分からない

弟は一言、二言の簡単な言葉なら話せる。


だけど感情に関する明確な意思表示や、会話というものはなかなかできない。


「このテレビ面白い?」と聞くと「面白い」と言うし、


「このテレビ面白くない?」と聞くと「面白くない」と言う。


『楽しい』『悲しい』『嬉しい』『面白い』といった感情がよく分からないから、相手の質問の語尾を繰り返すのだ。


逆に自分がしたいこと。例えば「ビデオを見ます」「ご飯を食べます」など簡単な意思表示はできる。


そんな弟も保育園に入るようになり、僕はそのころ小学生になっていた。


学校から下校して弟に

「保育園楽しかった?」と聞くと「楽しかった」と言う。


「保育園で嫌な事とかあった?」と聞くと「あった」と言う。


もう何が何だかわからない。


弟は保育所でいじめられてないだろうか?


いじめられていても弟にはそれを相談する手段がない。


僕は不安で仕方がなかった。


そしてある日、弟がケガをして帰ってきた。


「どうしたの大丈夫?」と聞くと「大丈夫」と言いう。


しかし「どこでケガしたの?」と聞くと何も答えない。


先生によると、遊んでいる途中で遊具でケガをしたとのことだった。


でもその先生の言葉が本当かどうか確かめる術はなく、実際のところどうしてケガをしたのかはよく分からないまま。


母親は僕以上に心配していた。


だけど弟はそんな心配をよそに、「ビデオをみます」と母親に言う。


僕は腹が立って仕方がなかった。


『こっちがこんなに心配しているのに、こいつは何もわかってない』


しかしそんな怒りを弟に向けたところで、意味がない。


どうせ何も言い返してこないのだから。



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