スイープリライアンス、強襲

 愕然とする、信じられない言葉を聞き、俺の脳内ではあらゆる可能性を模索していた。全ての動きを止めて、ただ一点、思考のみに集中する。


「なぁー……ヨシ君―……。はよここから出ようやー……」


 そんな俺に、祐希がつまらなさそうな声を掛けてきた。彼女は既に、ここに留まる事に飽きてしまっている様だった。

 確かに、ターゲットを始末してしまった今となっては、現場となっているこの部屋に居続けるのは得策じゃない。と言うよりも、早々に立ち去るべきが本当だろうな。


「あ……ああ……。そうだな」


 彼女の言葉で現実に引き戻された俺は、そう答えて扉の方へと踵を返した。


「こちらチームβ、ターゲットのデリートに成功。今よりここから撤収する。ルートは打ち合わせ通りだ」


 俺は即座に無線を使い、作戦の完了とこの場からの離脱を報告した。


「……こちらα、了解した。……それから、Δは……始末した」

 

 このビル内でも、血生臭い銃撃戦が繰り広げた訳だが、屋外でもそれと同等の事が行われていたようだ。それは無線から聞こえる声を聞けば推察出来た。


「……状況了解。それからこれは提案なんだが、このままベースへと撤収するんじゃなく、各チームは一旦身を隠してくれないか? 1時間して連絡がなければ、その時は各員の判断に委ねる」


「……それはどういう事だ?」


 この部屋で、死の間際にこの組織のボスが語った事。それが真実なら、恐らくは俺達の基地ベースである「特例財団法人スイープリライアンス」も無事である保証はない。考えも無しにアホ面下げて帰れば、待ち伏せを受けて全滅……なんて無様な結果も考えられるんだ。

 でもそれについて、今この場で詳しく説明している暇はない。何よりもそうなると言う確証も無いんだ。


「説明は省く。俺の提案が不服と言うなら、行動はそれぞれの判断に任せる」


 だから俺にはそう答えるしかなかったんだが……。


「……いや、一先ずβの意見を採用しよう。1時間ならば、それ程問題となる時間でもないしな。では1時間後にβからの連絡がない場合、こちらから連絡する」


 この会話は、恐らく他のチームも聞いていただろう。俺の、ある意味命令違反とも取れる提案に従ってくれたのは、Δチームの離反があったからに他ならない。Δチームの排斥に携わったメンバーは、俺の提案に思い当たる事もあったんだろう。


 ―――ガチャ……。


 入って来た入り口からこの部屋を出る。部屋の外にも幾人かの屍が転がっているものの、動く者は皆無だった。

 俺達はそのまま、階下への階段を下りる……なんて馬鹿な事はしない。

 もうすでに騒ぎは屋外にも知れ渡っているだろうし、警察への通報も済まされてるだろう。後数分もしない内に、多数の警官が駆けつけてくるはずだ。

 そんな衆目の瞳が集まってる最中に、馬鹿正直にビルの入り口から出ていくなんて選択肢は有り得ない。

 俺達は、階段を更に上へ、屋上に向かって上り出した。

 

