僕はソー



■名前:アラン・オールコット

■性別:男性

■居住:C級地区

■職業:食品工場職員

■市民番号:※※※※※※※※



 (ソーセージ。成型された細長い肉の塊、混合肉の加工食品。よく分からない肉片をどっさり足してかさ増し、化学調味料を沢山混ぜて味を整える。)

 さあ、おいしいソーセージの出来上がり。冷えても美味しくて、腐りにくい。お弁当にも使ってね。ぼくはソー! ウィッゾン社のソーセージ王子! みんなにおいしいソーセージを食べて貰うために生まれて来たんだ!



 年のわりに疲れた顔をした男が、嫌な事でもあったのか朝っぱらから苛立って、出勤カードを突き刺すように入れる。認証。男性職員用ロッカールームへの道で、行き交う他の従業員に一応挨拶をする。

 今日も作業服に着替えて全身消毒をされ、二人づつ向かい合って、謎の細長い皮をひたすら機械にセットし続ける仕事が始まるのだ。正体は分からないが、とにかく薄くて細長い、半透明の皮だ。皮を機械にセットすると、上のタンクから肉が注ぎ込まれる。次に伸びてきた機械が一定の感覚で捻る、捻る、きっちり同じ長さのソーセージが続々と、視界の端から端へ流れていく。ソーセージや機械に異常がないか見守りつつ、ラインの上のソーセージを指示書通り並べて整える。ソーセージの流れる先は、また別の機械だ。皮がなくなったら音が鳴り機械が止まるので、速やかに新しい皮をセットする。見守る。並べる。時々休憩。セットして、見守る、並べる。向かい合って。そういう仕事だ。


 アラン・オールコット、三十六歳、クルドルーゼ魔導帝国第八番都市C級市民、ウィッゾン社の食品工場勤務。彼は始業から就業まで、ソーセージにつきまとわれる生活を長らく続けていた。しかもこの歳まで未婚という事で、生涯独身決定コースだ。もっとも、C級地区住人は子孫を残す権利がほとんど回って来ない。皆同類だ。

 作業服の背中に大きくプリントされているのは、ウィッゾン社のマスコットキャラクターで、名前はソー。本人曰く、ソーセージ国の王子。五歳の男の子。優しく明るい性格。彼の国民であるソーセージを食べた人間は、たちまち元気になる。よく考えると変な設定だし、変な王冠を被っている。しかも、体の細さに対し目が大きすぎて怖い。歯を見せつけるように大口を開けた笑顔が、正直全然可愛くないと入社当初から思っている。しかしソー君の顔が気に入らないという理由だけで、作業服を着ない訳には行かない。袖を通すために腕を上げると、慢性的に凝っている肩が微かに嫌な音を立てる。


 ソーセージ。アランも子供の頃はソーセージが好きだったが、大人になってからは特に気分が高揚する事はなくなった。ソーセージを包んでいる皮の正体が謎だった事を知ってしまったせいかもしれないし、中身に一定比率混ぜられるよく分からない肉のせいかもしれないし、化学調味料がどれだけ入っているのか知ってしまったせいかもしれない。アランの周囲の暇な従業員達が、今日も着替えながらお喋りを始める。



「おい、お前ら、今朝の新聞見たか?」

「新しい八番司令、あれなあ、見た見た。悪い年寄りの悪事を暴いたって話じゃねぇか」

「えーっそれ、またっすか」

「あの人は口だけじゃなく、本当に街の事を思ってくれてるのかな」

「いや同じだ。普通にただの派閥争いだろ。別に悪い人間だからって訳じゃない、自分の気に入らない奴を、あの手この手で追い落としてるだけ」

「しかしさ、次の情報部部長なんて、やけに若いぞ。大丈夫なのかい」

 寛いでいた従業員達は突然お喋りをやめ、一斉に扉の方へ顔を向ける。顔を出しているのは、虫のような翼で羽ばたき宙に浮く丸い物体。

 いつの間に側に来ていたのか、情報妖精がこちらを見ていた。彼らはそこかしこに沢山いる。しかもただの機械とは違う。魔導儀械だ。儀械の妖精は、気がつくと人々の側にいて聞き耳を立てている。例えば今のように。魔導儀械は魔物や危険から人々を守るための機械だと、アランは学校で教えられた。人を守ると言えば聞こえはいいが、監視の意味合いも強いのだろうと誰もが薄々感じている。

 それに、魔物と言われてもピンと来ない。アランは、もちろんこの街にいる市民は誰も、魔物なんてものを実際見た事は一度もない。国から与えられる情報でしか知らなかった。魔導適正がある者なら、見た事があるはずだ。たいていは若い内から軍隊行きになり、魔物から街を防衛する仕事に参加させられるので。兵士達は情報媒体の中でよく言っている。溶けた肉塊のような、恐ろしい、吐き気を催す化け物と。もしもアランに魔導適正が認められていたら、気味の悪い敵と戦わせられるハメになっていたはずだ。そうならなくてよかった。この生産区で、ソー君の国民をひたすら製造している方が遥かにマシだ。

「おいっ、聞かれてるぞ」

「後で何か言われたら、お前らのせいだからな」

「俺は何も言ってねぇよ」

 従業員達は不穏な発言の責任を擦りつけ合いながら、途中だった支度を急ぎ済ませ、足早に各々の持ち場へ散って行く。アランだけが残された。

 妖精は微かな音を立てつつ羽ばたき、ロッカールームを一周して出て行った。すれ違い様、球体部分をくるりと回転させてアランを見上げて来る。厳密には顔などないのだが、丸い体の中央に埋まったこれまた丸い魔儀核が、どうも瞳のようにみえるのだ。こいつもまた、不気味な顔をしている。アランの口から、溜め息が漏れた。壁にかかった時計が寂れた音を立てている。そろそろ時間だ。今日もまた、謎の細長い皮をひたすら機械にセットし続ける仕事が始まる。


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