第16話 無人島に連れてって


 翌日、叔母さんの家で必要そうな物の支度を整えた。川崎さんに徐々に外出の準備を進めて貰う。

 私は使わないけど、一応ライブ用の耳栓も用意しよう。車椅子は病院でレンタル出来る。

 そしてライブ当日、2日で帰る!そう宣言して東京に出発した。

 本当に久しぶりだなぁ…何だか色々なことがあったけど、夢の中の出来事みたいだ。東京に戻ったら、全部夢だったなんてことにならないよね。

 叔母さんの事も、書き上げた小説の事も。そんな気がして、うたた寝するのが怖かった。

 だけど結局寝落ちして、気が付いたら東京終点のアナウンス。

 ちょっとぼうっとした頭で電車を降りて、時計を見る。もうすぐ17:10か。そろそろライブ会場に列を作り出す時間だ。

 楽屋に行くのは、まだなんか気がひける。何処かで軽く食べてから直にフロアに行くね。そう連絡を入れ、そうしたらなんだか空腹な気がして来て、近くのカフェの珈琲の香りに誘われて店内に吸い込まれた。


 何回か通ったライブハウスで、ちらほら見覚えのある人もいる観客に混じって中に入ると、懐かしい…薄暗くて所狭しと貼られている各バンドのポスターや、バンTに身を包んで各々の着こなしをしているファンたちや、店内に流れるロックな音楽や、ドリンクカウンターの列や、何もかもが懐かしい。右側後方に場所を確保し、見渡す。ステージの翔也が一番見やすい場所。前は皆ヘドバンしたりモッシュしたりするから、楽しいけど、じっくりは見られない。だから、今日はここが良い。


 やがて流れていたロックが止み、一瞬暗転する。待っていたファンの期待の高まる息使いが漏れた。はじまる…期待と緊張が皆を支配する。視線が一斉にステージに向けられる。

 そして… 

 暗転したステージ上に動き回る人の気配がする。

 ん?今日のセトリ聞いてないけど、何で始めるんだろう?だけど観客たちは落ち着いている。最近のパターンなのかな?

 そう言えば、久しぶりのライブなんだ。初めてoZのライブを見た時の純粋なドキドキが蘇って、胸が痛んだ。


 突然、マイクのハレーションが起きる。そして…

「お前ら何も考えるな!feelingで答えるんだ!」

 コレは…翔也だ!え?何?と思ったのは私だけで、皆うぉ〜と声を上げ、腕を振り上げた。

「1人無人島に流れ着いた時、一組だけ連れて行けるとしたら、どのバンドを連れて行きたいんだ!」

「oZ!!」

 皆が一斉に叫び、叫び声が怒涛のように響いた。

 え⁉︎と思った次の瞬間、ステージが照らし出され、演奏が始まった。

 サビを案山子くんが歌っている。


 無人島に連れてって 無人島に連れてって 無人島に連れてって 無人島に連れてって…


 そして、翔也が歌い出す。かぶさる観客のoZコール。翔也がメインボーカルの歌…と言うか、コレって…


お前らが無人島に流れ着いた時 連れて行きたいバンドを選べるなら

 お前らみんな答えるだろう? そう、 そう答えるだろう?

