いつかの空

 拝啓 河野志帆こうのしほ


 おかしいかい?たまにはこうやって、真面目に書いてみようと思ってね。

 今の世の中、メールというツールがあるにもかかわらず、僕らはこうして手紙を使っている。

 メールと違って手間はかかるけど、字を書くことは結構好きでさ。綺麗に書けた時なんかは地味に嬉しくなるんだよ。


 手紙は本当にいいと思うんだ。メールだと、すぐ返事を出さないとって気になるだろ。もちろん、送った相手も今か今かと待つことになる。

 逆に、手紙はなかなか返事が来ないね。でも、そこが手紙のいいところで。

 自分が出してから返事が来るのに、手紙だと早くても一週間はかかるだろ。

 一週間だよ?メールじゃありえないよね。だから出す方も気長に待てるし、返す方も焦らずにじっくり書ける。


 実は、昨日兄さんから手紙が届いたんだ。

 兄さんは高校のときからボストンにいてね、それからあまり会っていないんだ。それでも、こうしてたまに手紙をくれる。

 今は大学生なんだけど、向こうのサッカーのクラブチームに入ったらしい。背番号は九番だって。さすがだよ、僕の自慢の兄さ。

 兄さんに返事を書こうかとても迷っているんだ。だってさ、嘘はつきたくないから。


 僕は、志帆が手紙というツールを使ってくれたことに感謝しているんだ。

 だからこそ、僕は今日まで「志帆」という存在を確かめることができていたのだから。

 それなのに、考える時間はたっぷりあったはずなのに。ずっと聞きたくて聞けなかった事があるんだ。


 あの日、君は僕に向かってなんて言ったのだろう。トラックのブレーキ音に掻き消されて、僕の元には届かなかったんだ。

 もっとお見舞いに行けば良かった。怖くてなかなか顔を出せなかった。たくさんの機械に繋がれている君を見たくなかった。

 君の最後の姿を見たのは、あの雨の日だった。ずぶ濡れで、たくさんの人に抱えられて。

 それでも僕は君の元へは行かなかった。行く資格はないと思った。


 ねえ、僕は、僕の生きている意味ってなにかな?

 僕は、二度も君を助ける事ができなかったんだ。それって、僕が君の側にいなければ良かったのかもしれないって事にならないかな。

 ああ、自分で書いておいてあれだけど、なんか気分が暗くなってきちゃった。ついに自分の存在理由さえ問うまでになってしまった。


 ごめん、今少し混乱しているんだ。あの二人の優しさに混乱してしまっている。

 みんな僕のためになにかしてくれたのに、僕はなにひとつ返せていない。

 だから、この手紙を以って感謝を伝えようと思う。


 日向航ひゅうがわたる

 まず、全国へ行けなくてごめん。まあ勝負したところで、絶対負けていただろうな。

 でもさ、それでいいんだ。輝いている航が僕の憧れだったんだから。

 君は、僕の自慢の友達なんだから。

 電話をくれてありがとう。本当の事を知れて良かったよ。

 ただ、ひとつだけ言っておく。この先僕になにかあったとしても、それは真実を知ったからじゃない。自分で決めたことだ。それだけはちゃんと理解してくれ。

 いつまでもかっこいい航でいろよ。あまり自分の事を犠牲にするな。頑張りすぎるな。

 もう少し周りを頼ってもいいじゃないか。もう少し、自分を甘えさせてもいいじゃないか。少しだけ、休もう。

 航、こんな僕と一緒にいてくれて嬉しかった。本当にありがとう。


 上条玲かみじょうれい

 本当、相変わらず度がつくほどの真面目だよね。それなのに実はかなりのマイナス思考で、そのギャップが面白くて仕方なかった。

 今回はその真面目さに助けられたよ。

 この一年間、ゆっくり考えることができたんだ。もちろんたくさん後悔したし、何度あの日に戻れたらと祈ったりもした。

 だけど考えて考えて、ああこれが生きるってことなんだなって実感した。

 そして、僕にはどうしようもできない事だったんだと、ほんの少しだけど理解した。

 玲、君も苦しんでいたのに、それでも手紙を書いてくれてありがとう。

 今君が気になっているのは、僕が手紙の送り主について気が付いていたかどうかだろう?

 教えてあげたいのはやまやまだけど、そこはあえて秘密にしておこうかな。永遠の謎だよ。

 君にひとつ、頼みたいことがある。

 今後、航がひどく後悔をしてしまう時が来るかもしれない。もしそうなったら側にいてあげて欲しい。航はなにも悪くないって、僕の代わりに言ってあげて欲しい。

 お願いだ、頼む。


 志帆、君にも伝えたいことはまだまだあるんだけど、うまく文にできそうもない。

 まず浮かぶ言葉はごめんの一言になってしまう。結局は、それがすべてなのかもしれない。

 でもさ、伝えられるのならやっぱり直接言いたいかな。会えば、なかなか出てこなかった言葉も出てくるかもしれない。

 僕を見て、君はなんて言うだろうね。

『この弱虫!』とか、『あの日、なんで来てくれなかったの!』辺りかな。想像したら笑っちゃった。


 ごめん、こんな決断をして。

 みんなに迷惑をかけてしまうのは重々承知している。

 でも、これが僕の人生なんだ。

 今ここで生きている事だけが人生じゃないと思っている。

 命が尽きても想いが残っていれば、それはどこかでこの先も続いて行くんだと思う。

 そうであれば、それは僕にとっての人生と言える。

 ちょっと押し付けがましいけれど、とりあえずそういう事にしておいてくれ。


 さて、拝啓ときたら普通なら敬具で締めたいところだけど、ここはあえて別の言葉を使わせてもらう。


 こんな僕から君達へ。

 じゃあ、お元気で。


 追伸 最後まで変な手紙でごめん。


 深謝 逢坂樹おうさかいつき

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

拝啓 残暑の候、僕は君たちを待っています 上羽理瀬 @rise7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画