引き立て役!合コン

たま川しげる

第1話

「ねぇねぇ、ミカたん。これ見てみ? アイボン7! 最新型!」

「あぁ・・・・・・、最近よくコマーシャルやってるやつ?」

「そうそう! ビンゴビンゴ!! マジサクサク動くし、画質も最高なんよねー」


そう言うが早いか、みつるはスマホカメラをミカのつま先に向けてから、

膝、太股、腰、ウエスト、胸の谷間、顔と、なめ上げるように動かした。

「ちょっ!何やってんの? まさか撮ってんじゃないでしょうね?」

ミカのしかめ面には、怯えと嫌悪が同じ分量ずつ配合されていた。


「いいじゃんいいじゃーん! ミカたんマジかわいすぎだからよー!」

「ちょ!スマホ貸して!(動画)消してよ!」


ミカがスマホを奪い取ろうと近づいたところを見計らって、

充はミカの腰に抱きついた。


「や(わ)らかーい」

充は天にも昇る気持ちであったが、その天国は一秒と続かなかった。


ゴッ! ズンッ!

充の脳内に、火花が散り、星が出た。

ミカが充の脳天に、立て続けに二発、肘打ちを食らわしたのである。

手加減は全く感じられなかった。


「キモイ! いい加減にしろ!」


頭を押さえてうずくまる充には見向きもせず、

ミカはスマホを奪い取り、自分が撮影された動画を消去した。


インターネット上に動画を保存されたということはなさそうで、

ミカはひとまず胸をなでおろした。


卓夫が、すかさずミカの背後から小声で話しかけた。

「危なかったね。こいつ、空気読めな過ぎだよね」

小声で話しかけたのは、今後、充とも円滑につき合っていくため、

つまり充に直接聞こえないようにである。


「あっ、えーと、木藻井きもいくん・・・・・・だっけ?」


はぁ? キモイってだれだよ?

誰かと人違いかよ。

壊れるなー。


しかし、せっかくミカと話すチャンスを得たのだから、

そんな不愉快なことは言えない。


「あっ、おれ、御宅卓夫みやけたくおね」

「あ、そうだった。ごめんね」

「いやいや、いいんだよ。ミカちゃん!」


しかし、卓夫はその後の会話のことを考えていなかった。

もともと共通の話題などはありそうもなかったが、

卓夫はミカが何か話しかけてくるのを待った。

卓夫はミカに下心があるにも関わらず、

気まずい沈黙を破る為の努力を、相手に丸投げするつもりであった。

このように、卓夫は何事においても消極的で他力本願なところがある。


「・・・・・・飲み物取ってくる」


ミカは卓夫が返事をする隙も与えない程のスピードで立ち去った。

卓夫はその場に突っ立って、ミカを目で追った。

ミカはバーカウンターでカクテルを作ると、

卓夫のところに戻っては来ず、部屋の反対方向にある、

池田とユウコが話しているテーブルにつき、会話に加わった。


背後で衣擦れの音がした。

卓夫が振り向くと、充がフラフラと立ち上がるところであった。


清路きよろ、大丈夫か?」

卓夫は充が立ち上がるのを手伝った。

充はキョロキョロと周りを見回し、スマホを探すが見つからない。


「オウ・・・・・・ちょっと顔洗ってくるわ・・・・・・」


充がフラフラと部屋を出ると、

廊下に設置されたアクアリウムの底で、最新型スマホ、

アイボン7が光を放っていた。

ミカが投げ込んだのである。いつの間に?

