第4話


 その後、リカ達と別れ、美咲は帰路に着いた。

 翌日の昼休み、美咲は、いつものように図書館へ行こうとする佳乃の腕を取って、

「今日はあたしに付き合って」

 と言って、屋上へ連れて行った。


「昨日駅前で男の人といたね」

 美咲の言葉に、佳乃は右手で口を覆った。

「誰かに男の人紹介してもらってたの?」

 佳乃の瞳に涙が浮かんだ。

「え、やだ、どうして泣くの? 泣かないで……泣かすつもりで言ったんじゃないのに……」

 美咲はあせる。

「ごめん、言えないの……」

「泣かないで……」

 その時、携帯電話が鳴った。女子十二楽坊。

「あたしだ」

 佳乃は携帯を開いて、見て、唇を噛んだ。

『3時半に体育倉庫』

 和田だった。


 なんとなく気になった美咲は、放課後佳乃の後を尾けることにした。

(体育倉庫のほうへ向かってる?)

 しかし。

「ご苦労だったな」

 美咲にとっては初めて見る顔だった。

 通せんぼをしている。

「通してよ」

「初めて見る顔だな……俺にそんな口を聞けるたあ、高校入学組か?」

「そうだけど、何か?」

 あたしと並んでこの身長差ってことはかなり大きいな。美咲は男を見上げて思った。

「ここから先へ来てもらっちゃ困るんだよ。

 あ、おまえ最近佳乃と一緒に昼飯食ってる女だな」

「佳乃に何するの?」

 相手の迫力に内心ビビるけど、必死の努力でそんなのは見せない。見せたらヤバいと頭の中で何かが囁いてるから。

「佳乃は俺達の仲間なんだよ。奴から手を引け。俺は女には甘いから今のうちだぜ」

「あんた名前なんて言うのよ。名乗るくらいしなさいよ。あたしは1Cの矢野美咲」

「気ィ強え女だな。和田。和田剛史」

「そう」

 美咲はその場を引き下がることにした。

 この男のことを調べてみよう、と思った。


 翌日の放課後、一度一緒にお昼を食べたグループに接近した。机に座っている少女を取り囲んでいる。

「あのさ、聞きたいことあるんだけどさ」

 なんとなく聞きづらい。けど。

「なーにー、あたしたち忙しいんだけど」

 輪の真ん中は、今日3時間目から出てきた少女で、一生懸命リーダーのノートをとっている。

「和田剛史って奴について何でもいいから知らない?」

 その時空気の色が変わった。

 クラス中の視線が美咲に集まってる。

 佳乃は姿を消した後だった。

「バカ、大きな声で出していい名前じゃないよ!」

 注意した少女は、ぐっと声を潜めると、美咲の耳に囁いた。

「園川のバックにいるひとだよ。3年生」

「その人の指示でさ、園川は、シカトして仲間に入れるな、でも具体的にいじめるな、ってお達しがあるんだよ。だからめんどくさいからあいつと仲良くするなって言ったの」

「3年生ね、わかった!」

「あっ、矢野さん! ちょっとお・・・・・・」

 美咲は鞄をつかんで急ぎ足で教室を出て行った。


 家路を急ぎながら美咲は、リカにメールしようと決めていた。

 3年生ならリカに聞く方がいい。


 美咲の家は、JRの駅から古ぼけた野球場へ行く途中の道沿いのマンションの17階にある。母が最近ベストセラーを連発しているためだが、本の重みゆえにできれば一戸建てに住みたいと家族全員が思っている。

