第3話 崩壊は常に突然で非情だ

「手伝いに来てあげたわよ!」


 レイナの第一声はそれから始まった。朝起きてから無言で、朝ご飯の時もうんともすんとも言わず、アリウムが畑にやってきて初めて口を開いたのだ。昨日と同じミスはしまいと、彼らは彼女が畑に来る前から畑に陣取っていた。これはストーカーなのでは…とエクスは言いかけたが、シェインが察して口を塞いでくれた。あまりレイナの気を立たせないようにした方がいいのだろう。

 アリウムは少し戸惑っていたが、


「あっ、はい…あ、あの…よろしくお願いします」


 と頭を下げてくれた。これじゃ何かの押し売りみたいじゃないか…とまたもやエクスは口が滑りそうになったが、今度は自制した。

 少しレイナの行動に閉口しながらも、エクスは愛想よくアリウムに笑いかける。


「この広さを一人でやるのは大変だろうと思って」


「あ、ありがとうございます!」


「よっしゃ! んじゃ何すればいいんだ?」


「こ、この時期は水やり以外特別しなければならないことはないんです」


「そういえば、この村の畑って水路ないんですねー。こんなにおっきい湖があるのに」


「はい。理由はよく知りませんが…。なので水をバケツで汲んでくるしか方法がないんです…不便な村ですいませんっ…」


「力仕事なら任せなさい! さぁタオ!」


「おいおい…。お嬢もやれよ…」


「冗談よ、私もちゃんとやるから。ほら、行くわよ!」


 レイナはタオとシェインを連れだって、湖に歩いて行った。


「簡単にやられるような人達に見える?」


 最初にヴィランに襲われたとき、彼女が「死なない…大丈夫…?」と呟いていたことや、彼女の親友が死んでしまったという事実から推測して、彼女が親しい人の死を過剰に恐れているのではないかと考えたエクスのちょっとした策だった。上手くいけば、話してくれるかもしれない。


「い、いえ…。でも…」


「そろそろ話してくれないかな? 君が村人を避ける理由…」


「…その…」


「こらエクス! 何さぼってるの!? 早く来なさい!!」


「うっ…。また後で、教えてくれる?」


「…はい」


 話してくれそうだったのに…とエクスは少々不満を言いながら、レイナ達に駆け寄った。

 その後は、タオが湖に落ちたり…レイナが畑の横道で転んだり…シェインが水やり機に飛びついたり…レイナが胡椒こしょうの実を食べてしまったり…と、とてもじゃないがゆっくり話をする機会は来なかった。でもまぁ…アリウムはすごく笑っていたから、それはそれでいいんじゃないかとエクスは思った。


「どうぞ、簡単なものですが」


 夕方に、彼女は一人一杯ずつ、スープを作ってくれた。湖からは心地よい風が吹き、汗が乾いたことで少し肌寒くなった体には嬉しい食事だ。ここのジャガイモは本当に甘くて柔らかい。聞くと、この村のジャガイモは大体彼女が作っているそうだ。この大地のおかげであまり何もしなくてもおいしいジャガイモが出来るらしく、この広さでも一人でやっていけていると話してくれた。


「ふぅ…おいしかったわ。ありがとう!」


「いえいえ、皆さんのおかげで水やりが予定の数倍早く進みました。こちらこそありがとうございます!」


 彼女はすっかり打ち解けてくれて、もう話しかけると戸惑うことはなくなった。レイナはニッコリ笑った彼女を見て、少しためらったが話を進めた。


「それで…そろそろ話してもらってもいいかしら…? あ、嫌なら無理にとは言わないわ。…でもやっぱり気になるの…」


 少し間をおいて、彼女は口を開く。


「別に…構いませんよ。私の名前、『アリウム』という花を…?」


「ううん、聞いたことないわ」


 レイナはそう言ったが、エクスには何か心当たりがあった。恐らくシンデレラが言っていたのだろう。しかし思い出せない自分に、腹が立つ。

 アリウムは少し頷くと話を続けた。


「『アリウム』という花の花言葉は…無限の悲しみ」


「無限の…悲しみ…?」


「母は…私を産んですぐ死んだそうです。私を産む前は健康そのものだったそうなのに…」


 タオがごくりと唾を飲む。


「そして、その後私を引き取ってくれた叔母さんも…母を追うように亡くなりました…。極め付けに、私と仲良くしてくれていた親友を何人も失ってしまいました。これが私の名前にかけられた呪い…無限の悲しみの鎖…です」


