第2話

 『大淫婦クイーンハーロット』


 そう呼ばれるようになったのはいつからだろうか。


 ――大いなる穢れ。

 ――煌びやかな姿をしているが、真なる姿は醜く、手にした金杯は常に邪なる血で満たされている。


 ……らしい。

 本物を知らないので真実かどうかも分からないし、もちろん私にそんな特徴は無い。


 百年程前には既にそう呼ばれていた気がする。

 だが私は『ただのエルフ』だ。

 間違いなくただのエルフなのだ。

 普通のエルフにはない『角』がついていたとしてもだ。


 『Pandora's ELYSION』

 私にとってはVRMMORPGの『ゲームの世界』であった。

 剣と魔法、多種族が住まうファンタジーな世界。


 それがいつからか私にとっての『現実』となっていた。

 ログアウト出来ない恐怖、これからどうなるのかという不安。

 そういうものを抱えながら月日は流れ……。


 気がつけばこちらの世界でもう二百年程暮らした。

 恐怖や不安はいつの間にか薄れ、この世界に慣れ過ぎ、前の世界の暮らしの方が夢だったのではないかと思う時があるほどだ。

 今更戻りたいとも思わない。

 ここで平和な人生を送れれば良いと思える程不自由なく暮らしていた。

 だが……。


 月日が流れるにつれて、大きくなってきている問題がある。

 それが、私が『大淫婦クイーンハーロット』だと勘違いされていることだ。


 クイーンハーロットなどと呼ばれるようになった所以だが、それは私の外見や所有物が原因だ。

 私は『Pandora's ELYSION』で作ったキャラクターの姿で生きることになった。

 名前はレイン。

 考えている時に雨が降っていたから、という安直な理由で決めた。


 髪は深海のような深い蒼。

 長い髪を編み込んで上げている。

 ぱっちり猫目に瞳は柘榴石のような紅。

 唇も瑞々しい紅で、二十歳前後の気が強そうな迫力美人という印象だ。

 私の好み全快の力作。

 胸も適度に大きく、ツンと上を向いている美乳だ。

 身長は百七十五センチと長身。

 ゲーム時代、流行は百五十センチ未満のロリ少女だったようで、頭ひとつ飛び出している私はオバサン扱いされてしょっぱい涙を流したのは今となってはいい思い出だ。


 種族はさっきも言った通りただのエルフだ。

 ただ、私は課金で出来るくじ引きで当たるアイテム『(アクセサリ)悪魔の黄金角 ★MAX』をつけている。

 ★はレア度を表していてMAXはレア度の一番上の値、十ということだ。

 これがこの現実となった世界で面倒なことになった。

 色は黄金、形は羊の角。

 黒で細かな模様や月の紋章が描き込まれた、角アイテムの中では最もレアな一品。

 ゲーム時代でもこれをつけている人は殆どいなかったのだが、今のこの世界には私以外いないようなのだ。

 衣装や装飾品が簡単に変更出来るが、身体の一部となるものは今は変えられない。

 見た目や特徴はエルフなのに、見たことのない角がある私はまず『異様な悪魔』と捉えられてしまった。


 次に衣装。

 着ているのは『(衣装)ウェディングドレス・ブラックマリア ★MAX』である。

 基本的に私はダークなものが好きである。

 この衣装はドストライクで一目惚れだ。

 これも課金くじ引きの景品アイテムだったのだが中々当たらず、数万円使ってしまった。

 それでも当たらなくて、結局ユーザー間の売買で売ってもらった。

 ゲーム内のお金で、片手剣の中ではレアレベルが一番高い『世界樹の聖剣』が十本くらい買えるお金が飛んでいった。

 三日三晩胃が痛かったが悔いはない。


 くじ引きで当たったもの中で、気に入らなかったものを売りさばいていたから、お金だけは馬鹿みたいにあったし。

 友人からは『成金』なんて渾名を賜ったが断じて悔いはないのだ!

 もう一度言う。

 悔 い は な い の だ!