 自分の自室でメールを打つ。

 オフホワイトの壁紙にアブリル・ラヴィーンの大型ポスターが貼られた部屋。

『相談したいことがあるので、至急お時間とってください』

 ピッ。

 送ると、3分後に、メールの着信があった。

『明日の放課後、こないだの店でいい?』

『はい、いいです。お願いします』

 更に返信。

「美咲ぃー、パソコン固まったー。手伝ってー」

 母親の声がした。

「はーい」

 部屋を出る。


 翌日の放課後、美咲は、リカと待ち合わせるために、先日彼女たちと会ったスターバックスへ行った。

 今日のリカは待つ立場。

「お待たせしました。おひとりですか?」

「待ってないよ。美咲が私を頼ろうなんて珍しいね、どうしたの?」

「詩織先輩に遠慮してるんです、なんて」

「あら、あたしもてるじゃん」

「冗談ですよ」

「やっぱり?」

「注文してきます」

 美咲は財布だけ持って、席を立った。

 リカの前には、今日もコーヒーがブラックで。


「あの娘のことでしょ? こないだ駅前で男と密会していた」

「密会なんて」

 美咲は目をそらす。

「おや、やきもち?」

「いや、わからないですけど。先輩たちと同じかどうかもわからないですけど。

彼女があたしに秘密を持ってるのが寂しいんです。あたしは彼女のこと親友だと思ってるのに。聞いてみても泣くし。

 友達になったときから思うのは、彼女全力で笑ってないんですよ。ホントの笑顔を出してない。

 だからあたしが彼女を笑顔にさせようと思って。

 だけど、いつも一緒にお昼食べてて、時々は放課後も遊びに行くけど、いつもは放課後誘ってもほとんど断られちゃうんです」

「なるほどね」

「と、今日は微妙に違う話なんです」

 と言って美咲はカフェラテを一口飲んだ。

「なに?」

「和田剛史って3年生のこと、何か知りませんか?」

 リカが飲もうとして口元に持っていったカップを元に戻した。

「先輩?」

「和田か……」

「何か……?」


 リカは真顔になって、言った。

「あたしは同じクラスになったことないんだけどね、評判の悪いヤツよ。昔の漫画やドラマの番長みたいな感じかな。『ドラえもん』に出てくる『ジャイアン』を更に柄悪くして高校3年にした感じ。中等部では柔道、高等部ではラグビーやってたけど、サボることが多くてよく先輩が歯軋りしてたって。噂でしか知らないけど、親が偉いさんだから怒れないらしいのよ」

「それであんなガタイなんだ・・・・・・」

 カフェラテを一口飲んで、美咲は続けた。

「佳乃・・・・・・その彼女の名前なんですけど、彼女のことが気になって、後尾けて行ったらそいつに『ここから先に来てもらっちゃ困る』って言われたんです」

 リカは難しい顔をした。

「ってことはあのウワサホントなのかな」

「なんですか?」

 美咲は改めて、リカの瞳を見た。

「あいつ、腰ぎんちゃくと1年生の女の子エサにして何かやってるらしいんだよね。もてない男にその女の子……古い言葉だと慰安婦みたいな? その女の子が入学してくる前は同じ学年や下の学年の子を無理矢理襲って襲われた子が泣き寝入りさせられたってことも結構あったみたいだけど、ここ3年くらいはそれもなかったみたいだしね。当時から年の割りに体が大きかったから押さえつけられると身動き取れないらしい。ウワサだけど」

 二人は頭を低くする。

「じゃあ、そのエサが佳乃・・・・・・」

「でも確認してから動きなよ。証拠つかんじゃったほうがいいかも。そういうヤツって証拠つかまれない限りバッくれて裏で悪いことしてるからね。親が議員だって言うけど、親も裏で何か悪いことしてんじゃないの?」

「わかりました。ありがとうございました」

 二人は頭を元に戻した。

 それからしばらくは普通の話をして。

「頑張ってね、力になるから」

「はい」


 その時、佳乃はいつものように駅の壁に寄りかかりながらそれを見た。

 スターバックスの中で同じ制服のバタ臭い綺麗な女の子と話している美咲の姿を。


 その翌週の木曜日から中間試験が始まった。

 一度など、一緒に勉強しようかと声をかけて、例のスターバックスで数学の教科書を開いたけど、携帯にメールが来ると苦い顔をして、それでも行こうとする。

 立ち上がった美咲は、

「いやなら行かなきゃいいじゃん!」

「そういうわけにいかないのよ!」

「だって!」

「人が見てるからよそう?」

 ハッとして、席に座る。

 結局佳乃は行ってしまった。


 6月に入って、美咲は知らないがまた佳乃に生理がきた。

 

 今日は日曜日。

 紫陽花が色づき始めていた。

 午前10時に待ち合わせして、2人で遊びに行った。

 昼食はイタリアンのファミリーレストランで済ませた。

「カラオケ行こうよ」

「あたし行ったことないんだ」

「あたしも先輩と行っただけ、あ、兄貴のカラオケパーティに混ぜられたな」

 そうこうしているうちにカラオケボックスに着き、受付をしてウーロン茶をふたつ頼み、2曲歌った。佳乃はSMAPの曲を歌ったものの声が出ず、美咲は最近実写映画化された往年の人気アニメの歌を歌った。「これカッコいいんだ」と言って(実際カッコいいアレンジだった)。

 狭い部屋の中に、テレビの下に機械。部屋中にソファ。入り口そばにインターフォン。

 やがて。

「トイレ行ってくるね」

 と言って佳乃が小さなポーチを持って去った。

 あれ?