 ―――ギ……ギィ―――……。


 軋み音を上げて、屋上への扉が開く。血生臭い屋内に比べれば、外の空気は正しく清涼感に溢れていた。

 屋上に到着した俺と祐希は、とりあえずフェンス越しに階下の騒ぎへと目を向けてみた。

 ビルの入り口を、道路を挟んだ反対の舗道から遠巻きに見ている、多数のギャラリーが伺えた。

 流石は平和ボケした国の民は一味違う。自分が巻き込まれるって概念は思考の彼方へと追いやって、兎に角自身の興味を満たす為だけにその場へと留まっている。

 まぁ、幸いな事だが、これ以上ここで銃撃戦が行われる事は無い。彼等が巻き込まれる可能性は確かに皆無で、そう言った意味では大した嗅覚だと言わざるを得ないな。


「……行くぞ……祐希」


 大通り側から離れた俺は、裏通り側……隣接するビルの屋上が見えるフェンスまで来て、そう祐希へと声を掛けた。


「でも、行くってどこに行くん?」


 このビルから撤収する事は、流石の祐希でも理解している。このままここに留まるのは愚の骨頂だからな。

 彼女が聞いているのは、この場を離れてどこに行くのか? と言う事だ。


「……ベースに戻る」


「ふーん……。でもさっき、他のチームには近寄るなーゆーてた言っていたよね? 今帰ったら危ないんちゃうん?」


 俺の答えに、祐希はまだ納得していない様だった。

 確かに俺の答えは、他の奴らに提案した物とは違っている。彼女が疑問に思うのも当然だと言えた。

 でも違うんだ。彼女はそんな疑問で俺にそう質問してる訳じゃない。

 それが証拠に、彼女の瞳は爛々と輝いている……。それこそこのビルに飛び込む直前と同じ顔を浮かべているんだ。

 何処に行って何をするつもりなのか知ってるくせに、彼女はあえて素知らぬふりを装っているんだ。


「……ああ、危ないな……。もしかすれば、命の危機に晒されるかもな……。祐希、お前はどうする? ここから別行動を取るか?」


 聞くまでもない事を、俺はあえて質問する。

 彼女は戦いを欲している。人の死を目の前で見る事を望んでいるんだ。

 そしてその許可を、俺に求めている。


「いややなー。うちらパートナーやで? ヨシ君だけ行かせる訳ないやん」


 ギラギラとした眼差しに、この上ない歓喜の表情を浮かべて、それでも可能な限り抑えられた声が返って来た。当然そこには、俺を気遣って……と言う気持ちなど含まれていない。

 俺は呆れた溜息を一つ付いてフェンスを飛び越え、隣接するビルの屋上へと飛び降りた。




「こんな堂々と正面から入ってえーのん良いの?」


 作戦目標だったビルを離れ、人目に付かないルートを通って移動する事十数分……。俺達は自分達との家とも言うべきビル、「特例財団法人スイープリライアンス」の正面入り口前に立っていた。

 流石はビジネス街だけあって、この時間に人通りと言うものは全く無い。そして今はそれが有難かった。

 少なくとも、今の俺達は明らかに人の目を惹く姿をしている。誰かに見られれば、不審者として通報されてもおかしくなかった。


「隠れる場所なんてないだろ?」


 俺は入り口に目を向けたまま、祐希にそう答えた。


「そうやなー……。入り口ゆーたらと言ったら、あそこしか無いもんなー」


 祐希も俺と同じ方向に目を向けたまま、そう返して来た。

 でも俺の言った意味はそういう事じゃない。

 もしも裏で糸を引いていたのがあの「近江和清」だったとすれば、戻って来た俺達に気付かれず潜伏する事なんて容易い事なんだ。

 俺達の手の内を知り尽くしている奴が相手だとすれば、どう身を隠しても奴には見破られる。

 行動を制限されかねない、障害物の影に隠れる様な動きを取るより、いっそ堂々と正面から入った方が臨機応変に動けるってだけだった。

 それに……。


 ―――ウィ―――ン……。


 入り口の自動ドアが、モーター音を発して両開く。普段は雑踏に紛れてその音すら聞こえないのに、今は深夜であると言う事と、人の影が全く無いと言う事から、やけに大きくその音が響き渡った。

 入ってすぐの玄関ホール。すでに (表向きは)営業時間を過ぎており、人っ子一人おらず非常灯以外の灯りが無いのは当たり前の光景だ。


「……ヨシ君……」


 だが俺も、そして祐希も、には既に気付いていた。

 正面にある受付カウンター。異変……いや、異臭はそこからだと察せられる。

 周囲に気を配りつつ、俺達はゆっくりとそこへと近づいて行った。案の定、カウンターの内側には、受付嬢を務めていた女の子と、常駐の警備員の動かぬ体が横たわっていた。

 因みに彼等もこの組織の一員、しかもこの「特例財団法人スイープリライアンス」の一員なのだ。並のエージェント等比較にならない程の技術を持っている者達だった。

 

「……すっご……。この弾痕って……死角から一撃やで……」


 簡単に死体を調べた祐希が感嘆の声を洩らした。俺も周囲を警戒しながら、チラリと動かない同僚の身体を一瞥する。

 じっくりと観察しなくとも彼等が一撃で、しかも全く反応できずに、更には反撃の動作すら出来ぬまま撃ち殺されていたのが分かった。

 それは、彼等に全く気付かれずに射殺……つまり暗殺したと考えられる。だが実際にそれを行うのは、如何に俺や祐希であっても難しい事だった。

 社の玄関を護る彼等は、自然な振る舞いながら、お互いの死角が無くなる様な動きを取る。如何に相手が近江であっても、どれ程油断をしていたからと言って、これほど見事にられる様な事は考えられない。


