第4話『初任務』

 


ユラリ、ユラリとしだれ桜が揺れ動く


真っ赤に染まる花びらと、木の下でうごめき助けを求める悲痛の声


けれど、そこに立ち尽くす人影はピクリとも動かない


否、動く気がないのだ


地面が見えない程に散った赤く染まった桜の花びら


今も尚、散っていく花びらが血の匂いを運ぶ


またこの夢かと思いつつも、恐怖に震える事も逃げようとも思わない人影はただジッと夢が終わるのを待つばかり


けれど、不思議な事に今回の夢はいつもの夢と少しだけ違っていた



「……多田羅尊?」



自分と同じように立ち尽くすもう一つの人影は、うっすらと影が引きその人物が誰かを教える



「…お前は、本当にそれでいいのか?本当にそんな生き方でいいのか?」


「何故、貴方がそんな顔をするのか理解できません」



尊の表情は、人影を軽蔑するような悲しそうで辛そうな歪んだ顔だった


どうして夢に尊が現れるのかも、人影には理解出来なかった



「……俺には、お前の考えが理解できない」



それだけを言って、尊は霧のように姿を消した


人影は尊のいた場所を眺めながら、小さく呟く



「理解して頂かなくても構いません。私も、理解などできそうにありませんから」



それは、何に対しての言葉だったのか


きっと誰も分からない


今は、まだ








目が覚めた尊は、上半身をベッドから起き上がらせてボーッと広すぎる部屋を見たあとボソリと言葉は零した



「…理解できそうにない、か」



夢の中なら、アイツの気持ちが分かると思っていたが…


まさかここまでだとは思いもしなかった


だが、アイツの……セナの夢はとても見れた夢ではない


あの血に染まった桜と悲痛に叫び泣く黒い影達は、きっと今までにセナが殺してきた者達だろう


化け物も人間も、全てセナの記憶の中に居る者達だ


姿形はなくとも分かる


そして、本人自身は分かっていないだろう


その場所から動かない己と悲しそうな表情をしていた理由など


気持ちは分からなかったが、夢の中のセナの表情は分かった



「……アイツも、あんな顔できんのか…」



パートナーの証である腕輪には、ある仕組みが施されている


それが今、尊がした夢共鳴だ


セナはまだ知らないようだが、この夢共鳴はパートナーがもしも攫われ敵にバレないように助けを呼ぶ為に開発されたもの


他は互いの絆を深める為だったり息を合わせる為に使われたりするが……


尊は今までにこの夢共鳴を使った事がないに等しい


数えるなら、セナで二人目だろう


それほどに尊がこれを使うのは珍しかった



「あんな顔されたら、何も言えなくなるだろーがよ…」



昨日の怒りが完全に薄れたのか、尊は盛大に溜め息を吐いて少しだけ言い過ぎたかもしれないとほんの微かに後悔する


セナは許されない事をしているが、それは誰も止める相手が居なかったからかもしれないとすら今の尊なら思いつく


本当に昨日はどうかしていたとばかりに、うなだれていると部屋をノックする音が聞こえた



「多田羅尊、起きてますか」


「…あぁ」


「なら、支度をして下さい。初任務の時間が迫ってます」


「あぁ!?聞いてねぇーぞっ」


「つい先程決まりましたので」


「っとんだブラック企業だな!ちょっと待ってろ!」



扉の向こうにいるセナに怒鳴り散らすように叫ぶ尊は、仕方なく考えるのを諦めて支度をする


相も変わらずに機械じみたセナの言い方には鼻が着くが、今はそれより仕事を最優先に考えようと頭で切り替えた


支度が終わり、部屋を出るといつもの無表情なセナの顔を見て舌打ちをしたくなるのを耐える


この顔を見る度に昨日のセナと他の血の匂いを思い出してしまうからだ


けれどそれと同時にセナの怪我を気にしてしまう自分もいた



「……お前、怪我は平気なのか」


「はい。掠り傷です」


「そうかよ。なら別にいい」



昨日の出来事が何事もなかったような会話に尊は少しだけ不満があれど、それを追求する事はしなかった


安城家を出ると既に用意されていた車に乗り込み、二人はすぐさま現場へと向かう


道中、着くまで渡された資料を黙読しながら



「着きました」


「了解。終わり次第また連絡します」


「畏まりました」



組織の人間である運転手はそれだけを言って車を出すと、朝から賑わう街にうんざりする尊と周りを見渡すセナの二人だけになった



「…ここは変わらずうるせぇ場所だな」


「多田羅尊、警戒を怠らないで下さい。今回の敵は人間に化けた化け物なんですから」