それはさておき、さすがは最新型、強力な防水加工が施されており、

水中でも元気に光っていた。

最先端技術の粋を集めた頼もしい機械。

一方、水槽に映る、機械とは対照的な情けない持ち主、充のぼんやり顔。

さらに、どうでもいい話だが、水槽が大きく深いので、手を突っ込んで簡単に取り出すことはできそうにない。

携帯マン充、一生の不覚である。


充がこの日の為に無理をして最新型のスマホを買ったことには、

一世一代の計略があった。

それは、女に最新型のスマホを見せて注目させ、携帯の話題になったところで、

さりげなく連絡先を交換するという、極めて単純明快なものであった。


他にも、携帯の話題に持ち込む為、

充は、自分が使ってもいない何種類ものスマホの情報を、

ネットで必死に収集し、脳内に詰め込んでいた。

その成果により、充は携帯ショップ店員と間違われる程、携帯、スマホに詳しい。


また、相手が携帯の話題に食いついてこない場合に備え、

充は占いも覚えてきていた。

それは、占いをするのに、携帯番号やSNSのIDが必要なもので、

占いにかこつけ、さりげなく、それらを聞き出すことができると、

ナンパ雑誌の袋とじに載っていたものである。


実際、そのような姑息な方法で知った連絡先に連絡をした場合、

ストーカー扱いとしてウザがられるのが大半である。

充の場合は残念ながらこれに該当するが、

彼はそこまで考えてはいなかったので、

全身全霊のポジティブさで準備を完了させた。

※いらぬ補足となるが、イケメンや金持ちの場合は別の結果を見ることもあろう。


清路充きよろみつるは合コンのベテラン。

卓夫を呼んだのも、自分の引き立て役として利用できるという、

打算あってのことである。

しかし、悲しいかな、その多数の場数は、

成果のなさを浮き彫りにすることにしかならない。

今回もまた、どう見ても失敗。


ところで、ここはユウコの実家にあるパーティルームである。


部屋の中には四人の男女。

ユウコ、ミカと池田免がバーカウンターの近くのテーブルで、

楽しそうに話をしている。


そこから十メートル程離れた窓際に卓夫は立ち尽くしていた。


今回の合コンは、清路充が、

イケメンの池田を連れて行くという条件で、ユウコと交渉し、

苦労の末なんとかセッティングしたものであった。


池田免いけだめんと清路充、御宅卓夫は大学のゼミ仲間である。

池田は合コンのような集まりが苦手ということで、

清路は連れてくるのに随分骨を折ったようだ。


そういえば、先程のミカの名前間違いは、

どのような仕組みで発生したのであろうか?


卓夫は単なる人違いだと思ったが、それは事実ではない。

御宅卓夫という名前と、世間一般で言う、

オタクのイメージを具現化したような、

卓夫の風貌から、ミカの脳裏に、名前ではなく、

オタクの三文字が、焼き付けられ、

それからは連想ゲームである。

オタクはキモい、キモいイコール木藻井くん、という訳である。


実のところ、卓夫にアニメや美少女ゲーム、

アイドルのようなマニアックな趣味はない。

しかし、小学生の時から現在まで変わらず、周囲からオタクと認識されてきた。

とどのつまり、オタクと認識されるかどうかということは、外見で決まる。

オタクっぽい外見をしていれば、マニアックな趣味があるかなどは必要なく、

オタク認定。

ぼくはマニアックなことはやってないからオタクじゃないなどと言っても、

何の効力もないのだ。


なお、蛇足ではあるが、卓夫の場合とは逆に、

イケメンがマニアックな趣味を持っていた場合、オタクとは言われない。

そういう一面もあるという程度に認識されるだけである。

美人なら不思議ちゃんで、ブスだと異常者というのと同じである。


この辺で合コンに話を戻す。

当初、男女三対二の合コンであったはずであるが、

蓋を開けてみれば、男一対女二の合コンになっていた。

女は二人とも、池田免にしか興味がない。

これは態度に露骨に現れているので、

コミュ障の卓夫でも感知せざるを得なかった。


卓夫と充の発言や、充の一発ギャグには殆ど無反応。

それなのに、池田が咳払いをしただけで、女は池田に注目した。


そんなことを回想し、ぼーっと突っ立っていた卓夫に、声を掛ける者あり。


「御宅くん!ラーメン詳しかったよね?

ユウコさんがおいしい店知りたいっていうから、

こっちきて、教えてあげて!」


池田がさりげなく、卓夫を会話にいれようとしてくれたことは、

卓夫にもわかった。

アニメなどでよく、イケメンや美人は性格が悪くて、

ブ男やブスは性格が良いように設定されることがあるが、現実はそうではない。


イケメンや美人は、大切にされることが多く、

差別等、理不尽な目に会いにくいせいか、性格が歪みにくく、

良い人が多いのである。


反対にブサメンやブスは、いじめ、無視、差別等、迫害を受けやすい為、

怯え、疑心暗鬼等、負の感情と共にある時間が長く、

それにより、次第に性格が歪むということがありそうだ。


卓夫がテーブルにつくと、ユウコは卓夫を一瞥し、

すぐに目を反らし、頬杖をついた。

ユウコは池田とデートしたかっただけであり、

ラーメン屋がどこかということなどどうでもよかったからだ。


卓夫はその態度にムッとしたが、元々ユウコはタイプではなかったので、

気持ちを切り替え、ミカの顔を凝視しながら、ラーメンの知識を披露した。


「えー、まず、一口にラーメンといっても、様々な種類があり、

例えば、こってりしたのが好きな人に、

さっぱり系のラーメンを薦めてもダメな訳でー(以下略)」


池田だけは、適度な相槌を入れながら卓夫の話をちゃんと聞いていた。

ユウコは頬杖をついたまま幽体離脱。

ミカは卓夫のまとわりつくような視線に耐えられず、

下を向いて、用も無いのにスマホをいじっていた。


「じゃあ、豚骨醤油のおいしい店とか、学校の近くにないかな?」


池田は卓夫の知識を信頼しているようで、質問をしてきた。


「あぁ、駅の向こう側に蘭家っていう店がある。

あまり栄えた場所ではないから知名度は低いかもしれないけど結構うまいよ」

卓夫はドヤ顔で答えた。


「ありがとう! 蘭家ね。明日行ってみるかな!」


池田の発言にユウコとミカが敏感に反応した。


「明日?」

「いつ?」


「うん。三限まで時間あるから、お昼に行ってみようかな」


「えー、ワタシも行きたーい」

「ワタシもー!」


「じゃあ、御宅くんも一緒に行こう!清路くんも誘って!」


「お供させていただくでござる!」

卓夫は誘ってもらえてうれしかった。


勢いよくイスから立ち上がり、満面の笑みを浮かべる卓夫の脇で、

ユウコとミカは静かに落胆していた。

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