トラウマ

弟が入学してから僕は毎日弟と小学校に通い続けた。


そして僕は小学校を卒業し、中学校に上がった。


僕の中学校では、僕の小学校の卒業生と、隣の小学校の卒業生の半分とが一緒になる。


つまり、同じ小学校の卒業生は弟が障がいを持っていることを知っているけど、隣の小学校の奴らは何も知らないということになるのだ。


僕はそんな環境に新たに飛び込むことに少なからず不安を感じていた。


これはそんな中学時代のエピソード。



中学校にもある程度慣れてきて、隣の小学校から上がってきた子たちの友人も増えてきたその頃、僕は弟と犬の散歩に出かけていた。


その日は天気も良かったから少し遠くまで行こうと、いつもとは違うルートを通って散歩していた。


すると、二人の女の子が遊んでいるのが僕の目に飛び込んできた。


『やばい…』


それは中学校のクラスメイトだった。


片方の子は近所の友達で小学校から一緒の子。(以後A子)

もう片方は、隣の小学校からあがってきて中学で知り合った子。(以後B子)


『帰ろう』


そう考えて、慌てて引き返そうと思った時にはもう遅かった。


「あれ?○○やん!こんなとこで何してんの?」

そう言ってこちらに近づいてきたのはB子だった。


「犬の散歩」

僕はそっけなく答えた。


「そうなんや。てかその子、○○の弟?」


『まぁ、そうなるだろうな。普通は聞くよな。あーあ、面倒くさいな。』


そう思いながら僕は

「そうやよ」

と一言だけ答えた。


その時A子はというと、何だか気まずそうな顔をして黙っていた。


「あんまり似てないな。どうもこんにちは!こんなお兄ちゃん持ったら、色々苦労も多いやろ?笑」

B子は冗談混じりに弟に話しかけた。


もちろん弟は何も答えない。


「無視せんといてよ!」

B子がそう言っても弟は何も答えない。


僕は急に軽い吐き気のようなものがして、そのまま黙って弟の手を引き、家に帰ろうとした。


するとB子は言った。

「どうしたん?もうちょっと話そうや!」


するとさっきまで黙っていたA子が口を開いた。

「B子、もうやめときなよ…」


僕はそれも無視して歩き続けた。


そして、家に帰ろうとしている僕の後ろで、二人の会話が聞こえてきた。


B子「なんで?普通に弟に話しかけただけやん」

A子「あいつの弟はな…」

B子「え?でも無視せんでも…」

A子「しょうがないやん。喋られへんのやから…」


散歩から帰ってきて母親が僕に言った。

「帰ってくるの遅かったなー」


「うん、ちょっと遠くまで行ってた」

僕は母親に一言そう言うと、自分の部屋に入り、一人静かに泣いた。


母親には相談できない。


もしも自分が弟のことでの悩みを母親に言ったら、母親は悲しむはずだし、自分を責めるはずだ。


そんなのは嫌だ。


だけどやぱり、あの二人の会話を聞いていると、悔しかったし、恥ずかしかったし、ムカついたし、悲しくもなった。


色んな感情が一気に沸いてきて、さらに涙が出てきた。



21歳になった今でも、この出来事は僕の心にトラウマとして残り続けている。


どんなに天気が良くても、弟と犬の散歩をする時だけは自然とあのルートを避けてしまっている自分がいる。


僕はそんな自分が情けない。

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