「続きをお願いします」


「軟禁放置プレイはグットチョイスだね!」


 昼食を挟んだ、午後、応接室に入った私を彼は満面の笑みで迎えてくれた。心なしか、顔の色つやが良くなっている気がするのは気のせいだろうか?


「砂漠で10日間を過ごして、それでどうされたんですか?」


「持ってたお金も無くなって、どうしようかなーってぼんやり砂丘の上に座って考えてたら、すっごい、砂嵐に会ってさっ!」


「砂嵐ですか?本物のですか?」


「あ、そこ疑うんだ……まあいいや、本当の砂嵐に吹き飛ばされてさ。今度こそ死んだと思ったんだけど、目を開けたら夜空がとっても綺麗だったから、あ、生きてるって思ったんだ。全身砂だらけだったけどね」


 私に疑われたことに、イラッしたのか、本当の砂嵐の本当のところをやや大きな声で言った彼は、「まあ、君の方が綺麗だけどね」とニヤニヤしながら続けて言った。

 とりあえず、褒めればいいと思っているらしい。


「次の朝、目が覚めてみると、俺の靴が真っ黒に汚れててさ、よく見たら、服とか色んなところにドス黒い油みたいのがついてやがんの。うわーってなって、ハンカチで拭いても全っ然落ちなくて、この服高かったのにーって凹んでたら、近くのその黒いのが水たまりみたいになってるのを見つけたんだよ」


ツッコミどころが多すぎて、どこからツッコンでいいのか迷うけれど、とりあえず、


凹むところそこ⁉


「おぉ、やっと話に終わりが見えてきましたねっ!」


「おっ、なんだか早く出て行けって言われてるみたいで、ゾクゾクするねっ!」


 彼は、そう言いながら、親指を立てて金歯をのぞかせた。


 大切なところは大体、ここらあたりまでだろう。

なぜなら、結末は私を含め誰もが知っているからだ。

パッとしない無職で貯金も住む所もない中年の男が、突然、大金持ちになった事件は、彼が住まう街と言うことも相まって、当時、この界隈ではそこそこの騒ぎとなり、新聞各社もこぞって彼の事を書き立てた。

もちろんアミューズブーシュも例外ではない。


 彼が見つけたのは言わずもがな、石油だった。『ミダスの水』と呼ばれている石油は文字通り、彼に有り余るほどの財力と黄金を与えた。

 彼は、直接油田会社を経営するのではなく、一帯の土地を買い占め、それを油田会社に貸して掘削量+土地代を得ている。彼が『石油会社の庭師』と呼ばれる由来もそこにある。

 駐車場経営の豪華版と言ったところだろうか。

一切働かずに、利益だけを得る。なかなか賢いやり方だと当時の私は思ったし、油田を発見してから、間髪入れず、土地を二束三文で購入して、石油の埋蔵量の調査などを行った、行動力とコンサルティング会社勤めで作ったコネを使っての手回しの速さ、ビジネスマンとしての彼の手腕には、純粋に尊敬さえした。


当時の私は……


「あの」


「なんですか?」


「すっごい、話をまとめられちゃったんですけど!」


「えっ、何か間違っていますか?」


「いや、間違ってないよ。間違ってないけどさぁ‼」


 言いたいことはわかる。でも言わせない。当時の私なら、我慢して続きを聞いたかもしれないし、彼自身に興味さえも湧いたかもしれない。

だが、今の私は、彼に対して、軽蔑しか持ち合わせていないのだ。


「あ、それでは、最後に、油田を見つけてからどうやって帰ったんです?」


「最後にって、もう少し興味もとうよ!俺の成り上がりヒストリーにさぁ‼どんだけ、詳しく話したって、どこの新聞もヒストリーの部分を書かないんだっ!ひどいだろ⁉挙句の果てに、石油会社の庭師なんて呼ばれてさっ、庭師ってなんだよ!管理人とか他にもあるだろ、色々と!なのに、なんで庭師なんだよっ‼俺は毛虫が大嫌いなんだ!」


