第6話 夢のような……

アルタと呼ばれた街があったのだが、古くから不思議な言い伝えが多数伝承されている。

そのうちの一つに、神の塔に関する言い伝えがある。

この神の塔に関する言い伝えは、荒唐無稽でばかばかしいと

言われながら、原型に近い形で残る唯一の口頭伝承(略して口伝)だ。

それは、『神が死ぬとき、塔もまた、死ぬのだ』と言うものだった。

母親はよく、我慢を覚えない子供に、『あなたが欲しがるから、

その欲に神様が苦しんで、塔が崩れ落ちてくるよ』と言って聞かせた。

口伝が作られる前から塔があったことになる。

そのころから神の塔は、町の西側、小高い丘のようになった、海岸近くの絶壁に長く存在していたのだ。


数百年前には、成人の儀式として塔を登ることが慣習としてあった。

今やその伝統は、古い書物に残るのみである。


目指すは最西さいせいの塔とも呼ばれる、西の神の塔ウィンドロスの最上階。

しかし少女は、階段によって形作られた優美な螺旋らせんに見入っていた。


「すごいっ!」

「わ! うるさい」


一段一段がつややかに磨かれ、優しい光を反射する。

窓こそないものの、内部は清浄な空気にあふれていて、心なしか呼吸が楽なのだ。


「ああ……皆、登ればいいのに」

ナリアは階段のふちに咲き乱れる花を見てつぶやいている。


最近は、学者が倒壊の危険があると言って独自の調査をしているらしい。

アルタの人々はここ十数年間、この塔に近づいていない。

言い伝えもいろいろ関係しているが、大人の事情で許されないというのだ。


よって、ここに来る者もいないし、来られない。

それでも、綺麗に手入れされた植物があるというのは異常なことだ。


「早く来なよ、ロン!」

陽気に叫ぶ彼女の声が、石の壁にぶつかって響く。


でも、なんだかその笑顔を見ると楽しくなるのだった。

たぶん、ナリアの笑顔が母親に似ていたからかもしれない。

「行くよ」

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