四章:囚われのジャンヌ

 森に陣取ったヴィランの群れは、小一時間とせずに鎮圧された。撃ち漏らした残党が散開し逃げて行ったが、その背中は斥候たちが追っている。本拠地が割れるのも時間の問題だった。


「何か手がかりは掴めましたか?」

 戦場にひざまずくジル・ド・レに、コネクトを解いたエクスが訊ねる。


「ああ……これは……」

 神妙な面持ちのジルが手にとったのは、ボロボロになった白い外套。それはジャンヌが普段身にまとっている、清衣のうちの一つだった。


「そ、それは……」

 はっとしたエクスを見定める様に視線を向けたジル・ド・レは「そうだ。ジャンヌのものだ」と静かに答えた。




*          *




「――って事は、ジャンヌはその洞窟の奥に居るかも知れないって訳だな?」

 顎を弄りながら頷くタオに「そうだ」とジルは短く返す。


 ジル・ド・レの放った斥候の情報に拠れば、逃走したヴィランの一隊は、地中深くに続く洞穴に逃げ込んだのらしい。位置は郊外。城下町から北東の森だ。


「そうと決まれば善は急げってね! もう主役が死ぬ所は見たくないものね」

 ぐっと握り拳を固め立ち上がるレイナに、続く様にエクスも剣を掲げる。


 恐らくレイナの脳裏に過ぎっていたものは、かつてアラジンの想区で、自らを庇い凶刃に倒れた、幼きアラジンの姿だったろう。調律の巫女が修繕出来るのは飽くまで物語だけ。渦中で死んでしまった人の命までは元に戻せないのだ。


「ご助力感謝する。一応は私と入れ替わりでシャルル陛下がオルレアンに戻る予定だ。銃後の守りは万全と思って欲しい」


 嬉しそうに頷くジルの横顔を、このやり取りの中一言も喋らないシェインが、冷ややかな視線で見つめている。だがその視線には、タオもエクスもレイナも或いはジルも、誰一人として気づいてはいなかった。




*          *




 ――追憶の洞窟。

 レイナが仮称するその場所は、全ての想区に存在するヴィランのねぐらだった。十階に及ぶ長い地階には、大量のヴィランが侵入者を排除すべく待ち構えている。覚悟を決めた様に息を吸い込んだレイナは、自分に言い聞かせる様に檄を飛ばした。


「行くわよみんな! タオ・ファミリーの力ってヤツを見せつけてやろうじゃないの!」


「おう! リーダーは飽くまでも俺だが、ここはお嬢に譲ってやるぜ!」


「ぶっちぎって行こうじゃないですか」


「頑張ろう! みんなでジャンヌを取り戻すんだ!」


 それぞれがそれぞれの気勢を上げ、一行はヴィランの待つ魔窟へと足を踏み入れたのだった。




*          *




「クフフッ。順調におびき寄せてくれたじゃないですか」

 一行の突入を見守ったジル・ド・レが、自らも一歩を踏み出そうとしたその時、背後から聞き覚えのある気障きざな声が聞こえた。


 ジルが振り返ると、案の定そこに居たのはロキ。カオステラーの水先案内人とでも呼ぶべき吟遊詩人だった。


「飽くまでも私の筋書きだ。最も以前通用しなかった悪役カオステラーが、今更役に立つのかは甚だに疑問だがな」


 吐き捨てるジルを愉快そうに見守るロキは「けっこうけっこう。我々が見たいのは葛藤し足掻く人の意志。せいぜい面白い結末を見せて下さい。青髭さん」と、おどけた様にからかって見せた。


「運命を書き換える力をくれた事には感謝している。だが若し貴様がジャンヌを不幸たらしめんとした時には覚えていろ。私が貴様を斬り殺してやる」


 どうぞご自由にとばかりに肩をすくめるロキは、手を振ると踵を返し、また闇の中に消えていった。不快そうに眉をひそめたジルもまた、エクスたちのいる階下へと歩を進める。――遠くには、ヴィランの咆哮と剣撃の、響きあう戦音が続いている。

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