第5話



 土曜日。

 映画は満足できぬものだった。だから4人は、先輩後輩という立場の差を越えて口角泡を飛ばして語り合った。

 話題が途切れたとき、

「カラオケ行こう」

 とリカが言ったので、4人は河岸を変えることにした。

 そうやって通り過ぎて行く4人を一人の小柄な男が見ていたのだが、4人の誰も気に止める者はいなかった。


 思い思いに曲を歌い(なぜか英語の歌が多かったのは、美咲とリカが洋楽好きだからか)、リカが時々ギャグを言い、美咲がまぜっかえし、詩織が冷静に突っ込む。と、なごんだところで、リカが切り出した。

「佳乃ちゃんが全力で笑ってるの初めて見た」

「やーん、悔しい、先輩に先越された。あたしが笑わせるはずだったのに」

「あ、美咲ちゃん悔しがってる」

「だって、詩織さん……」

 などとじゃれあってると、当の佳乃の瞳に涙。

「どうしたの?」

「佳乃ちゃん、どこか悪いの!?」

「お腹でも痛くなった?」

 3人は口々に言った。

「違うんです……。女の子ばかりで他愛もなくしゃべったり冗談言ったりしてるのが嬉しくて……」

「女の子だけで遊びに行ったことなかったんだ?」

 リカが聞いた。

「はい。中学に入ってから和田の策略に嵌ってしまい、孤立させられて友達つくれなかったんです。カラオケで歌うたったのも2度目です。この間美咲と来たのが初めてでした」

 和田たちのグループとカラオケボックスに来ると口で言えないようなことされた、と話した。部屋にはモニターから見えない死角があるから。

「詳しく話して。できる範囲でいいから」

 リカが真面目な顔になった。


 話を聞くためにカラオケボックスに来ることは、美咲とリカであらかじめ打ち合わせてあったので(それに詩織は気づいていた)、打ち合わせどおりになったわけだが、出てきた話は、最近の10代少女がいくら昔より発展してるからと言って平常心で聞ける話ではなかった。

佳乃の物言いは彼女をやや蓮っ葉に見せていた。詩織は、真っ白な天使が薄汚れて見えるような気がしていた。いけない、と思い直したけど。

 リカは泣きそうな顔で、

「よく今まで耐えてきたね」

 と言った。一瞬佳乃を抱きしめる。

「ほんとに……」

「ホントにムカつきますよね」

 と美咲が言うのに、

「ムカつくを通り越して本気で怒ってるわよあたし。

佳乃ちゃん、これから単独で行動しちゃダメ。美咲といつも一緒にいなさい」

 リカは厳しい声で言った。


 それから3日、何事もなく過ごした。

 美咲はさりげなく佳乃に付き添っていた。

 昼食は、リカや詩織と一緒に食べた。

 今日は中庭でパンを食べた。リカが詩織の膝枕で横になっていて。

 そんな中、美咲が咳をしている。

「大丈夫?」

 詩織。

「まだ窓開けて寝るには早いよ」

「佳乃ちゃんそれ天然?

 夏風邪はバカがひくんだからね、気をつけなさい」

「リカ先輩厳しいっスー……ゴホゴホゴホッッ!」

「あーあー」

 佳乃は美咲の背中をさすってやった。


 しかし、翌日。

 朝家を出る間際に、佳乃の携帯電話のメールの着メロが鳴った。女子十二楽坊。

『熱が38度出た。ごめん、今日休む』

「つまんないなー」

 メールを見つめて佳乃はひとりごちたが、

「とりあえず行ってこよ!」

 佳乃は傘をさして、雨の街に飛び出していった。

 

 昼休み。

「園川さん、和田さん来てるよ……」

 廊下側に座ってるおとなしい女の子が、またも脅えた表情で佳乃に告げた。

 佳乃は、

(やだなー……でも……逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ!)

 暗示をかけて、佳乃は廊下に出る。

「おう、あいつ今日いないのか。

 ちっとつきあえや」

 

 食堂ではリカと詩織が、注文もしないで佳乃と美咲を待っていた。向かい合わせて座り、お互いの隣の席にポーチが置いてある。トレイの前、配膳の前に同じ制服姿がいっぱいいる。食堂の中はざわついていた。

「遅いねー、ふたりとも」

「ホントねえ。どうしたのかしら」

「ちょっと美咲にメールしてみるね」

 リカは携帯電話を出した。

『どうしたの?遅いね』と打ち込む。

 ピッ。


『すいません先輩。今日休んで家にいるんです。佳乃大丈夫かなあ。お願いします』

「だとしたら……まずいよ!」

 リカはすごい勢いで立ち上がり、食堂を出て行った。

「リカ! 待って! 落ち着いて……」

 詩織が後を追う。


「おい」

 体育倉庫。

 佳乃の目の前に剛史。

 出口は義春と明が固めている。

「これまでサボってくれたせいでな、いくら稼ぎ損ねたと思ってるんだ。ええ?」

「もういやなの! 犯罪じゃないこれ!」

「汚い真似しなきゃ稼げないって世の中決まってんだよ。

 おい。もうあいつと行動すんじゃねえ」

 和田は佳乃に顔を近づけた。

「いやよ!」

 顔をはたこうとした佳乃の右手を剛史はつかんで、

「無駄な抵抗するんじゃねえよ。

 今度あいつと行ったらな、あいつをただじゃおかねえからな」

「……」

(ここまで卑劣な真似するなんて)と思ったその時。

 バンバンバン!

 鉄の扉をノックする音が聞こえた。

 明と義春は、よっかかっていた背中に衝撃を感じて、扉から離れた。

「使いたいんだけどー。開けてくれなーい?」

 八代先輩だ! と佳乃は思ったが驚きのあまり声が出なかった。

「今取り込み中ー。後にしてくれー」

 和田は答える。

「そんなこと言って、休み時間終わっちゃうよー」

「今は大事な話してんだ」

 黙っている。

「女の声だったな。ナニに使うんだか」

 言いながら和田は、佳乃の襟に手をかけている。

 和田は佳乃を押し倒した。

 キーンコーンカーンコーン。

 チャイムが鳴った。

「何すんのよ! もう休み時間終わりじゃない!」

「調教のしなおしだよ。授業なんか知るか。俺、今日午後ないし」

 言いながら和田は佳乃のリボンを外した。

「今日は雨で体育の授業はできねえ。いいタイミングで降ってくれたよな」

 義春と明は、どこを見てればいいのか目のやり場に困っている。


「チャイム鳴っちゃったわよ。どうするの」

 詩織はリカに傘を差しかけながら言った。

 そばで紫陽花が紫色の花をつけている。

「詩織は教室へ帰って。あたしはここから奴らが体育倉庫から出てくるところを狙う」

「今助けてあげないの!?」

「たぶん奴は……和田は気が済むまであそこを開けないよ。だったらせめて写真を撮って捜査できるようにしなきゃ。詩織は教室戻っていいよ」

「わたしもいるわ!」

 リカは目を体育倉庫に向けたままで、

「いいというより帰って。帰ってできることをしてくれる?」

「わかったわ……」

「傘借りるよ」

「ええ……」

 詩織はその場を立ち去った。


「ごめんね、佳乃ちゃん……」

 リカと詩織は、時を同じくして同じことをつぶやいていた。

 更にリカはつぶやいた。

「ごめん、詩織……」


To be continued……

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