「そうなんですね。っで、どうやって、砂漠から帰ったんですか?」


 興味ないですそのあたりの趣向に関しては。

 だけれど、なぜ彼がわざわざ、店を訪れたのかという理由はわかった。どうやら、彼はヒストリーの部分を新聞に掲載してほしいようだ。

 そう言えば、当時の新聞にも騒がれたわりにヒストリー部分が記載されていなかったように思う。

 まあ、冒険奇譚ならまだしも、観光に毛の生えたような話を記事にするのはスペースの無駄と言うものだ。私でも記事にはしなかったと思うもの。 


「うん。そのスルースキル、グッチョブ!簡単な話だよ、荷物の中に衛星電話入れてたことを思い出してさ、それでタクシー呼んで、衛星電話をそこに置いといたんだ。GPSで油田の場わかるし。あっ、タクシーさ、車じゃなくてラクダが来て、あれにはまいったよ~」


「なるほど、長々とありがとうございました。帰って下さって結構です」


 こんな話、娯楽欄にだって使えやしない。私は肩を落としながら、それだけを口早に言い、さっさと応接室を出て行った。


「ちょっ!えぇっ!まだ後日談があるんだよ、誰にも話してない話がさあ‼」とビルが半泣きになって、私の後を追いかけて来た。


 私は、徐に振り返ると、


「その話、詳しく」


彼の話を聞くことにした。


「石油会社と契約を交わした俺は、契約金でまず、馴染みの店にフィッシュ&チップスを食べに行ったんだ。一ケ月ぶりに食べるフィッシュ&チップスは本当に美味かったよ。そう白身の揚げ具合が……」


「っで?」


 私は、彼の言葉を切って言う。


「っで、って……あの、顔こわよ。すっごい怖い顔してるよ……そのまま凶器っぽい物を構えてくれると、ゾクゾクはするけど……」


「っで?」 


「すみませんごめんなさい。えっと、フィッシュ&チップスを食べていて思ったんだ、俺はクリスの事を愛している。彼女でないと駄目なんだって‼」


 そこまで言うと、彼は、財布から一枚の写真を私に見せた。


 写真には赤毛の女性と彼が一緒に写っており、赤毛の彼女は喜色満面で……


「クリスと結婚するんだ」


自身の薬指にはめられた大きなダイヤの指輪を見つめていた。


「なるほど、長々とありがとうございました。帰って下さって結構です」


こんな話、娯楽欄にだって使えやしない。私は肩を落としながら、それだけを口早に言い、さっさと応接室を出て行った。


「えぇえっ!その反応なんだよぉーロマンチックだろ!一回別れたけど、最後には結ばれる2人なんだぞぉぉ‼そうだっ、君に質問に答えるからっ!どんな質問にでも答えるからっ‼」とビルが半泣きになって、私の後を追いかけて来た。


「……」

 

 私は、冷ややかな視線を必死なビルに送りながら、渋々、嫌々、応接室に戻った。


「それでは、クリスさんはどうして、婚約を破棄したのでしょうか?」


 すでに興味はなかったのだが、敏腕記者である友人がとうとう聞き出せずに終わった質問を私はしてみた。


「婚約破棄の理由?うーん。正直、俺にもよくわからないんだよね」


「なるほど、長々と……」


「ターイムっ‼ちょっと待って、今思い出したからっ‼」


「っで?」


「多分なんだけど、式の時、誓いのキスを素足にするって駄々をこねたら、彼女すっごい引きつった顔をしていたんだ」


「理解しました。長々とありがとうございました。帰って下さって結構です」


 こんな話、娯楽欄にだって使えやしない。以下略。


「いい加減、それひどすぎやしないかー、いや、いいんだけど、どうせだったら、もっと、さげすんだ感じで、わわわっ、ちょっと待って待ってってば!最後にとっておきの話をするからっ!」とビルが半泣きになって、私の後を追いかけて来た。


 私は、無言で、応接室のドア口に立った。


「プロポーズの、」


「なるほど、長々とありがとうございました。帰って下さって結構です」


 こんな話、以下略。


「ちょっとぉーっ!まだ何にも言ってないんですけどーっ‼聞けば君も絶対に胸がキュンキュンするんだからぁー聞いて!お願いします聞いてください‼」ビルが半泣きになって、私の後を追いかけて来た。


 私は、ドアを静かに閉めた。





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