第4話 荒野の果てに

 さて、あれから数日が経ち、おれは奇跡的に回復した。

 あの医者は、手術のあとじっくりおふくろと親父に経緯を説明し、脳死判定が誤っていた可能性があること、移植手術を中止したことなどを納得させてくれた。おふくろと親父は、最初面食らっていたものの、息子が回復する希望があることを、素直によろこんでくれた。

 その後も医者は懸命におれの治療に当たり、わずか数日で、おれはなんと、体を起こして話せるまでになったわけだ。

 まさしく死からの復活。各種メディアが、おれの回復を「現代のラザロ」なんて見出しで報道した。おれが心臓を提供する予定だった男の子も、運よくすぐに次のドナーが見つかったことが、幸運ムードを盛り上げた。

 あの医者は脳死判定の誤りを隠さず報告し、メディアに対しても嘘をつかずに対応した。途中、ドナー確保の欲望に負けそうになったことも、彼は隠さなかった。その姿勢が好感を呼び、彼はヒーローになった。また、ギリギリのところで彼を押しとどめた助手は、マスクを取った顔がまるで女の子みたいな美男子だったこともあって、こちらも主に女性陣から高い人気を獲得した。

 これは完全な勝利のように思えた。おれは回復し、ドナー待ちの子どもも命をつないだ。医者たちもその勇気と誠実さをたたえられた。おふくろも親父も幸せそうだ。全員が喜びを分かち合っているように見えた。

 この“おれ”を除いては。

 いったいどういうわけなのか、まるでわからない。

“おれ”は、おれの体に戻ることができなかった。今も“おれ”の下で、「おれ」が笑いながらインタビューを受けている。この“おれ”は今も、あの体に糸でつながれて、風船みたいにぷかぷかと宙に浮いたままだ!

 下の「おれ」を動かしているのは、いったい誰なんだ?

 そして、もし、もし下の「おれ」が本物のおれだったとしたら、この“おれ”はいったい何なんだ?

“おれ”は狂うこともできず、眠ることも、食うこともできず、ただ宙に浮かんでいる。まだ数日だというのに、“おれ”の意思と無関係に動く「おれ」を見ていると、自分がだんだん自分でないような気がしてきた。

 なにが“神に栄光あれグローリア”だクソを食らえ! この“おれ”、世界からつまはじきにされたこの“おれ”は、いったいどの神に祈ればいい?

 今は、一日も早くこの世界が終わってくれることを願っている。誰かひとりでも、“おれ”の話し相手になってくれるやつがいれば、これ以上うれしいことはない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

風船インビジブル 既読 @kidoku1984

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