第3話

 『妖しく広がる黒い森に聳える黒城。

 森を浄化しようと挑んだ歴代の聖女も、かの城に辿り着くことさえ出来なかったという。

 城の主クイーンハーロットが強大かつ邪悪な力で城への道を閉ざしているからだ……』


 なんてことを巷では言われているらしいです。

 そりゃあ入れないでしょうよ、私が『ロック』しているからね。

 この場所は私の領土。

 『私が許可した者しか入れない』っていうだけなのだが……。


 そんなセーフティエリアなマイホーム、いやマイキャッスルの一室。

 一歩外を出れば悲鳴が木霊する魔界のような空間になるが、ここは実に優雅な空気が流れている。

 置かれている家具はアンティーク、灯りは派手すぎないシャンデリア。

 落ち着いた印象の花柄のソファにかさばる黒のウエディングドレス姿で横たわっているのは私だ。

 隣にはこの部屋には馴染まない井出達をした女性が、背筋をピンと伸ばした凛々しい姿で立っていた。


「マイロード、出撃許可を」

「いいから。お茶でも飲みなさいな」

「ですが……」


 私を『ロード』と呼ぶ二十歳前後に見える美女。

 白銀の甲冑ドレスを身に纏い、強い意志を宿した翡翠色の瞳を持つその姿は戦の女神を髣髴とさせる。

 赤に近い鮮やかな橙色の真っ直ぐな髪は腰まであり、前髪はきっちりと切り揃えられている。

 一般的な種族である『人族』から、能力・寿命が進化した『進人族』という種族に属する女性。

 名前はサニー。

 ゲーム時代に私が作った『サポートキャラ』だ。

 名付けは、私が『雨』だから彼女は『晴れ』という容易な考えで行った。

 『ロード』と呼ぶのは、当時見ていたアニメに触発されてそう設定したから。

 友人には「いい歳をして厨二くさい」とよく弄られたものだ。

 

 サポートキャラとは、自分のレベルが一定まで上がると製作することが出来るようになる『お手伝いさん』だ。

 用途は戦闘の補助。

 それに採集や討伐の指示を出しておけば、私がログアウトしている間にそれを遂行してくれる。

 サポートキャラ自体にもレベルがあり、指示された任務の難易度とレベルにより成功したり失敗したりする。


 また、課金くじ引きアイテムの中にはサポートキャラ用のものもあり、サポートキャラのステータスの一部が自分に加算されるようになる『(サポートキャラ専用)補助者の恩恵 ★8』や、サポートキャラの経験値が自分にも入る『(サポートキャラ専用)補助者といっしょ ★8』などというものもあった。

 ちなみにサニーには両方使っている。

 なので彼女が魔物狩りやら何やらしてくれると、私は楽をして強くなったり儲かったりで左団扇なのだ。


 それが冒頭の台詞と繋がる。

 私は別に強さなど求めていないのだが『主を支えるのが我が道』としている彼女は、律儀にも毎日こうやって出撃許可を要請し、主に貢献しようとするのだ。


「別に戦うこともないんだし。それにこれ以上強くなってもね……。欲しいものも無いし」

「ですが、何が起こるかは分かりません」

「大丈夫だって。いいから、話相手になってくれないと独り言になっちゃうでしょ。とりあえず座って」

「……イエス、マイロード」


 このやりとりも飽きた。

 彼女の忠誠心は有難いけど。


 二百年の間、何事もなく恙無く暮らせたのは彼女がいたからだ。

 安全面でも、心の健康面でも。

 一人だったら、私は何らかのかたちで死んでいたと思う。

 本当にかけがえのない存在だ。

 大好きだよ相棒!


 ゲーム時代も彼女には助けられた。

 私は戦闘が下手だ。

 だから、遠くから戦える魔法職を選んだ。

 彼女が前衛で、私は優雅に後ろからばーんばーんとぶっ放していればレベルが上がった。

 会社から帰ったら寝るまでずっとプレイしていたし、会社に行っている間もサニーに指示を出して経験値や素材などアイテムを回収した。


 そんなことを続けていたら、何時の間にかレベルが百に到達、カンストしていた。

 何故かこの世界が現実になってからは限界を突破してレベルが上がりだし、現在はレベル二百七十二だが。

 ほとんどがサニーの成果だ。

 なんだろうこの罪悪感。

 自分の宿題を人にさせているような。

 そしてサニー自体のレベルは二百二十だ。

 レベルは私の方が上だが、戦えば負けると思う。


 この世界では、最上級の戦士達でもレベルは百に届かないようだ。

 ……ということはだ。

 早々私を脅かす存在は現れないだろう。

 戦闘は下手だが全力でシールドを張り、全力でドーンと一発やれば勝てない敵はいない……と思いたい。

 一応魔力を封じられた時用の武器・防具とアイテムをいつでも使えるように準備はしているので万全だと思う、きっと!


 でも私は基本、この森に引き篭もる。

 こっそり遊びに行くことはあるがあまり出ない。

 危険は回避できそうだが、逆に下手をして人を殺めてしまったりしたら恐ろしい。

 きっと私は手加減が出来ないし、冷静になれない。

 死にたくないし、人の命を奪うのも怖い。

 ゲームの時は出来たけど今は現実なのだ。

 私には『覚悟』も『勇気』も無い。

 故に引き篭もる!