 美咲の第六感に引っかかった。

 こないだ遊びに行ったときも生理じゃなかった?

 そうだよ。サンリオショップで突然「来ちゃった」あたしに1個くれたんだ。

 その後戻ってきて、入れ替わりに美咲がトイレに行って、しばらく経って。

「そういえばさー、入学してすぐうちの学校の3年生の男子が死んだけど、それ犯人捕まったっけ?」

「し、知らない……」

「そお?」

「気にするのよそうよ」

「どうしたの? 震えてるよ」

「う、ううん。そんなこと……ない……」

 言いつつ佳乃の顔は青ざめていた。

「佳乃顔真っ青だよ」

 チャンスかもしれない。

「中間前にさ、佳乃いつもみたいにメール受け取って教室出たじゃない? その時気になったから後追いかけたんだけどそしたら和田剛史って奴に通せんぼされたんだよね」

「!」

 佳乃は口を押さえた。

「何か噂も色々あるみたいだけど、あたしは自分の目で見たもの聞いたものを信じる主義なの。何言われても……驚くかもしれないけど、馬鹿にしたりしない。だから本当のことを言って」

 すると佳乃はわーっ! と大声で泣き始めた。

「ひっく……あたし……美咲には知られたくなかった……あんないやらしい男のことなんか美咲は知らなくてもよかったのに……」

「落ち着いて。泣いてちゃわからないよ。

 和田って奴が何か佳乃を束縛してるのはなんとなくわかった。それがなんなのか教えて。あたしは佳乃のこと親友だって思ってるから」

「あっ、あたしだって美咲と親友になりたいと思ってるよ……」

 美咲は佳乃をふわっと抱きしめた。

「美咲……」

「噂は聞いてる。信じてないけど。

 何聞いても受け止めるから。

 しゃべっちゃえ」

 ふわっとした、暖かなものに包まれているのを佳乃は感じていた。

 やわらかい、あったかい胸。

  涙は美咲のカットソーに染み込んでいくみたい。

 うちあけよう。

「あたし、和田たちと美人局やってるんだ……」


 佳乃が中学に入学したとき。

 正門から入ってくるピカピカの新入生を屋上から双眼鏡で眺めてる一団がいた。

「今年はいるといいなあ」

「俺らの代も今の2年も不作でしたもんね」

「これってのがいたら思いっきり稼げるんだけどな」

「マジでやるんすか?」

「怖気づいたのかよ」

 和田剛史はすごんだ。

 森田義春と山本明は和田剛史の同級生であるが、それ以前に衆議院議員である剛史の父の秘書の息子だった。剛史が上の子供(男2人女2人)と年が離れていたのでなおさらお目付け役として父から頼まれていた。傍目には子分にしか見えなかったが。

「お、見つけた!」

「マジか?」

「おい双眼鏡貸せ!」

「あっ!痛てー……」

「明大丈夫か!?」

「あいつか!?」

 やせぎす小柄、ふわふわしたウエーブへアに、大きな瞳が際立って可愛い少女。

「あいつに決めた!」

「まじすか?」

「なんかオドオドしてそうでよー、あーゆーのがクラスで浮くんだよな。絶対俺の思うとおりになるぜ……」

 決めた和田の行動は早かった。

 3年生から部活動などを通して、目をつけた女子・園川佳乃と仲良くするな、彼女を孤立させろ、と女子に圧力をかけた。

 逆らう者は暴力で抑えつけた。誰が誰を好きかと言うことも巧妙に抑えてあり、片想い中の者や彼氏のいる者で逆らう者は男を暴力で抑えつけた。

 そして孤立したところで近づいていって、まず佳乃が自分たちに気を許すように仕向けた。

 そして頃合いを見計らって態度を変えて恐怖に陥れ、自分が逃げ場がないこと、少年たちの金づるになるしかないことを心と身体に刻み付けさせた。

 同じ学校の男子生徒にはタダもしくは情報と引き換えと言うのは2ヶ月くらい経ってから思いついたことである。


「5年前から練られた計画だったのよ。ある程度の容姿があって友達とつるむ可能性がないヤツと言うのであたしだったんだって。中2になったときに言われたわ。学校の男の子からはお金とってなかったけど。だからあたし今の高3の人とは半分くらいとそういうことした。

