ふりむけば、そこにいる

カラスウリ

第1話ふりむけば、そこにいる


 ボクは友達をつくらない。

 いない。ではなく、つくらないんだ。


 勇くんも。真人くんも。修くんも。

 美里ちゃんも。礼ちゃんも、友達だったけれど、小学生になってすぐにボクから止めた。


 しばらくしてから、ボクがすかしていると噂がたった。

 誰が言っているのか、なんとなく見当はついているけれど、構わない。

 だってボクは誰とも遊べない。

 近づけない。


「だっせーー。それまじだっせーー!」


 けたけたと笑いながら、修くんがサッカーチームの仲間たちと教室にはいってくる。

 ボクの真横を通り過ぎる時、肩を軽く押されたけれど修くんの手ではない。

 ボクは気がつかないふりをして、机の上に開いた本に覆い被さるようにする。ボクの大好きなコナン・ドイル。

 けれど本の内容なんて、全く頭のなかにはいってこない。それはそうだ。


 教室ここはいつだって五月蝿すぎる。


 物語りに集中しようとしても、視界の端には常に蠢くものが映り込む。

 影がちらちらと、机上に揺らめく。

 それ以上に音が酷い。


 ほそくて、しなる触覚がギリギリと交差する。

 かさかさと無数の脚が複雑に蠢く。

 ぶーーんと不吉な羽音が響き渡る。

 その度にボクの神経は、ガリガリと削られていく。

 止めろ。やめろ!やめてくれ!


 進級する四月をボクは最も嫌っている。いっそ憎んでいると言ってもいい。

 幼い級友たちは、新しい学年とクラスに必要以上にはしゃぎ、自己アピールに余念がない。それは背中のあいつらも同じだ。


 ボクの右隣。

 学級委員の武井くんの背中に張り付いているのは、でかいミツバチだ。こいつがクマンバチより、ずっとまともな性質だと分かっていても、威嚇いかくのような羽音は好きにはなれない。


 左側。ピアノの上手な三宅さんの背中には、黒びかりする角を誇らしげに誇示しているカブトムシがいる。


 そして目の前には修くんがいる。修くんの土埃でちょっと汚れている背中に居座って、こちらに長い首をつきだしているのは、みどり色の物騒な両手をかざすカマキリだ。


 虫たちはどれもこれもが、皆でかい。

 自然界の法則に反している。不気味でなんとも恐ろしい。

 なのにこの件に関して、ボクには訴える術も場所もない。親も。先生も駄目なんだ。


「級友の背中に、もれなく虫がいるのです!」


「しかも彼奴等きゃつらときたら、体長平均五十センチ強。超巨大昆虫共は、人間の背中から離れず、動き、音をだし、互いにたがいを警戒しているのです」


「なんとそのおぞましい光景!ひかる複眼ふくがん!ああ、ボクの頭は狂ってしまいそうなのです!」


 そんな言葉を一体誰に訴えろというのだ。


 ボクは友達をつくらない。

 できないのではない。決してつくらない。

 背中にむしをのっけている奴らとなど、誰が仲良くできようか。

 幼稚園の時は良かった。

 皆の背中にくっついているのは、ランドセルの変わりの卵ばかりであったからだ。卵は五月蝿くない。不思議ではあったけど、卵のままであったならば、ボクは友人の輪になんとかはいっていけた。


 けれど忘れもしない小学校の入学式。

 一列に並び校長先生の祝辞が始まった途端、目の前で卵は次々に孵化ふかしていった。あまりのグロテスクな光景に、ボクは式の途中でばったと倒れた。揺さぶられ、目を開けたボクが見たものは、幼い同級生たちの背にしがみつく、蠢く巨大昆虫達だった。



 その日からボクの世界は一変した。

 皆は自分たちの背中の虫を知らない。気がつかない。

 ボクの背中にだけ、なにもない。

 空っぽの背中のボクだけに見えて、ボクだけが恐ろしい気持ちを味わっている。


 ボクは視る。

 虫たちが今に誰かを喰らい始めないかと、ただただじっと見張っている。

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ふりむけば、そこにいる カラスウリ @takase_shiki

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