「俺の鼻を舐めんなよ。人間と化け物の区別くらい分かる」


「分かっています。……探せますか」


「朝飯前だ」



セナの言葉を合図に尊はニヤリと口元を歪ませ自慢の嗅覚と聴覚に精神を集中する


人間の匂いに紛れて獣臭い匂いが漂う


その先に、何かの悲鳴にもならない小さな呻き声が聞こえてくる



「見つけたぞ」



尊はそう言って指差すと、セナは真っ直ぐそこを見つめる



「では急ぎましょう。少女狩りを終わらせます」


「ああ……ってお前、どこに登ってんだ!」



今しがた隣に居た筈のパートナーのセナが人間とは思えない速さで街に建ち並ぶ屋根の上にあがっていて驚いた


だが、セナには普通の事なのか尊を急かすように言い視線は尊が差した方角を見つめ続けている



「貴方も早くしてください。人混みでは走るに走れませんよ」


「ちょ、おま…!待て!俺なしで行くんじゃねぇっ」



先に走り出したセナに慌てて後を追う尊は、また驚かされる


モンスターである尊が全速力で走れば普通の人間は追い付く事すらできない速さだが、それでも人間と同じくらいに走っている尊がセナの横に並ばないという事実だ



(なんなんだ、コイツ…!?)



桁外れの体力に尊は不思議な気持ちで脳が追い付かない


そうしている間もセナは息を切らす事なく走り続ける


尊もセナの斜め後ろに付いて走り、辿り着く場所を指差す



「…っここだ!」


「了解。任務を開始します」



感情の籠もっていないその言葉と同時に、セナは建物の間の路地に飛び降りて尊も同じく飛び降りた



「っなんだ、テメェらは!!」


「貴方方が今回の黒幕、少女狩りをした張本人ですね?」


「ハッ!だったらなんだってんだ。あ?お嬢ちゃん」


「そちらの少女を返して頂きます」



ニヤリと不気味に笑う人間に化けた化け物達は、少女に跨がり今にでも首を切り落とす寸前で見張りをしていたであろう化け物はバッと腕を変形させて鋭い刃がカマのように剥き出しになる


敵は二体、一人はカマキリの化け物だという事は分かった


完全体になる前にどうにか決着をつけたい所だが…



「おっと、動くんじゃネェぞ?このガキの首が飛んじまうからなァ」


「っあいっかわらずテメェらクズはクズな事しかしねぇな!!」


「おいおい、飼い犬は黙ってろよ?オレァこの嬢ちゃんと話してんだからよぉー」



ゲスな笑い声を響かせて自分らが有利だとでもいうように脅してくる化け物に尊は動けずに睨む


セナも人質を取られているからか動かない



「ハハッ、人質をとられちゃあ手も足も出ねぇよなぁ?どうだ、このまま見逃してくれりゃあアンタらには手ぇ出さねーぜ?」


「………もう一度言います。その少女を返しなさい。三度目はありません」


「誰が離すかよっ!こんな美味そうな肉をよぉ」


「では、仕方がありません」



睨む訳でもなく怯む訳でもないセナの様子に、カマキリの化け物は腹を立てたのか眉をピクリと動かす



「仕方ねぇだと?おいおい、今の状況が分かってんのか?」


「私達の任務はあくまで”少女狩りを終わらす“という内容ですので、其方の少女が今亡くなろうともさして問題ではありません」



この言葉には流石の尊も驚き、化け物達も驚き目を見開く



「っおい!本気で言ってるのかお前!?」


「多田羅尊、後ろの相手は任せます」



言うが早いか、動くのが早いか分からないほんの一瞬でセナは人質を持つカマキリの化け物に急接近する


その動揺で化け物は抱えた少女を手放し、自慢のやいばで近づくセナにを向けた


けれど、セナをとらえていた筈の視界からセナが消えてしまい自慢の刃で切る事が出来なかった



「っどこへいった!?」


「こちらです」


「っウガァ───!!!」



声のした方をみると腰に装備していた中くらいのナイフを手にして、気付いた時には既に腕を斬られていた


その素速い身動きに尊はただ立ち尽くして見ている事しか出来ずにいた



「多田羅尊、何をしているのですか」


「っ…お前…本当に人間か…?」


「敵はまだ生きています。油断しないで下さい」



見据えてくる尊に、セナは集中しろとばかりに言うとカマキリの化け物の心臓をグサリと躊躇せずに刺す


化け物は苦しむ一瞬の隙も与えられず倒れ込んで死んだ


路地の隅に怯えてガタガタと震える少女に、セナはゆっくりと近付きソッと頭を優しい手つきで撫でる



「もう安心です」



その姿は、まるで少女を安心させるような素振りで尊はこうなる事が分かっていたのかとセナの姿に見とれていた



(…なんだよ、やるじゃねぇか)