 話が逸れたがこのブラックマリアは、今は『ニュクスの糸』で織った生地と聖女の血で染まったという『純潔の薔薇』が装飾されている唯一無二のドレスと言われているそうだ。


 さらに私が住んでいるこの『不浄の森』と呼ばれている森。

 黒い木々が覆い茂る漆黒の森、漂うのは淀んだ空気。

 そして、決して辿り着くことの出来ない森の奥にそびえる暗黒城。


 実はこれも課金くじ引きの『アイテム』だったりする。

 『(特殊)領土創造 ☆LB』である。

 『LB』とはリミットブレイク。

 ゲーム開始一周年記念で出たレベルがMAX超えの特殊レアで、四つある大陸にそれぞれ一箇所、計四人にしか当たらないというものだった。

 当たった大陸の一角に自分が権限を持ったエリアを作ることが出来るという、信じられないような内容だった。

 簡単に言うと『ゲーム内に自分の領土作っていいよ』といったものだ。


 その中で私はテルミヌス大陸の領土創造が当たったのである。

 しかも一発で。

 誰も信じてくれず『どれだけつぎ込んだんだ』、『とうとうやりやがったな(訳:運営から買収したな)』など散々言われたが。


 領土創造には庭付き一戸建てのようなノリで『森』と『城』がついてきた。

 森と城は最初は普通の森と良くある教会チックな城だったが、部屋をテーマでまとめて改装する時に使う便利アイテムの『(ルームテーマ):ハロウィン ★5』を使うと、逆十字が妖しく光る黒城へと変わり、森も不気味な木々が生い茂った漆黒の森になっていた。

 私好みで大いに気に入った。


 さらに雰囲気を出すべく、『(ルームBGM)スクリーム&シャウト★3』を使った。

 領土全体にルームアイテムが使える謎は気にしたら負けだ。

 このBGMはハロウィンのイベントアイテムだったのだが、その名の通り悲鳴や叫び声が流れるのだ。


 こうして私の周りは私の趣味で固められた。


 今はこの森から出ることはないのだが、こちらの世界が現実になったばかりの頃は状況を確認しようと外に出ることもあった。

 人と関わりを持つことはあまりなかったが、人の目に触れることは多々あったと思う。


 妖しげな黒い森、木霊する叫び声、そこに住む異様な住人。 


 色々憶測されたのだろう。

 確か最初はただのサキュバス程度の噂だったはずなのだが百年の時をかけ、いつの間にか『クイーンハーロット』などという、大それたものに仕立て上げたのだ。

 『大淫婦』などと言われているが断じて男漁りをしたとか、酒池肉林したとかそういうことは一切ない。

 ここは特に声を大にして言いたい。


 『時の流れ』って恐ろしいなあ。


 そんな私の生活は実に慎ましいものだ。

 畑仕事をしたり、裁縫をしたり、日曜大工してみたり。

 特に畑には力を入れている。

 マンドレイクは万能薬なのでとりあえず造っているだけで、一番力作なのは花畑だ。

 この世界の花は色を多く出すのが難しい。

 基本は、赤・青・緑の三色しかない。

 そこから、赤の花と青の花の種をかけ合わせて紫を作る、という感じに絵の具を混ぜる要領で造っていかなければならない。

 白い花なんて、元の世界ではありふれていたが、この世界では『純白』の花なんてそうそうお目にかかれない。

 逆に青い薔薇なんて簡単に造れたりするが。


 大体の色はすでに改良された種があるので簡単に手に入るのだが、私は一から自分の手でやりたかったので基本三色の種から始め、今は私の花畑に存在しない色はこの世には存在しない! というくらいにやりきった。

 いや、まだできるか。

 『透明の花』を作るのが私の夢だ!


 裁縫については必要に迫られてするようになった。

 ゲームでは作ることの出来るスキルはなく完成した衣装が売られていただけだったのだが、その衣装の中にはパジャマがなかったのだ。

 『バスローブ』や『バスタオル一枚巻き』なんてものがあったのに、だ。

 実際にこの世界で寝起きするようになり、パジャマがなくて困った私は自分で作ってみた。

 そして見事に嵌ったのだ。


 元々服が好きで、持ち前の成金力を奮いながらイベント衣装などは全て購入していたくらいだ。

 普段着にしている『ブラックマリア』に合うコサージュやベールを作ったり、どんどん私はかさばっていった。

 年末の歌合戦にでも出るのかよ、と自分で突っ込みを入れたくなるほどに。


 日曜大工は城を更にダークにするために小物を工作し始めたことがきっかけだ。

 最初はちょっとした置物や廊下に置く小さなテーブルだったのが、今は山小屋程度の建物は作れるようになった。

 無心になって腕がつるまで鋸を引いたり、トンカチを奮うのは時間を忘れるほど楽しい。

 ……という風に、実にスローライフな生活を送っている。


 なにせ時間は気が遠くなる程あるのだ。

 エルフの寿命は千年程度らしいので、何事もなければあと八百年くらいは生きることができる。

 晩年になれば、きっと城くらい作れるようになっているだろう。

 無限に広がる己の可能性に胸熱である。

 遠い未来に想いを馳せながら……。


「今日は何をしよう?」


 とりあえず紅茶を飲もう。

 優雅に庭のテラスで、午後の紅茶と洒落こむのであった。


 ――ギィイイアアアアアアア


 今日もスクリーム&シャウトが絶好調である。

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