」

「バグだ。ふくろじゃねえよ!………またな!!」

「えぇ」


 それ以上言葉もなく、ダイヤの王は黒騎士に向かい合った。有無を言わせるつもりもなく、その暇もない。

 死地へと向かうその背を見ながら、私は諦めて、門の方へと走り出した。

 走りながら、ポツリと、私は呟く。


「………武器がペンキでなきゃ、もっと格好良かったのにね」

「………言ってやるなよ、それは………」






「………さて」


 遠ざかる足音を背に受けつつ、ディアモンドは手にした剣を構える。その剣は普通の物とは異なり、

 通常の刀身に当たる部分、万年筆のような形のそこは、血のように赤く染まっている。

 ペンキの斬撃を飛ばすためだけに特化した武器。

 それを向けるのは、重苦しい黒い甲冑。


「………ディアモンド、何のつもりだ」


 兜の隙間からこぼれた野太い声。そこに込められた怒りの重さは、そのまま威圧感となってこちらへと向けられている。

 黒騎士、いや、【スペードのキング】クリンゲは、ちらりと視線をディアモンドの向こうへと向ける。先程まで自身が守っていた正門の方、つまり、そこを今にも抜けようとしている見知らぬウサギをだ。


「あの侵入者を、何故助ける。結局、女王様には誰も勝てないというのに」

「なら、見逃してくれないか?」

「ふん」


 鼻を鳴らして、クリンゲはディアモンドの方へと視線を戻した。


「別に構わないが。………今、少し忙しいからな」

「………そうかい、出直そうか?」

「何、直ぐに終わるさ」


 言いながら、クリンゲは剣を握りしめた。兜の向こうのその顔に、笑みの気配がする。


「ちょっと、裏切り者を始末するだけだからな!!」


 言葉が終わるよりも早く、クリンゲが踏み込む。その漆黒の突進を迎え撃つように、幾つもの赤い斬撃が解き放たれた。






「………………………」


 そこは、女王の間。

 城の最も奥深くに位置する、最も貴い者の居場所。その壁際に置かれている、人の背丈の二倍ほどある大きすぎる程に大きい玉座に腰掛けて、はため息をついた。


「………退屈だわ」


 言葉通り退屈そうにぶらぶらと足を揺らす少女は、ぼんやりとした視線で、足元に這いつくばる一人の少女を見下ろした。

 ハートの柄をあしらった、真っ赤なドレスにハイヒール。ツインテールの髪の上には、赤い王冠。


「う、うぅ………」


 かつて、【赤の女王】と呼ばれていた少女は、呻きながら顔をあげる。目元のハートのメイクが悔しげに歪み、その上の瞳が憎しみに燃える。

 その先にいるのは、玉座に座る青いワンピース姿の少女アリスだ。


「どうして、私が、負けたの? 私は支配者で、ここでは、誰にも負けないはずなのに………」


 切れ切れに呻く赤の女王を見ながら、不思議そうに少女は首を傾げた。


「何を言ってるの、女王さん。………私はアリス。アリスに女王が勝てるわけ、ないじゃない? 


 そう言って、アリスと名付けられた少女は、呆然とする赤の女王を見下ろして笑う。まるで、臣下を見下す女王のように。

 その足が、ぶらぶらと揺れる。それが自らの首を落とすギロチンのように、赤の女王には思えてならなかった。





「………ふふ、これはまた、大きく育ったものだよね」


 高い高い玉座のさらに上、部屋の天井付近の空間に、チェシャ猫はにやにやと笑う。


 見下ろすその視線の先には、予想以上に面白くなったアリス。


 いいね、これはいい。ここ数世紀で最高の展開だ。チェシャ猫は顔を綻ばせつつ、空中でゴロゴロと転がる。

 


「楽しそうですね、キャッティア」

「っ!?」


 声に跳ね起きようとする。それよりも早く、背中が勢いよく踏みつけられた。


「グエッ………?」


 這いつくばったまま、ノロノロと視線をあげる。

 靴が見え、スラックスが見え、ベルト、ジャケット、そして顔が見えた。


「お、お前は………」

「………ベルフェです、お見知り置きを」


 冷たい瞳で見下ろすのは、空から叩き落としてやった魔術師だった。笑みが浮かんでいたその顔には、今は何の感情も浮かんでいない。


「どうして………空から叩き落としてやったはずだ!」

「えぇ。久し振りの衝撃でした。危なかった、と言うよりも、寧ろ駄目でしたね。

「………あ?」


 言いながら、魔術師は袖を捲り上げる。その肌には、痛々しい傷が縦横無尽に走っていた。恐らく、服の下全てに同じような傷があるのだろう。

 チェシャ猫が見詰めるその前で、傷は生き物のように蠢くと、消えていった。


「お前、何をしたんだ………?」

「さて。教える必要はないですね、キャッティア。………何しろ」


 淡々と言いながら、魔術師は片手をチェシャ猫に向ける。そこに、緑の魔力光が集まっていく。


「貴女は、間もなく死ぬんですからね」


 冷ややかに見下ろすベルフェと、踏みつけられ這いつくばり、睨み付けるチェシャ猫。それは奇しくも、眼下で行われている寸劇と同じような構図であった。


 違うのは、一点。


 アリスと女王の戦いは既に終わり。

 魔術師とキャッティアの戦いは、今から始まるという点だ。

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