「う、うわぁああー!!よくも兄貴をぉ!」


「おっと。そういやまだいたな」



殺された化け物を見て理性をなくしたもう一人の化け物に、尊は慌てる素振りすら見せずに視線をその化け物へと向ける


逃げる事もできた筈の化け物は、尊に向かって持っていたナイフを手に飛び出す


けれど相手が悪かった


尊はナイフを持つ手首を握り締め叩き落とすと腹に向かって強く握り締めた拳を突き出しダメージを与える


化け物は地面に這いつくばり苦しそうに咽せ返していた



「っと。なんだよ、もう終わりか?」


「油断大敵です。早くトドメを」


「わーってるっつの。たくっ…」



トドメを急かすセナに嫌そうな顔をした尊は、やる気のない態度で化け物を殺す為に自分の伸びた爪でやろうとする


これで任務は完了だ


そう思った矢先



「──────多田羅尊、離れなさい!」


「あっ?」


「死ねぇええー!!!」


「っしまった!」



突然の叫び声と地面に這いつくばっていた筈の化け物が起き上がったのは同時で、尊は化け物の持つダイナマイトに火が付いているのに気付くが時既に遅く避ける事ができない


できる限り離れてなんとか防御をしようとするが、いくらモンスターといえど喰らえば無傷では済まされない事は本人が一番分かっているだろう



(クソ!避けきれねぇ!)



もう爆発間近と思えた


尊は来る筈の衝撃に目をつぶった


けれどいくら待てどもダイナマイトの衝撃は来ず、怖ず怖ず目を開くとセナの後ろ姿が目の前にあっただけ


視線をズラして化け物をみると、持っていた筈のダイナマイトの火は消えていて喉を刺されて血を吐く姿があった



「…だから油断大敵だと言った筈です」


「セナ…?お前、いつの間に来たんだ…」


「それよりも、其方の少女を頼みます」



喉を刃物で刺しているセナは、顔色一つ変えずに尊に言うとグシャリと生々しい音をたて横にスライドさせる


大量に吹き出す血を浴びながら、セナはトドメとばかりに化け物の心臓をもう一つ取り出したであろうナイフでグサリと刺した


今度こそ、化け物は亡き者へとなった



「……任務完了。迎えを呼びます」


「あ……ワリィ、助かった」


「構いません。任務は無事に終わりましたから」



血に染まったナイフを布で拭き取り仕舞うと、セナはタンタンと述べる


耳に付けているインカムで無事に少女を救えたと連絡をしながら、路地を出て行くセナの後ろ姿に見とれていた尊はハッとして少女へと意識を戻す



「立てるか?」


「………」


「…?どうした、どっか怪我でも────」


「あのお姉ちゃん……大丈夫かな…」


「はっ?」



もうスッカリ恐怖は薄れたのだろう少女は、去って行くセナを心配そうな視線で見つめていた


尊はなんの事か分からず少女をみていると、小さな声だったがしっかりと聞こえた



「お姉ちゃん、あのダイナマイトを素手で消してたもん。それに背中から血が流れてた…」


「っっ!?」



少女の言葉に尊は慌てて路地を出て行く


状況が状況だったからか、セナの血の匂いに気付かなかったのだ


それ以前にマントで背中が隠れていた


よほどの事でない限り分からない


だが、モンスターである尊がそれしきの事で気づかないなどおかしい


誰よりも利く鼻を持ちながらにして、何故今まで気付かなかったのだと自分の不甲斐なさに嫌気がさした



「セナっ………ってお前…」



路地を出て直ぐに壁にもたれてしゃがんでいるセナの姿があって、尊は驚きに言葉を失う


その足元には赤く染まった血の水溜まりが出来ていたからだ



「…なんですか。それより、少女はどうしたんです」


「他人の心配してる場合かよ!なんだよそれ…っいつ怪我なんてした!?」


「平気です。任務に支障などありませんでしたから」


「でしただと?任務する前から怪我してたってのかよ!?いったいいつ……まさか!」



過去形の言葉に尊は驚き、そして昨日の記憶が思い出された


あの鼻が曲がりそうな強烈な匂い


確かにセナの血の匂いもあった


けれど、今朝聞いた時は掠り傷だと言っていたし血の匂いも微かにしか臭わなかった


尊は断りをせずにセナのマントを脱がした



「……掠り傷っつってたのは嘘かよ」


「掠り傷です」


「馬鹿やろう!これが掠り傷だと?こんなに包帯が真っ赤になる、これがかっ!?」


「そうです。鼻が利く貴方ですら気づかない程度の些細な傷です」


「っこんなに包帯でグルグル巻いてたら分かるか!」



些細な傷でないのは包帯で巻かれていても分かる程、セナの傷は酷いモノだった



「ったく!さっさと戻るぞっ」


「いえ、次の任務が───」


「そんな状況でさせられるかっ!」



セナの言葉は完全無視をする事にした尊は、セナを抱えて組織へと向かった


こうして、二人の初任務は終わりを告げた



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『罪人と人形』 皓月 @Kougetsu

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