閑話 魔術・病原菌・蚤
異世界に一匹の蚤が召喚された。
それは何の利益もたらさない。
代わりに何の不利益も及ぼさない。
無力かつ、無用かつ、無能かつ、無駄かつ、無様かつ、無意味――そんな存在のはずだった。
ただ誤算があるとすれば二点。
まず蚤は、ある菌を保有していた。
それはかつて黒死病と呼ばれたものだ。
十四世紀、西ヨーロッパで猛威を振るい何百、何千万という人間に死に追いやった恐るべき伝染病だった。
そして蚤は『洗礼』を受けた。
あちら側から訪れた者が、異世界の大気に微量に含まれた魔力を浴びる事で、身体機能に変質をもたらす現象。
簡単に言えばそれで幾つかのちょっとした能力を得た。
やがて蚤は手に入れた能力を駆使するようになる。
彼は喰らい、村を喰らい、国を喰らうまでに成長した。
その頃になると彼は、繁殖した黒い霧――眷属たち――無数の人喰い蚤を従えるようになる。
蚤は、いや黒死病は考えた・・・。
「もはやこの命は自分だけのものではない。
大切に生きよう。
模索しよう。
もっと狡猾に、もっと効率よく、もっと確実に、我ら種族が繁栄する道を考えよう」
そして最初に目を付けたのは獣だ。
蚤は、かつての世界で、鼠を使役し、疫病をばら撒いた事があった。
だが残念ながら、あの時の様には上手くはいかない。
罹患者を『凶暴化』させる能力があだになった。
「獣たちは駄目だ。すぐに死んでしまう」
次に目を付けたのは季節風だった。
蚤は黒い霧のように増えた後、植物の種のように風に流されるように試みた。
これは悪くない考えに思われた。
だが失敗した。
何故なら蚤は植物とは違う。
種は大地と雨があればどこでも成長できたが、蚤はそうではなかった。
「季節風は駄目だ。辿りついた先に人がいなければ、都市がなければ生存できない」
三番目に目を付けたのは商人だった。
彼らは都市から都市へと移る。
お陰で蚤も疫病も広範囲に効率よく広まっていった。
だがこれも結局は失策に終わった。
何故なら彼らは思ったよりも賢かったのだ。すぐに検疫制度を考えだし、水際で感染を阻止するようになった。
「商人というのは悪い手ではない。他に似たような者たちは他にいないものか」
蚤は粘り強く、考え、探し続けた。
そして出会う事ができた。
彼らはとても使い勝手がよく、乗り物としても優秀だった。
「巡礼者か……これはとても良いものだ」
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