 これがベストだ。

 私は幸せだし、誰も不幸にしない。

 素敵なことである。


 それはさておき。

 今日も今日とて紅茶が美味い。


「今日は何しようかなあ」


 基本的に私は暇だ。

 『これでもか!』というほどに暇を持て余している。


 趣味を満喫しているが、稀に息抜きをするため外に出たくなる発作が起きる。

 今まさに発症している。


「サニー、今日は外に買い物に行こうと思うんだけど」

「お申し付け頂ければ、私が購入して参りますが」

「気分転換にうろうろしたいの」

「承知しました。お供致します。行き先はどちらに?」

「うーん……商都かな」

「御意」


 今日はウィンドウショッピングと洒落込もう。

 出掛けるはいいが、まず着替えだ。

 ブラックマリアでうろうろするのは悪目立ちが過ぎる。


 ゲームで持っていた衣装は『ステータス画面』から変更することが出来る。

 この世界の人達やサニーにもステータス画面なんてものはないようだが、私はゲーム時代のまま使うことが出来る。

 意識するとホログラムのような映像で目の前に現れるので、それを更に意識上で操作するだけだ。


 衣装を『(衣装)ブラックズキンガールドレス ★4』に替える。

 これは、某童話の少女をモチーフにした黒い衣装だ。

 頭巾を被ると角が隠れるのでちょうど良く、私のお出かけスタイルの定番となっている。

 髪は上げたままだと頭巾のボリュームが大変なことになるので下ろした。


 サニーは着替えないようだ。

 甲冑ドレスのような戦士系の服は多いので目立つことは無いだろう。

 よし、早速移動するとしよう。


 今度は『移動先リスト』を開く。

 リストに登録されている街、フィールド、ダンジョンには一瞬で移動することが出来るのだ。

 接触していれば人を一緒に連れて行くことも出来る。

 非常に便利である。


「行くよ」

「はい」


 サニーの手をとり、商都『クロスホライズン』に飛んだ。




 ***




 一瞬の虚空を挟み、周りの景色は一変した。


 目前に広がるのは、こちらを威圧してくるような胴色の高く重厚な塀。

 その向こうに感じる喧騒。

 商都『クロスホライズン』に無事に到着である。


 入り口になっている門には、軽装の兵士と甲冑に身を包んだ兵士数人が両脇を固めているのが見えた。

 そこを通過するために費やす時間が面倒で、サニーと二人、三メートルはある塀をひょいと乗り越えることにした。

 これくらいなら魔法を使わなくても単純にジャンプだ。


「あ」


 上部の空間には、進入禁止の結界魔法がかけられていたようだが破ってしまった。ごめんなさい。

 以前はなかったから気がつかなかったなあ。 


 ……というか、結界をするのであればもう少ししっかりしたものにしないと意味がないのでは?

 微弱で薄いから気にならなかったよ。

 破ってしまった結界を戻しておきたいが、同じ程度の弱い結界を張るのは難しい。

 強固な結界なら出来るが、後々の結界維持、メンテナンスのことを考えたら私は余計なことをしない方がいいだろう。

 扱えないものを張っていかれたら迷惑だよね。


 結界がなくなったら誰かは気がつくだろうから、この辺りは騒がしくなるかもしれない。

 人目を避けながらササッと人の波に紛れることにした。


 建物の合間を縫い、人混みを目指す。

 誰にも遭遇することなく順調に足を進めていると、人の気配や音が近くなってきた。


 路地裏からおのぼりさんのようにきょろきょろしながら表通りに出る。

 一歩踏み出すと、一瞬で遠く感じていた喧噪の中に放り込まれたかのように耳元で音が広がった。


 色や動くものが一気に増えて、視界が騒がしい。

 ぶつかるのを避けながら行き交う人達を見て息苦しさを感じたが、それが妙に懐かしい。


「マイロード。久しぶりですが、相変わらず賑やかですね」

「そうだね。数十年ぶりかな? 煩いけど、たまに来たくなっちゃうんだよね」


 この商都クロスホライズンは、二つの領土の境目にある都市で北区と南区で国が違う。

 北区は『ルフタ王国』、南区は『マクリル』だ。

 境界線には噴水広場があり、国境を取り締まる関所も併設されている。


 今いるのは北区の方だ。

 北区は工業が盛んで質の良い装備品が多い。

 ゲーム時代は、課金するとバザールで出店できるようになるので、いらないものを良く売りさばいたなあ。

 懐かしみながら表通りの人の波にのる。


 行き交う人達の服装は様々だ。

 装備品が多い北区だからか、戦うことを生業にしている人達の姿も多い。

 サニーの恰好はこの場所によく馴染んでいる。

 黒衣を纏っている人もちらほらと見かけるので、私も目を止められてしまうことはなさそうだ。


「北区、ちょっと変わったわね」


 歩きながら周囲を眺めていると、いくつか変化しているところを見つけることが出来た。

 この商都は下町のような雰囲気があったのだが、建物の高さがが全体的に上がり、少し近代化した感じがする。

 以前は圧倒的に露店が多かったが、今はちゃんと店舗を構えてやっている店が多い。

 これは今までにない掘り出し物に出会える予感!?


「胸が高鳴るわね!!」

「マイロード、お身体に異常が?」

「……サニー、違うの。そういうことじゃないの。……とにかく、行こうか」

「? はい、周囲警戒はお任せください」


 サニーの真面目が時々辛い。

 出鼻を挫かれた感があるが……さあ、参りますか。

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