「なるほど、それで墓場であんな態度になったわけですか…」


「あ、あの時は失礼しましたっ! でも、そうしないと…無関係な人を巻き込む訳にはいかないので…」


 彼女の話を聞いてエクス…いや四人全員が、ある矛盾に気が付いた。あの村人の「誰も君を恐れてなどいない」という言葉…。しかし、今の彼女の話だと「村人が自分を恐れるので、距離を置いた」と解釈できる。


「ちょっと待って! 私たちが会ったおじさんは『恐れてない』って言ってたわよ!?」


「え、そんなはずはありません…。わ、私が彼らを避けていたのは事実ですが、彼らも私に深く関わろうなんて…」


「そうよ! 最初からおかしいわ! だって、居場所を知っていて何とかしなきゃと思っているのに、会いに行かないなんて!」


「そんじゃ…あのおっさん…いや、村人が嘘ついてたってことか?」


「どうでしょうか…? シェイン達はこの村に来たばっかりなので…」


 またもや深みにはまってしまった。崖に花を採りにったら足場が崩れてしまった気分だ。考えても答えは出ないと思ったエクスは遠慮がちに言った。


「あの…やっぱり、村の人に直接聞くのがいいんじゃないかな…? と思うんだけど」


「直接…ですか…?」


「うん。だって、あのおじさんが君を一方的にないがしろにする人には見えないし、アリウムも嘘をついてるようには見えない。お互いに誤解があるんじゃないかな?」


「そうね、それしか考えられないわ。というかそんな単純な事、もっと早く言いなさいよ」


 えー割と早くない?という言葉をエクスは呑み込んだ。ここでコントをやる気にはなれないし、何より一刻も早く村に戻った方がいい気がした。

 シェインもタオも賛成と声を上げると、アリウムも同意した。


「そう…ですよね。直接お話しすべきでした。戻りましょう!」


「もう日が暮れそうだ、墓参り…はいいのか?」


「お母さんや親友には…結果の報告をしたいので!」


 アリウムはニッコリ笑った。彼女の顔がまたシンデレラと被って見えて、エクスは気まずくなり目を逸らす。


 ―誤解は、解ける。


 村にもうすぐ着くという時、日は大分傾き、山の端にかかりかけていた。その夕日に照らされ、彼らは村の異様な光景を目にする。無数にうごめくそれは、人間ではない。そんな…まさか…彼らはその思いでいっぱいだった。夢中で駆け出し、村との距離を詰める。

 ヴィランだ。エクスの記憶では、アリウムが悲しんだことはなかった。つまり…。


「ロキの仕業ね!! あいつ…何がしたいの!?」


 レイナが思わず叫んだ。しかし彼女の声より更に悲痛な声が続いた。


「嘘…嘘…。ダメ…ダメ!! こんなの! そんな…なんで…あぁ…私…私のせいだ…私の…私が…わた…わあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 エクスが驚き振り返ると、アリウムがしゃがみこんでいた。耳を押さえ、叫んでいる。


「新人さんっ! これはヤバいです!! ロキの雑魚にくわえ、どんどんアリウムさんのが溢れてきています!!」


 シェインの声でエクスは辺りを見渡した。今や、村中にヴィランがいることが明らかだった。それでもヴィランはまだ増えているようでこの村を埋め尽くしてしまうことは容易に予想できた。それを避けるためにはアリウムを落ち着かせないといけない。

 しかしアリウムは突然立ち上がると、村の隣にあった山を駆け上がってしまった。エクス達が追いかけようとするが、彼女の通った道を塞ぐようにヴィランが集まってくる。先にある程度片付けないといけないようだ。


「エクス! シェイン! タオ! 準備はいい!? まずは数を減らしましょう!!」


「準備万端! 始めっから全力だ!」


「そらそうだ。こんだけいりゃ、手加減はいらねえよ! 全力で行くぞ!!」


「もともとこんな奴らに手加減してやる気はありませんけどね!」


 4対無数。無謀に見える闘いが幕を開けた。

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