「……奥へ進むぞ……」


 これほどの手練を見せる相手ならば、この先で待ち伏せていてもおかしい話じゃない。

 俺達は一層の緊張感を纏って歩を進めた。とりあえず向かう先は……社長室だ。

 当然だが、エレベーターは使わずに、俺達は非常階段を5階まで昇ってゆく。


「なぁー……ヨシ君―……。なんでエレベーターやなくて階段で行くんー……? 多分この上には、敵になるような奴らなんて居らんてー……」


 階段を昇りながら、さっきから頻りに祐希が不満を溢している。周囲を探り、伏兵を警戒して、俺の醸し出している緊張感とは裏腹に、さっきから彼女はその「張られた糸」を切りまくっていた。

 だがそれに根拠がない……という訳じゃあない。単純に我が儘を言っている訳じゃないんだ。

 祐希は類稀なる危機察知能力を持っている。

 と言っても、それは何かしらの理由に基づいてと言う訳でも無い。彼女のメンタリティに依るところが大きいのだ。つまりそれは、全く以て彼女の“勘”に他ならないんだ。

 でもこれがまた良く当たる。

 特に自分が興味を持った事や、兎に角楽をしたい時は驚く程“鼻が利く”んだ。

 それでも俺は、祐希の申し出を無視しまくっている。それは彼女の“勘”を信じていない訳じゃなく、今回はそんな不確定要素に身を委ねる訳にはいかなかったからだ。

 それ程に厄介な相手なんだ……近江和清と言う男は。

 不満を溢し続ける祐希を引き連れて、俺達は漸く最上階である5階へと辿り着いた。

 既に戦闘状態すら取っていない祐希を横目に見ながら、それでも俺は警戒心を最大限に働かせてフロアーの中へと入った。その姿は傍から見れば、「スパイごっこでもしている弟を、生暖かい目で見ている姉」と言った図式だ。

 そう考えると何だか腹立たしい限りだが、別に祐希がそれを気にしている訳でも無い。ここは俺もあれこれ考えないようにした。

 そして俺達は、すぐに目的地である「社長室」へと辿り着いた。

 俺としては考えつかない事でもあるのだが、最悪の事態も想像しておかなければならない。

 それはあの鬼社長……「ティエラの死」……だ。

 入り口の状況を見れば、奇襲だと思う間もなく始末されていた。これは俺達が生業としている“暗殺”の手口に近い。

 暗殺を請け負う会社が暗闘を仕掛けられ、職員が殆ど居なかったとはいえ沈黙させられているんだ。これほど間抜けな話はないが、それだけ相手の力量が高かったと言わざるを得ない。

 そんな相手の襲撃に、あのティエラであっても無事とは到底思えなかった。

 ただ反論するなら、「あのティエラ」がアッサリと殺られてしまうとも想像つかなかった。

 エージェントとして、どれだけの力量があるのか……ひょっとすれば、そんな技術など全く持ち合わせていない彼女かも知れないが、それでも、どんな苦境でも切り抜ける。ティエラにはそんな風格があったのも確かだった。

 

 ―――キィ―――……。


 俺達はゆっくりと社長室のドアを奥へと押し開いた。ざっと床を見渡しても、血痕の様な物は全く確認出来なかった。どうやらここでは戦闘らしきものは無かった様だ。

 俺達は静かに室内へと入り込んだが、そこには死体はおろか、争った形跡も全く無い。


「誰も居らんなー……」


 祐希がポツリとそう呟いた時だった。


 ―――ギ……ギギ―――……。


 突然、社長の使うデスクの後ろ側にある本棚から、大きな軋み音が響き渡る。


「ヒャッ!?」


 その音に祐希は飛び上がり、俺は即座に銃口を向けた。ただ、そんな登場をこの状況で行う人物など一人しか思い浮かばず、誰が出てきたのか俺には何となく理解出来ていたんだが……。


「おや……? 祐希に良幸かい? 思ったよりも早かったんだねぇ」


 その声は間違えようもない、特例財団法人スイープリライアンスの社長で在らせられる処の、ティエラに間違いなかった。

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