些細で小さな喜び

弟は大きな音が苦手だ。


クラッカーや花火、それに映画館とか、大きな音が出る物を嫌う。


弟がまだ小さい時、外出先で弟をトイレに連れて行ったことがあった。


用を足して手を洗っていた時に、弟が急に走ってトイレの外に飛び出した。


「おい、待てよ!」

僕は慌てて弟の跡を追った。


トイレの外に出ると、弟が今にも泣き出しそうな顔でその場にしゃがみこんでいた。


どうやら、後ろで他の人が使った、手を乾かすドライヤーの音に驚いたらしい。


それからというもの、弟はドライヤーがあるトイレに入ることを嫌がった。


やむ終えずドライヤーがあるトイレに入ることになっても、弟は手を洗うとすぐに一目散にトイレから出て行った。


僕はその度に慌てて弟の跡を追った。


だけどそんなある日、トイレで弟が手を洗っている最中、いつかのように後ろでドライヤーの音が鳴った。


「ヤバイ!」

そう思った僕は慌てて弟の方を見た。


しかし弟は走り出さなかった。


きちんと手を洗い、目をつぶって嫌そうな顔でゆっくりトイレの外に出て行った。


「あいつ、いつの間に…」


普通の人が当たり前のようにできること。

だけど弟にとっては難しいこと。


そんな些細で小さな成長が、僕にとって些細で小さな喜びになることを、その時僕は知った。

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