 生理の時だけは奴らから解放されたの。生理中にそういうことすると病気の元だからね。初めの頃は生理中もやらされてたけど……」

 佳乃は美咲の腕の中でうつむいてすべてを語った。

 嘔吐することもすべて。

 美咲は怒りに震えた。

 佳乃を腕から解放して、

「ひどい! 犯罪じゃないの。それに女を食い物にしていることが許せない!

 あたしがそんなことやめさせる。

 佳乃。もうメールが来ても行かなくていいからね。あたしといっぱい遊ぼう」

「あなたはやつらの暴力のひどさを知らないから……!

 さっき話に出た、4月に死んだ3年生いたでしょ。あたしそいつと彼が死ぬ前の日、寝たの」

「!」

 美咲はここで初めて驚いた。

「なんかそいつあたしのことが心配そうだったから、和田に抗議して殴られて死んだんじゃないかと思う」

「疑ってるだけでしょう?」

「きっとそうだよ!」

「それも今度探ってみよう」

「和田たちが実際にあたしと寝た後の男の人に暴力を振るってるのは見たことないんだけど、あたしのことも殴るんだよ、それも巧妙で顔は殴らないの。いちいちやることが狡猾なんだ。血筋かな……」

「血筋って……国会議員だっけ、お父さん」

「うん。狡猾でしょ。だから誰も何も言えないからあの事件の犯人探しもあたしの件で警察に突き出すのも難しいと思うよ。言ってたもん。

『警察にチクってみろ。年少出たらお前に付きまとって縁談から就職から全部ぶっ壊してお前の親父も会社にいられなくしてやる』

って」

「それじゃまるっきりストーカーじゃん。ひどい噂もあるみたいだけど」

「どんな?」

「3年くらい前までは同じ学年や下の学年の女の子を無理やり襲ったりしていたみたいでさ」

「そう……」

「ねえ、戦おう。そんな奴に脅えてることない。戦って勝って自由になろう」

「……」

「あきらめたらそこで終わりだよ」

「……」

 佳乃はうつむいたまま。

「今の生活続けたくないんでしょ?」

「ダメだよ。彼氏面して親に挨拶に来たんだもん。そっちから攻められる」

「そんなの別れたって言えばいいじゃん」

 完全に、ここがカラオケボックスだということを忘れていた。

「親は厄介払いができそうって思ってるから」

「ひどい。なにそれ」

「うち母がホントの母じゃないしね。彼女にとってはあたしが目障りなのよ。中1で彼氏ができたと言われた日には蔑むような顔したのあたしは忘れない。父は彼女にも和田にも騙されて何も考えないで仕事だけして。馬鹿じゃないのって思う。

 中1で、中3だった和田があたしん家に挨拶に来たとき、議員の息子だってんで万歳しそうだったもんね。言いくるめてるから美咲の言うこと信じるなっていつの間にか電話番号調べて親父の会社に電話かけるわよきっと」

