五章:悪魔司祭は二度死ぬ

「はあ、はあ、これで九層……ジャンヌが居るとすれば次の……」

 前衛を突っ切ったタオがぜえぜえと息を切らし、その様を見かねたレイナが治癒魔法を施す。


「サンキューなお嬢……ったく、この洞窟だけは楽に行かねえな」

 助かったと握りこぶしを掲げるタオの背中を、ぼふとシェインが叩き「がんばれタオ兄、もう少しです」と後を押す。


「よしみんな、気を引き締めていこう!」

 疲弊ひへいしたタオに変わって前衛に立つエクスが、ジャックにコネクトし階段をくだる。しかし最下層、第十階で一行を待ち受けていたのは、以前倒した筈の、忌まわしい怨敵おんてきの姿だった。




*          *




「くくく、待っていたぞ虫けら共ッ!!!」

 ロウソクがずらりと並ぶ異様な空間の中、中央に立っていたのは悪魔司祭。すなわちかつてジャンヌの想区を掻き乱した、白面のカオステラーだった。


「なっ、あなたは?!」

 驚いた様に後ずさるレイナを眼下に、司祭は笑いながら言う。


「さる御方によって私はまたこの世に生を受けた。刻まれし怨嗟えんさ、今こそ晴らさせて貰うぞ!」

 見れば司祭の背後には、十字架に掛けられたボロボロのジャンヌが、ぐったりとした様子で気を失っている。


「ジャンヌさん!」

 叫んだエクスが剣を構えると「行くぜ坊主! ちゃっちゃとあの変態オヤジをぶった切って、ジャンヌを救い出す!」と、タオもまた槍盾を前方に向けた。


「そんじゃまあ、タオ兄に花を持たせてあげますか」

 きゅいと弓を張ったシェインの一撃が風を切った時、仇敵との戦闘は、もう始まっていたのだった。




*          *




「前回の私と思うなよ! あの御方から授かった力! 現れよ! メガ・ヴィラン!!」

 言うやメガ・ハーピィとメガ・ファントムを従えた司祭は、余裕の笑みで攻撃を繰り出してくる。魔道書・竜巻・魔弾の三連の飛び道具が、エクスたちの行くてを阻む。


「ちっ……卑怯者が! 男なら男らしく、殴り合いで来やがれってんだ!」

 愚痴を零しながらも槍盾で連撃を躱すタオの陰から、定石通りにシェインが弓を射る。分とせずに毒素に侵された敵陣ではあったが、元来から体力の高いメガ・ヴィランのこと、さしたる障害でも無いとばかりに猛攻は止まない。


「ふん! そっちこそちょこまかと鬱陶しい!! だが自慢の盾もそろそろ持つまい? 潔く散れッ!!」


 額に汗を浮かべるタオは、ついに司祭の放った一撃に盾を奪われてしまう。天空高くに舞い上がったそれは、裸になったタオとシェインを地面に残す。


「ふははは!!! 見るが良い! すぐに貴様らも他のガキどもの後を追わせてやるぞ!」

 だが破顔する司祭を他所に、盾を失った筈のタオの目には焦りは無い。


「馬鹿が! やられたんじゃない、反動を利用して投げた・・・のさッ!」

 司祭が事態を理解する間もなく、メガ・ヴィランのすぐ手前に盾は落下する。それを踏み台にした、二つの影を上空に置いて。


「なっ、貴様らッ!!!」


 光弾の如く振り降りる影は、ジャックにコネクトしたエクスと、機転を利かせアリス、もとい不思議の国の剣士に乗り換えたエレナだった。


 近距離戦に弱く、その上毒素で万全では無いメガヴィランは、二人の剣撃で態勢を崩す。そしてここぞとばかり狙い澄ましたジェインの矢が、容赦なくハーピーとファントムの命を奪った。


「くそっ、こんな、こんな事が……」


 狼狽える悪魔司祭に、今度はタオが言い放つ番だった。――言い終えると同時に、彼の投げた槍は、司祭の心臓を貫いている。


「潔く散るのはお前のほうだな。何時いつまでもジャンヌに付きまとう、変態オヤジよぉ」


「また……だ……この、この女だけは...」

 だが一層に青白い顔と果てた司祭は、最後の力を振り絞る様に、禍々しい魔手をジャンヌに伸ばす。


「しまった!! ジャンヌさんが!」

 前衛のメガ・ヴィランと司祭との距離は離れている。さらには都合悪く、シェインは次弾の矢を装填する最中だった。


 しかし全員がジャンヌに迫る危機に固唾を飲んだ時、司祭の喉元を掻っ切ったのは、刹那に過ぎった鋭い剣閃だった。


「な、お前は……」

 呟きかけた司祭の首を捩じ切って制したのはジル・ド・レ――、戦線に駆けつけたフランス軍の智将。彼は血飛沫ちしぶきを浴びるのもいとわず、磔刑たっけいに処せられたジャンヌの元に駆け寄る。





