顔⑮

 もう一度よく読もうとした時、突然何かが倒れるような音がして思わずビクッてなる。



 「え……だれか、いるの?」



 しんと静まり返る______ガタン!


 

 気の所為じゃない。


 アタシは、そっと戸を引いて廊下に顔を出す。


 ……さっきまでそんな風に感じなかったのに、電気はついている普通の廊下がどこか薄暗く不気味に見える。


 奥の方かで何か聞こえるのは、あの子がトイレを掃除しているからだとして今のは?



 ガタン!

 

   ガタタ! 


 それは、廊下を挟んで斜め前。


 昔の記憶のままなら、あそこは確かあの子のお爺ちゃんとお婆ちゃんの部屋……だったはず。


 「……なんだ……一人とか言ってやっぱいるじゃん」


 

 何だよ、さっきのは冗談かよ!


 まぁ、そら、そーだわ。


 小学生が一人暮らしなんておかしいもんね、考えればわかるっしょ!



 アタシは、ほっとする。


 ……なんだろ、変な感じ。


 あの子が独りぼっちじゃなくて良かったって、そんな事でほっとするとか……昨日までの自分なら考えられない。



 ガタン!


 え?


 ひときは大きな音がして、台所に引っ込もうとしたアタシは動きを止める。


 こんなに何度も音がするなんて……もしかして、お爺ちゃんかお婆ちゃんが倒れたりとかしてる?


 アタシは、心配になって廊下に出て部屋の襖に手をかけ____ぽん。


 「ともこちゃん」


 肩に乗る湿った冷たい手。

 

 「ぁ、ごめんなさい……」


 ビクッと跳ねたアタシの肩に乗った手が、すまなそうに引っ込む。 


 「だ、大丈夫、いきなりだったからちょっとびっくりしただけ」


 そう言うと、アンタはほっとしたような顔をする。


 こんな会話すら怯えさせてしまうなんて物凄く罪悪感に駆られるけど、今はそれどころじゃない。


 「ねぇ、この部屋誰かいる? さっきから物音がすんだけど? お爺ちゃん?」


 「え?」


 「なんか、誰か倒れるみたいな……家具が倒れるみたいな感じなんだけど」


 「いないよ」


 それは、今までにないくらいのはっきりとした声。


 「けど」


 「いないよ」


 顔を覆う長い前髪の隙間からアタシを見上げる目は、まるで人形のようにぽっかりとまるで感情がのっていない。



 ゾクッ。


 何故か背筋が寒くなる。


 え?


 なに?


 怖い……?



 「ともこちゃん」


 ふにゃ。


 まるで能面のように表情を亡くしていたニキビ顔が、ふにゃりと優しくほほ笑む。



 「廊下は寒いよ? 台所にもどろ?」



 どすどす台所へ向かう背中。



 気のせい?


  

 だよね……きっと、あんなトークを読んじゃったから妙な気分になってるだけ。


 どう考えたって、小学生に人をどうにかする事なんて……ソレに、アンタみたいにボーっとした優しい子にそんな事出来ない。


 

 アタシは、部屋の中が気になったけど誰もいないと言っているのを開けるのもなんだか気が引けたからその背中にについて台所に戻った。



 カチャ。



 椅子に座ったアタシに、また紅茶が差し出される。


 「時間大丈夫なの?」


 「……」


 まだ、帰れない。


 アタシ、アンタにまだ……言えてない。


 「ねぇ」


 紅茶を一口飲んで、アタシは視線をあげる。


 怖い。


 もし、謝って許してもらえなかったら?


 ううん。


 許して貰おうとか蟲が良すぎるのかもしれない。



 「アタシ______」



 ヴーーーーー!

     ヴーーーー!



 ポケットが震える。



 っつ!


 こんな時にっ______え?



 「電話鳴ってるよ?」


 

 「ぁ、うん……」


 アタシは、震えるポケットを抑える。


 だって!


 これは、アタシのじゃない……さっきトイレで見つけた方だもん。



 「出ないの?」


 「え? ぁあ……」


 

 アタシは恐る恐るポケットからスマホを取り出す。



 着信:ミカ。



 ミカ……石川?



 「ともこちゃん?」



 カクンと首をかしげる丸い顔。


 正直、どうしていいか分からない。


 つか、なんで石川が電話をかけてきてる訳?


 でも、あのトークの内容を見る限りこのスマホの持ち主って……。



 ピンポーン。


 不意に玄関の方からチャイムの音がした。



 「あれ? 誰だろう? とこもちゃん、私でてくるね」



 そう言うと、丸い体はよっこいしょと椅子から降りてどすどすと廊下に出て行く。



  ヴーーーーー!

     ヴーーーー!


 スマホは、アタシの手の中で心なしかその震えが強くなったように感じる。



 

 「どうしよう……」


 

 アタシは、『ミカ』と表示された着信に途方にくれる。


 出るべきなの?


 でも、出てなんて会話すれば?


 『このスマホ、トイレのタンクから見つけたの♪ テヘペロ♪』


 とでも?



 「ぇ?」



 茫然と眺めるスマホの画面に、ぱっと表示された充電残り3%の文字!


 

 トッ。


 それは、ほぼ反射的。


 タップしんただから当然通話になる!


 アタシは、恐る恐るスマホを耳に当てた。


 

 「は_____」 

 

 『どこ! どこ"に"い"る"の"!!』



 それは、悲鳴に近い声。



 『既読っ、既読ぐずいでで、だがらっ! 心配して、み"が! み"がっ!』


 困った。


 名乗るに名乗れない。


 石川は、間違いなくアタシを誰かと__いや、いなくなった幼馴染達の誰かと勘違いしている。



 『ねぇ! どうしたの? なんか喋って! お願い……一人にしないで!』


 悲壮なくらいの叫びに胸が苦しい。


 早く言わなきゃ、このスマホは拾ったものだって。

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