「よくよく狡猾な奴ね……。

 相手にとって不足はないわ。

 見てらっしゃい。あたしがそんな馬鹿なこと終わらせてやるわ。

 佳乃が気をしっかり持たなきゃダメよ。強く望めばきっとかなうから」

「……ホントはずっとイヤだった……」

 佳乃は今度は静かに泣いた。

 美咲はフロントとの連絡ができるインターフォンの受話器をとると、氷と、オレンジジュース2杯を頼み更に、1時間の延長を告げた。

 そして。

「初めて佳乃が笑ったの見たとき、全力で笑ってないって言ったでしょ。

 あの時決めたの。あたしが佳乃を笑顔にさせるって。

 だからもう泣くことないよ、あたしが佳乃を守ってあげるから」

「そんな、強がらないで……」

 目を真っ赤にした佳乃。

 でも彼女は言った。

「あたし、なんだか鎖に繋がれてるような感じだったの。

 でもホントは、その鎖を壊したい」

 そのときドアが開いて、オレンジジュースが届いた。

 店員が出て行ってから。

「明日で生理終わるんだ」

「だったら明日からはじめよう。明日の放課後もどこか行こう」

 誘う美咲の顔はどこか厳しかった。


 翌日。

「おはよ」

「おはよ」

 正門から昇降口への途中の桜並木。

 えへ、と照れ笑いする佳乃。

 にこにこ、姉のような気持ちで見つめる美咲。

 すぐ美咲はきりりとした顔になって、

「今日から、だよ」

 と佳乃にささやいた。


 授業中の思い付きを、3時間目の休み時間に教室で話す。

「今日池袋のサンシャインの水族館行こう」

「遠くない?」

「そんなことないって、いや、いっそ遠く行った方がいい」

 教室の中、男子は自分の話をしてるけど、女子は美咲と佳乃を見て彼女たちの話。

「そお?」

「うん。水族館行ったことある?」

「ない」

 佳乃は不安げな顔のまま答えた。

「あたしもないんだ、楽しみ♪」

 美咲はにこにこ。

 チャイムが鳴った。

 次の時間は現国。


 図書館でお昼ご飯を食べている間も美咲はにこにこしていた。

 天野先生が、

「矢野さんどうしたの。何かいいことあった?」

「はい!」

「美咲!」

「はいはい、内緒だよね」

「あらー。いけないなー。先生だからって仲間はずれにするのお?」

「気持ち悪いですよ先生……」

 言われて天野先生は、自分のお弁当箱の蓋を開けて、

「じゃやな気分にさせたお詫びに先生の玉子焼きをサービス」

「ありがとーございます!」

 図々しくパクつく美咲。

「もう、美咲ったら……」

「あら?園川さんいいの?」

 一瞬うつむいた佳乃だったが、顔を上げて、

「……いただきます……」

「そうそ、園川さん食べた方がいいわよ、細過ぎて心配になっちゃう」

「……そんなことないですよ」

「いいなあ佳乃は華奢で。あたしなんか肩幅広くてさー……」

 屈託なく話す美咲を見ながら昼食をとり続ける佳乃だった。


 放課後は早々と学校を出た。

 地下鉄の駅に向かう途中でメールの着信音。

『3時半にうち』

「見ない見ない」

「ん……」

 気になるけど早足の美咲を佳乃は追いかける。


 地下鉄を途中で乗り換えて池袋へ。

 サンシャイン通りでメールの音が鳴る。

 あわせて4本。

「来たよ……」

「見ない見ない」

 R‐R‐R‐R‐

 今度は電話。

「携帯切っちゃえ!