「大丈夫か、ジャンヌ?!」

 肩を抱え揺さぶるジルの声に、微かに反応したジャンヌが答える。


「ここは……? ジル?」

 驚いた様に呟くジャンヌをさらに強く抱きしめ、ジルは続けた「良かった。本当に良かった」と。


「痛いわジル……それより……悪魔は? 私を奪い、ここに連れてきた……」

 辺りを見回したジャンヌは、しかしすぐ目の前に横たわる司祭の死骸を目にして、納得した様に頷く。


「ジル、あなたが倒してくれたのね……」

 そのまま安堵したようにとろんとするジャンヌを「今はゆっくりとおやすみ、ジャンヌ」とあやしたジルは、やがて聖女を抱き上げて立ち上がると、エクスたちに向かって告げた。


「ジャンヌを助けてくれて有難う。一度城へ戻ろう。ささやかだが、私からも御礼がしたい」





「おっしゃああ! 帰って食って先ずは寝るぞ! 流石に俺も疲れた……」

 背伸びをして疲労を訴えるタオを、労ってシェインが言う「タオ兄は頑張りました。あとでシェインがよしよしして、あげます」と。


「私もそれなりにお腹が空いたわね。まあご馳走が食べたいって訳じゃないけど。そこそこの、美味しくて上品で、それでいて優雅な食事を食べたいかな……」

 空腹を精一杯の強がりで隠すレイナは、その実ご馳走を寄越よこせと雄弁に語っていた。


「……なんにしても、先ずはジャンヌさんが無事で良かった」

 そんなレイナを横目に胸を撫で下ろしたエクスは「それじゃあジルさん。一緒にお城まで戻りましょう。ご厚意は有り難く頂戴します」と締める。


 ちゃっかりと場をまとめたエクスに「私は後から行くよ。ジャンヌが無事だと分かったら、不意に力が抜けてしまってね」とジルは返すと、さっきまでジャンヌが架けられていた十字架に身を預けて笑った。


「……まったく分かってねえぜ。愛しの姫君を救ったんだ。暫くは二人きりにして置いてやるのが、男の情ってもんだぜ」

 腕を組んでしたり顔のタオは「行こうぜ、タオファミリーは撤収だ」と手を振ると、我先に上階へ向かっていく。


「はは、敵わないな。君たちの大将には……」

 照れる様に目を伏せるジルに「私がリーダーなんですけど」と言いかけたレイナの口を塞いで、エクスもまたタオの後を追う。シェインだけは乗り気では無かったようだが、最後は諦めたのかエクスに続いた。




*          *




「クフフッ。体良く姫を救うナイト気取りですか?」

 意識を失ったジャンヌと、それを抱くジルの背後で、また聞き慣れたあの声が響く。


「――ロキか」

 忌々しげに眉をひそめるジルの耳元で、ロキはさも愉快とばかりに囁いた。


「余り大きな声を出さないほうが良いのでは? お姫様が起きて困るのは貴方のほうでしょう?」

 またも図星を突かれたジルは、渋々ながらも声のトーンを落とす。


「……何の用だ」

 さっさと終わらせたいと表情に滲ませるジルに、だが容赦なくロキは続けた。


「何って。いやあ稀代の殺人鬼が血に目覚める瞬間は、どんなだったかと思いましてね」

 ニヤニヤと笑うロキから目を反らし、ジルはそれを否定する「馬鹿な事を」と。


「私の剣は、今ここに眠るジャンヌの為にこそ振るわれて来た。己が私欲の為ではない」


「……そのジャンヌを蘇らせる為に、数多の魂を贄に差し出した、実に貴方らしい詭弁きべんだ。クフフッ」


「黙れっ!!!」

 遂に我慢の限界に至ったのか、声を荒げるジルを横目に「ほらほら、そんな大声を出すと、お姫様が起きちゃいますって」と、ロキは悪辣あくらつに笑う。


「ん、んん……」

 しまったとジルが失念を顔に浮かべるには時すでに遅く、ジャンヌは夢から目を覚ましかけていた。


「クフフッ、言わんこっちゃ無い。それじゃあ閣下。また後で」

 そうして瞼を開くジャンヌが、けがれなき藍眼にジルの姿を映す頃にはロキの姿はどこにも無く、ただ聖女を抱き血にまみれた、哀しい騎士の背中があるだけだった。


(違う、断じて、私は……)

 聖女の白服を赤く染める自らの手を見下ろし、内心で独り言ちたジルの声に、答える者は居なかった。


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