 なのにあいつは違うんだ

 勿体無いから 誰も連れて行かないって

 遠い日本で歌っていて 皆の前で歌っていて だと

 ふざけんな

 無人島に連れて行け 無人島に連れて行け 俺を連れて行け 俺たちを連れて行け

 俺の横で泣け 俺の横で笑え 俺のために怒り 俺を怒らせろ

 俺の横でうずくまれ 俺の歌を子守唄に

 俺の横で目覚めろ 俺の歌を目覚ましに

 俺の歌が聞こえない場所に 勝手に行けると思うなよ


 無人島に連れてって 無人島に連れてって 無人島で歌わせろ お前の横で歌わせろ

お前と星が聞いている お前と月が見てるだろ

 お前の横で歌わせろ 俺の歌を聞いていろ

 ドームで5万人の前で歌っても お前と空がいないだろ


 無人島に連れて行け 無人島に連れて行け

 無人島で歌わせろ お前の横で歌わせろ

 俺の歌が聞こえない場所で 生きていけると思うなよ


 無人島に連れて行って お前のそばで歌わせて

 お前のいないそんな場所で 俺が歌えると思うなよ…



 アホだよ…翔也。何だよ、この歌。皆、滅茶苦茶楽しそうだよ。

 ごめん…アホは私だ。そんなの、聞かなくったって分かってるじゃん。私、oZの歌無しで生きられないじゃん。聞くなよバカ…

 あぁ、もう。ステージから見えてるかも知れないのに、周りは皆楽しそうに叫んでいるのに、私だけぐちゃぐちゃに泣いているじゃない。ライブタオル、 涙と鼻水と汗でグショグショだからね。今夜洗濯してね。

 私、無人島なんか行かない。だから、ずっと、ライブハウスで、私の前で歌っていて…私と、皆の前で。素直な答えを言えなくてごめん。そんな私でも、良い?


 曲が変わり、次はwhy so?のカヴァー曲だ。あぁ、これ好き…オリジナルも良いけど、案山子君の声にも合う。合うようにアレンジしているんだな。カヴァー曲が二曲続き、オリジナルを二曲やり、あ。so what?だ…なんだかいくらでも泣けてくるよね。この曲は。思い出深すぎる。

 皆が叫んでいる。飛んでいる。笑っている。手を振り上げて。あぁ。何だろう。帰って来た。

 なんて心地良いんだろう。

 ステージに向かって突き進む皆のエネルギーを後ろで眺めながら泣いているのは、悲しいからじゃない。何だか、凄く嬉しいんだよ。

 バンドは演奏して歌っているのか?観客は聞いて楽しんでいるのか?だけど、それだけじゃなくて、何かを、作り上げているよね。お互いがひとつになって。あぁ、何て閉鎖的で独特で純粋な空間なんだろう。

 ドリンク券で引き換えた生ビールを飲み干し、汗だか涙だか分からない水分をoZのタオルで吸い取って、私を関係者と見知っているファンの会釈に簡単に応えながら、控え室に向かった。

「香夜ちゃん〜」

 と皆が懐かしそうに呼んでくれたけど、翔也の

「香夜!」

 が一番早かった。

 汗拭いて着替えたばかりのTシャツの背中にぐしゃぐしゃの顔をくっつけて

「最高だった」

 そう言うのが精一杯。

「だろ」

 翔也の声が優しい。

 皆が安心したように笑っているのが分かる。あんなに激しい演奏をするけど、ファッションも尖っているけど、皆凄く温かい。世間の皆は知らないだろ。

「やっと聞かせられたな。お嬢ちゃん」

 そう岡山さんに言われ、やっと顔を上げ、さっとタオルで拭いてから

「最高でした」

 もう一回言った。

 岡山さんは私の頭に大きな荒れた手を置き、

「最後に聞いてもらえて良かった」

 そう言って笑った。

「最後?」

 どう言うこと…?と岡山さんを見て、翔也を見て、皆のニヤニヤした表情を見て

「あ…貴君?」

 と思い当たった。

 まさか、復帰出来るの?

「ご心配おかけしました」

 貴君は皆の後ろからはにかみながら顔を出し、そう言って笑った。おぉ。以前の貴君だ!

「うわ、もう!早く言ってよ!おめでとう貴君!え。で、今日で岡山さん終わりなの?それも早く言ってよ!」

 若干パニック。

「もう、聞けないの?」

 それも残念…

「あぁ。N.Y.に行く」

 そう言われ、一瞬えー何処って?と思う。

「え。アメリカの⁉︎え。何するの?バンド?」

 更に混乱。

「ボーカルのHARUがあっちで活動していて。やっと自分のバンドで動けそうだから、集まれ!って連絡してきてね」

 岡山さんのこんな嬉しそうな顔初めて見た。

「え。え⁉︎それって、それって、Why so?復活⁉︎そう言うこと?」

 私がそう言うのを嬉しそうに聞いている。翔也たちまで。

「何で!何それ!そんな凄い事、何で早く教えてくれないの⁉︎」

 最高かよ!