 走ろう!」

 美咲は開いてる右手を差し出し、佳乃の開いてる手をとって走り出した。


 お手々つないだまま水族館を見て回っている間は、携帯電話を切っていた。

「そのまま携帯切っとこう。あたしも切るから」

 と言って、池袋を散策。

 サンシャインシティアルパの中で、佳乃に似合いそうなメルヘンチックなブランドを見つけて、赤いリボンを買って帰った。

 佳乃が家に帰ると、エプロン姿の千歳が言った。

「佳乃さん、和田さんから夕方電話あったわよ、連絡が取れないから家に帰ってないかって」

「あたしアイツとは縁切るから」

 千歳は大げさに驚いた顔をして、

「えー、そんなもったいない」

 無視して2階に上がっていく。


 父は家に帰ってから、「和田と別れる」と言うのに対し「考え直したらどうだ」と言ったが、佳乃は引っ込めない。

 切っていた携帯電話を生き返らせたら、メールが10何本も入っていてそれだけで吐き気がしそうになった。

 その頃美咲は、リカからのメールを受け取っていた。

『今日あの娘と帰ってくの見かけたよ。あたしにも早く会わせてね』

 美咲はリカに電話をかけることにした。

「こんばんは、美咲です」

『おー。かけてきたね』

「今大丈夫ですか?」

『大丈夫だよ。今日どこ行ったの?』

「早速ですね。池袋のサンシャイン水族館です」

『楽しかった?』

「はい!」

『そりゃ良かった。ところでさ、秘密は打ち明けてもらえたの?』

「はい」

『あたしも力になるからさ』

「とりあえず今日は携帯切って遊んでたんですよ。勝負は明日からですね」

『ウワサは本当だったの?』

「本当でした。最近じゃコトの後で吐き気がするんですって」

『あの娘すごい細いけどそれも原因なんじゃないの。ちゃんと食べてんの?』

「お昼はちゃんと食べてますし、今日一緒にケーキ食べたんですけどしっかり食べてましたね」

『早くやめさせなきゃね。うちの男どもも情けないな。暴力に支配されてるってことでしょう?』

「明日一緒にお昼食べません? お邪魔してすみませんけど」

『たまにはいいね。明日食堂でね。そろそろお風呂入るから』

「はい。失礼します」

 ピ。

 明日が楽しみになってきた。

 大好きな親友と尊敬する先輩と会わせるんだから。

 成功させなきゃ。


 午後10時。佳乃の携帯に最近珍しくなった番号から電話があった。

 和田だった。

 最近はメールばかりだったから。

(観念して出るか)と思った佳乃は、携帯電話の通話ボタンを押す。

『おう、そろそろ生理終わる頃じゃねーのか? 今日メールもよこさねえでど―したんだよ。携帯切ったっぱなしでどこ行ってやがったんだええ? あ、あいつと一緒だったんだろう?』

「もうあんたとは行動しない。決めたから」

『あ、明日の昼……』

 勢いで。相手の言うこと聞かないで。

  携帯電話の電源を切った。


 翌日。朝学校の前のペイヴメントでコンビニのビニール袋を下げた佳乃に会った美咲は早速話を持ちかけた。

「おはよ佳乃。今日お昼先輩と一緒に食べるけどいい?」

「いいよ、行ってらっしゃい」

「ばか、あんたも行くの。先輩あんたに会いたがってんだから」

「あら、嬉しい……あたしに会いたい人がいるなんて……買って来たのどうしよう」

「ごめん、昨夜電話すればよかったね……明日食べなよ。

 先輩はあたし達の味方だからね」

「すみません、て言わなくちゃね」

「あんたは小さくなることないの。被害者なんだから」

「美咲」

「往来で言うことじゃないね」

「うん、で昨日さ、アシカがさ……」

 それた話はそのまま教室で本鈴が鳴るまで盛り上がっていた。


 しかし、昼休み、邪魔は入った。

「園川さん、和田さんが来てるよ」

 同じクラスの廊下側の席のおとなしい子が佳乃の席に現れて声をかける。彼女はなんだかビクビクしてる。

「行くよ」

 佳乃の席にいた美咲が厳しい顔をして小声で佳乃に声をかける。そのまま廊下へ出て行けるようにお財布を入れたポーチを持って。

「うん」

 佳乃も真面目な顔だ。

 ドアに着くと、

「なんだ、おまえも一緒かよ。佳乃に話があんだけどな」

「あんたとはもう行かないから。今日は先約があるの。通して」

 美咲が答えると。

「おまえには聞いてない」

「あんたとは行かないわ」

 佳乃は和田を見てきっぱりと言い切った。

 会話が聞こえているのか、クラス中の注目を浴びているので、和田は引き下がることにした。

「絶対こっちに来てもらうぜ……」

と捨て台詞残して。

 美咲はほっとして、

「行こう。先輩が待ってる」

 と言った。


「あっ先輩来てる」

 食堂に入った美咲には、遠めにリカが詩織といるのが見えた。

「どの人?」

「ほらあそこ、髪肩までで、あ、こっち向いた!」

「あのバタ臭い顔立ちの人?」

「そう」

「女性だったんだ……」

 驚きを隠せない佳乃。

「あたし男だなんて一言も言ってないよ」

「だって、彼女いるって……」

「先輩いわくまあそういうこともあらあね、て」

 2人は進んでいく。

「お待たせしました」

「おー、来たね。こちらが例の?」

 ある映画で暴走族の女の子役をやったモデルさんに似てるな、と佳乃は思った。

「佳乃、自己紹介して」

 言って美咲は佳乃の肘をつついた。佳乃は、

「1年C組、園川佳乃です。よろしくお願いします」

「あたし3年E組の八島リカ。美咲の中学の先輩なんだ、美咲がお世話になってます。こっちは2年A組の川瀬詩織。あたしのハニーだよん」

「よろしくね」

 詩織は微笑んだ。

 一瞬見とれる佳乃。

「じゃ買っておいでよ。もう食べてていい? 前の時間数学でお腹すいてんの」

「リカ」

 リカの前には親子丼とたくあんの漬物、詩織の前には鮭のムニエルにご飯、ほうれん草と油揚げの味噌汁にネギと鰹節を乗せた冷ややっこにたくあんの漬物、という定食が並んでいた。

