007【概念遊例】「怖」という概念で遊ぶ

どもでーす。


月刊群雛の最終号(2016年8月号)に寄稿した、

拙作、「扇風機からホラー風」を引用します。


「怖」という概念で遊んだ概念遊の例です。

 では、どうぞ。


@@@@@@@@


扇風機からホラー風 「ホラー」で遊ぼう!  にぽっくめいきんぐ


 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛

 脳髄から伝わる電気信号が、焼き切れそうな細長い神経を通りきれずに漏れ出したかのような、窮屈そうな音がした。


 べたりと畳に広がった扁平な足には、長方形の角が全て削り取られた、楕円に近い大きないぼが、どつ、どつ、どつ、どつ、と横に4つ並んでいる。

 全てのいぼを、笑みが貼りついたような悪童が、押すと押さぬのその間、中途半端に弄んでいる。


 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛

 窮屈そうな音は、いぼから滲み出る膿のように、延々と続く。


 膿出しに飽きた悪童は、貼りついた笑みをひっぺがす。笑みの内側から、やや目を見開いた能面が現れた。

 左から2番目、その下に「微風」と黒く書かれたいぼが、能面の悪童により否応なくギュムリと押し込まれ、意地でも動き出さねばならぬとの脅迫的な命令が、いぼから脳髄へと飛ばされる。

 脳髄は、足の中の狭い空間にギュウと詰め込まれ、脅迫的な命令を、足から頭へと、天地に逆らって伝搬する。

 天の後頭部に押し込まれていたのは、脳髄ではなく、モーターだった。

 脅迫的な命令を受けたモーターは、根元深くまでザックリと差し込まれた黒い金属棒をくわえこみ、棒を、ぐるりぐるりと水平軸に沿って回す。回った棒の反対側では、刃物のように刻まれた螺旋の溝が、うねうねと蠢いていた。


 固定キャップは、人為的に製造された合成樹脂だ。

 粉や粒へとバラバラにされた石油由来の原料。どろどろに溶かされた煮えたぎるソレは、金属の型へと注入され、元の姿とは似ても似つかぬ、異形の姿へと変貌させられる。

 丸い頭蓋の先端を額から鋸でギチギチと引き切った、骨の椀の如き形状へと変貌させられた固定キャップに、黒い金属棒の先端の螺旋が、ギッ、ギギッ、ギギギギギッと、これ以上挿入しきれないぐらいに捻じ込まれる。あとひと捻り、ふた捻りもすれば、固定キャップの内側が裂け、もはや噛み合うことすら適わぬ、阿鼻叫喚の惨状を示すであろう。

 固定キャップとモーターの間には、薄汚れたハネが5枚、ぐりりと捻られ、黒い金属棒を中心に放射状に広がっている。

 ぐるりと回る黒い棒により、強制的に、ハネもぐるりと回される。


 フ、フオオオオオオオオオオ

 ジメジメとした、うだるような空気をハネが切り刻む。切り刻まれた空気が、頭の外へと吐き出される。そこに次の空気がやってきて、またしても切り刻まれ、頭の外へと吐き出される。

 吐き出された空気は、やがて対流によって頭の背面へと舞い戻り、再び切り刻まれて、頭の外へと吐き出される。延々続く無間地獄。

 ハネも、固定キャップも、きっと外には出すまいと、円形の檻が閉じ込める。檻の中心からにょきにょきと、鉄の棒が放射状に生えている。


 悪童が、檻に近づき、意味も分からぬ声を出す。


 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛


 声の波長が微塵に砕け、悪童に向かって吹き戻される。

 放射に生える鉄棒は、そこに無理やり捻じ込まれた子供の指が、ぎりぎり入るか否か程度の間隔が空いており、悪童が指を差し入れるのを、今か今かと待ちわびる。

 恐れを知らぬ悪童は、放射に生える鉄棒をひしゃぎ、ぐにゅりと指を差し入れる。

 差し入れられた指は、空気と同様、怪我をしない程度にハネに切り刻まれる。

 空気と異なり、指の中には血と肉と骨が埋まっている。樹脂のハネが、ガガガガガガガガと叩きつけられる。なんども、なんども。

 これは堪らぬと指を抜こうとしても、放射状に生えた鉄の棒が、指の肉に喰い込んで離さない。

 樹脂のハネが、ガガガガガガガガと叩きつけられる。なんども、なんども、なんども、なんども。

 ようやく指を抜き取って、舌打ちをした悪童は、脳に杭を突き刺すが如く、モーターを覆うカバー上に設けられた突起をグググと押し入れる。

 モーターから突き出た黒い金属棒と、この棒にしがみつく固定キャップと5枚のハネ。そして、放射の檻とを備えた頭が、グイングインと動き出す。


 胴を中心軸にして、首から上が右へと旋回。後頭部のモーターを覆うカバーは左へと旋回。


 捻れた頭は動きを止める。そして反転。


 首から上が左へと旋回。モーターを覆うカバーは右へと旋回。

 

 旋回の先には、ささくれ立った壁がそそり立つ。

 

 ゴガッ

 頭は壁に激突する。

 

 少し戻ってもう一度。首から上が左へと旋回。


 ゴガッ

 頭は壁に激突する。


 苛立つ悪童の両腕は、脳髄が詰まった足を、力任せに抑えつけている。


 ゴガッ


 ゴガッ


 激突の度に、頭が振動でブブブと震える。


 ゴガッ


 ゴガッ


 ゴガッ


 ゴガッ


 終わらぬ激突。


 ゴガッ


 ゴガッ


 ゴガッ


 ゴガッ


 ゴガッ


 ゴガッ


 悪童の笑み。


 ゴガッ


 ゴガッ


 ……


 ンゴッ!

 悪童の母がコンセントを引き抜く。


 フウゥゥゥゥゥン!


 力を絶たれたその頭。

 

 最後に小さく壁にぶつかると、遂に、活動を放棄していく。


 悪童の顔が恐怖に引きつる。逃げ惑う暇も与えられず、悪童に加えられる間断無き責め苦。


 ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ


 古ぼけた屋敷には、甲高い叫声きょうせいが、延々と響いた。


〈了〉

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