「どうやって香夜を呼ぼうか考えてたんだよ。香夜抜きじゃ区切り付かないし」

「来てくれて良かった」

 そう言われても、私のキャパ超えてる。

 今日はもう、号泣する日だ。しょうがない。勘弁して。大好きな2つのバンドが復活するんだよ。思いっきり泣こう!


「乾杯!」

 その日何度か目の乾杯を打ち上げでして、私は翔也の横で笑って居た。

 翔也は何も言わないけど、さっきから何度も私の髪に触れて来る。優しい仕草で。

「香夜ちゃん、髪、似合うよ!」

 案山子君が言って、皆が頷くと、

「だろ?」

 と翔也が応えた。そんな翔也が好きだわ、私。


「で、貴復活ライブのこけら落としは、恵比寿のアンティーク祭会場のフリースペースでのライブ会場でやる」

「う、うん。すごい場所だね」

 めちゃくちゃおハイソで場違いな気しかしないけど。

「桜の大学のサークルが協力しているんだ」

「…へぇ…」

 申し訳無さそうな貴君の発言に曖昧に応え、真意を知りたくて周囲を見渡す。

「最後に、復活した姿を見せたいんだと」

 翔也が面白く無さそうに教えてくれた。

 だけど、皆協力するんだね。それじゃあしょうがないよね。

「そこで、吹っ切るから…」

 目を伏せて、貴君は言ったけど、まだ未練がありそうだ。

 でも、いい案だと思う。桜さんが本当にoZと決別できるのか、知るためにも。

「で、そこになら、清子さん来やすいんじゃ無いかな」

 と突然翔也にフラれ、あぁ!と思い当たる。

「そっか。そう言うことか」

 確かにそうだ。

「ありがとう、翔也。確かにそうだよ。車椅子機材付きで病院から借りて、耳栓も用意するつもり。それなら、実現可能かも」

「良かった」

 翔也は嬉しそうに笑って居る。本気で叔母さん気に入ってるのかな。凄いな翔也。

 ちゃんと考えてくれたことが嬉しくて、つい抱きついてしまう。

 そんな私たちを、貴くんは笑って見ていたけど、ちょっと寂しそうなのは分かってる。私は、万が一の可能性、捨て切れないんだよね。

 誰かに言われたからって、どうしようもなく惹かれて好きになったものを捨てられるかな。

 どうしても、納得出来ないんだよ。だから、諦めるのは、ちょっと待って欲しい。復活した貴君を見せるまでは…

「…あ。って事は、復活ソングは?」

「それも抜かりない」

 貴君は自信満々で笑った。

「香夜も、当日までの楽しみにしておいて」

 翔也がそう言ったので、諦めて当日を待つことにしよう。

「期待しておく」

 そう言ったら、皆が笑いながら頷いてくれた。

 今日来て、本当に良かったな。

 店を出て、翔也と暮らすアパートに向かって2人で歩きながら夜空を見上げた。星も見えない、ネオンで明るい夜だけど、ここで私は生きている。生かされてる。それが凄く心地良かった。


 家事が出来ない男な翔也の留守番していた部屋は、うん。想像通りだった。想像以上じゃないから良しとしよう。

 想像以上ってのは、部屋で鳩が巣を作っていたり、猫が子供を産んでいたり…って有り様ね。そこまでは行ってない。よしよし…と自分を励まして、掃除に取り掛かる。

 その後ろで翔也は手足を丸めて出来るだけ小さくまとまって邪魔にならないようにしているけど、ツッコム余力は無い。

 何とかそこで寝る気が起こるまで片付けて、残りは翌日1日掛かりで片付けた。翔也はバイトが入っていたので、逆にはかどった。

「香夜凄いな」

 バイトから帰って来た翔也は、元に戻った部屋で甘えて来た。とりあえず、私の留守にアパートに女連れ込むって芸当は翔也には無理だね。と思いながら翔也に身をまかせる。

 明日、また叔母さんの病院に戻り、病院に最終的な許可をもらい、連れてくる準備をしないとね。

「頑張ろうね」

 そう言うと、うん?と言う顔をしながら顔を埋めて来たので、素直にそれに応える事にした。




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