「川瀬さん、それ何定ですか?」

「A定よ、美咲ちゃん」

「わかりました。行こう、佳乃」

「……」

「佳乃」

「あっ、ごめん」

「川瀬さんに見とれちゃった?」

「やだ、美咲ちゃん」

「ほら行っておいで」

「はーい」

「はーい」

 2人は財布を持つと、食券売り場の前へ行った。


 美咲はA定食、佳乃は豚肉のしょうが焼きに筑前煮、ご飯と味噌汁(B定食で、味噌汁の具は先ほど書いたのと同じ)にたくあんの漬物を持って、戻ってくる。

「お先にいただいてるよ」

 言ったあとでリカはたくあんを一切れ口の中に入れた。音がかすかに、コリコリと聞こえる。

「お構いなく。遅れたのあたし達ですから」

「授業が延びたの?」

「いえ……」

「大馬鹿野郎がうちの教室に来ましてね……」

「美咲! こんなに人のいるところで話すことじゃない! あわわ……」

 あわてた佳乃は自らの口を押さえた。

「佳乃ちゃん? 悪いけど美咲からあなたの事情大雑把に聞かせてもらった。ただ申し訳ないけどあたし高校入学でわからないことが多いのよ。この学校排他的だからね。

 あたし達で力になれることなら相談に乗る。

 だから今度、夕方か土日に会おう。で。聞かせて」

 リカは小声で言いながら微笑んだ。

「わかりました」

「さ、食べましょう! 食べ終わったらわたしがお茶おごるからね。自動販売機のだけど」

 詩織の上級生らしいところを、美咲は今初めて見た気がしている。

「詩織、私コーヒーがいいなあ」

「リカ。甘えないで」

 詩織はリカと逆のほうを向いた。

「そんなー、詩織ちゃーん」

「甘えるなら場所を選びなさい」

「ううう……」

 リカは右腕を両目に当てて泣き真似をした。

 食べ終わった佳乃と美咲はくすくすと笑っている。

「食べ終わったわね。何がいい? リカはコーヒーだったわよね」

「あ、あたし買いに行きます」

 佳乃は立ち上がった。

「佳乃、あたしホットティー」

「じゃ、佳乃ちゃん、行こう」

 詩織は微笑んで、佳乃と連れ立って窓辺の自動販売機の方へ歩いていった。

 戻ってきたふたりを迎えるリカと美咲は盛り上がっていた。

「なんのお話?」

「映画。あれのパート2が来てるでしょって」

「あれじゃわからないですよ先輩」

 美咲はリカを、テレビのバラエティ番組のように「どつき」かけた。

「ほら、プロのスナイパーが小さい女の子を守るってヤツのパート2」

「ああ、あれね。見たわ。はい。コーヒー」

 詩織は冷ややかにそう言いつつ、リカの前にコーヒーを置く。

「パート2じゃないでしょう。続編つくりにくい話じゃないですか」

 言いながら佳乃は、先ほど座っていた美咲の隣に座った。

「おっ、佳乃ちゃん。詳しいねえ。詩織、ありがと」

「佳乃読書も好きなんですよ」

「そうだ、今度4人でそれ見に行きません?」

 佳乃は提案する。

「いいねえ、行こう」

「じゃあ今度の土曜日はどう?」

「はい、行きます!」

「よし決まり!」

  ふと詩織が腕時計を見た。

「そろそろ時間よ」

「じゃあ今日は解散ね」

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 1年生ふたりは深々と頭を下げた。

「佳乃ちゃん、硬くならないでね」

 4人は食堂を出る。他にも出て行く生徒がたくさんいた。

 階段を昇るごとに2階でリカが、3階で詩織が、離れていった。

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