11.告白

 「もしもーし、忘れちゃいました?」

 潮崎さくらは左手で電話の受話器をまねて陽気に話しかけてきて、僕ははっと我に帰った。

 何を話していたのだろう? つい僕は自分の物思いにふけってしまい、彼女との会話を忘れかけていた。

 あ、そうだ。僕がいつ別れたと言った? と言う類の質問だった……。

 しかし、この質問に何の意味があるのだ?     

 何か僕の言っていることに矛盾があったのか? なぜこのことがユリを殺している事がバレテしまったのか?

 僕は口を開こうとした。しかし、また閉じてしまった。

 駄目だ……。これらの意味を理解しないと、ただでさえまずい状況なのに、生半可な答えをしたら墓穴を掘ってしまう……。

 そう考えていたら、とうとう忌々しい元子役、潮崎さくらが口を開いた。

 「あれー、さっき言っていたじゃないですかー? 何で答えられないんですかー?」

 と彼女は陽気に……僕から見るとあざ笑うように言った.そしてこれまでの陽気さを打ち消して、低い声で

 「……まさか、答えられないんじゃないですか? あることに気がついてしまって……」

 と続けた。

 あること……。あることって何だ? 何なんだこの女! 人を見透かしたように……。

 息が苦しい。息をするのを忘れてしまう程、緊張してしまっていたのだろうか?落ち着かねば……、落ち着かねば……。

 ここでこの二人に出会わなかったら……。いやこの忌々しい元子役にいなかったら……。こいつさえいなければ……。

 そうだ! こいつと周りの隙を見てこいつを殺してしまえば……。とりあえず今の状況を出し抜ける? しかし……。

 僕は川村絵里のほうをみた。彼女は先ほどの元気な様子はすっかりなくしてしまい、下をうつむいて僕を見ないようにしているようだ。

 この廃墟好きの子まで手にかけなければいけなくなる。それを僕が出来るか?

 この様子を見ると、既に彼女は僕に対して疑惑あるいは恐怖の念を抱いている事だろう。ここから二人で仲良く……という状況はもはや不可能と見た方がよい。ではいっそのこと、悪いが二人とも……。

 それとも全力で逃げるか……。そうすると、彼女二人は警察に通報して、僕は追跡されることになる。

 いや、全てを自白し彼女たちに許しを請うか? 見逃してくれ! 見なかったことにしてくれ! さもないと二人とも殺さなくてはいけない……。

 「あのー、何考えているか知りませんけど、既にお巡りさん呼んでいますからね。」

と忌々しい元子役は冷たいまなざし、そして低い声で言った。

 「え!」

  川村絵里はびっくりしたように、潮崎さくらの顔を見た。

 「まだ荒橋さんが、何をしたって決まったわけじゃ……。」

 川村絵里は声を震わせて言った。

 「……念には念を入れて……ね。」潮崎さくらは答えた。

 僕は決めた。決めてしまった。もうもたない、疲れてしまった。もうここで全てを言ってしまおう。それがあとにも先にも一番楽な気がする、そんな気がした。

 「僕が……そうだ。殺した。殺されて当然だ! 何人もの人間の思いを踏みにじり弄んだんだよ!! ぼくがやらなくても……、そのうち他の誰かに……。」

 続いて、僕は前に書いたような体験談を詳細に彼女たちに伝えた。そして

 「僕は法律では殺人罪で裁かれるだろう。でも僕は自分がしたことに……」

 ここまで話したところで、何人かの男がこちらにやってきて、そのうちの一人が警察手帳らしきものを見せるや否や、

 「失礼、すいませんが、この辺で刃物を持った男が現れたと通報がありました! すぐにここから避難してください!」どうやら私服警官のようだ。

 「あ……通報したの私ですー。」駆け付けた警官達の緊張感とは対照的に、あっけらかんとして潮崎さくらが言った。 

 「えっ!?」警官達は一斉に目を丸くして、潮崎さくらの方を向いた。そして口々に

 「その刃物を持った男はどこです!? お怪我はありませんかっ!?」

 「全然大丈夫でーす。ここにいる全員無傷ですよー。ただこの人は……。」潮崎さくらは僕を向いて、

 「殺人を自白しましたよー。」

 今度はすかさず警官たちは僕を向いて口々に、

 「あなたっ! この人の言っていることは本当ですかっ!?」

 僕は警官達を無視して真っ先に潮崎さくらを見た。たぶん憎悪のまなざしで彼女を見ていたに違いない。

 僕は彼女に

 「もう正直に言ったぞ! あの答えをまだ聞いていない! なぜ僕が殺したってわかったんだ!?」と声を荒げた。

 「ええと、まずはなんか袋に入った手袋を持っていたましたよね?ちょっと男の人が袋に入った手袋って何だろう……って、それがきっかけでした。」

 僕はそれを聞いてはっとした。確か写真や本を彼女に見せるときに、袋の入った手袋があった。あれはユリを殺したときにはめていた手袋……。なんとなく捨てるにも怖く、家にしまうにも怖くてつい持ち歩いてしまった。

 「あと警察やっている姉からメールで、ユリさんがこの辺の写真を持っていたことと喉元に人の手で絞められたような跡があること、事故より事件性が高いことを聞いたのです……。それでもしや……ここのなじみが深い人物……、もしくはその人物と関係する人物か?」ここで一旦潮崎さくらは話しを切った。続けて、

 「それで失礼を承知でおまじないやらで、視線を片手に集中させ、もう片方の手でメモをポケットにいれたり、何点か質問してどのくらい動揺するかな?って……。荒橋さんが潔白だったら、大変失礼なのですが、そのときは絵里ちゃんと二人がかりで全力を出して謝れば良いかな?なんて……。」

 川村絵里は真っ赤に目を充血させていて、潮崎さくらに驚いた視線を向け、

 「さ……さくらさん、わたしも?」

 潮崎さくらは、少し微笑を向けただけで、その質問には答えずまた僕を見て言葉を続けた。、

 「そしたら結構動揺していたので……、これはなんかあると思っちゃいました。それでいつ別れたって言いましたっけ? とききました。」ここで一旦潮崎さくらは言葉を切る。

 「でもいつ別れたかなんて、具体的なことは何もいっていないのですよね……。」

 僕は唖然としてしまった。また息が止まりそうになった。これは怒りによるものだと思う。この卑劣なペテンに向かって……。

 「あわよくば動揺して本性出してくれないかな?自白してくれないかな?ただそれだけです……。」

 僕は頭がくらくらするのを何とか取り持ち、何かを言おうとしたが、言葉が浮かばない。

 「はい! ここまで! 続きは車に乗って警察署まで全員着てもらおうかな。ぜひとも詳しい話を聞きたい。とても興味深い。殺人の自白がどうのって。」

 「携帯に録音もしてあるので、ばっちりですよー。」

 だんだん意識が遠のいていく気がした。このあたりはもうあまり記憶がない。

 そのとき、彼女……川村絵里はどうしていたのだろう?

 どういう気持ちで僕を見ていたのだろう?

 運命という言葉を本気で信じつつあったのだが、ひどい裏切られようだ。

 僕は何かもがどうでもよくて、心と体から僕の感情が非常に薄くなっていたのだが、それだけが……彼女に対しての想いがわずかに名残惜しさが残った。

 ただあまりにも、絶望的過ぎて彼女に視線を送ることなどできなかった……。

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