第2話 彼らは進めず繰り返す

 ヴィラン達の数もそんなに大したことはなかったので、なんとか何とか彼女にヴィランが襲い掛かる前に討伐できた。

 少女の方はというと、腰が抜けたのかペタンと地面に座り込み、ボーっとこちらを見ていた。長い黒髪を後ろで束ね、少しサイズが大きい作業服を着ている。ところどころに泥がついているのが見えた。自分たちと同じような年ごろだろうか? そこはかとなくシンデレラに…とエクスは思ったが、すぐに否定した。自分の甘い感情に人を巻き込むわけにはいかない。

 すると、彼女はつぶやくように言った。


「強かった…死んでない…この人達は…大丈夫…?」


「あ、あの…ちょっと話してもいいかしら? 私はレイナ。よろしく」


 少し遠慮がちにレイナが問いかけた。少女はパッと顔を上げると、すぐに立ち上がり、礼をする。


「あ、あのっ! アリウムって言います! よろしくお願いします!」


「シェインです。よろしくです」


「俺はタオだ! よろしくな!」


「エクスです。よろしくね」


 各自自己紹介を済ませる。それからタオはずっと引っかかっていたであろうことを口にした。


「あのーだな。その…さっきはすまなかった。いきなり大声出したりして…。怖がらせた…よな?」


「いえっ! 私の方こそすいませんでしたっ! いや、あの時は…何というか、その、もうすいませんとしか言いようが…べ、別に怖かったわけじゃないです! それは確かです」


 アリウムは少し慌てながら言い切った。その様子を見て、エクスは不思議に思った。こんな少女に「怖がってなどいない」なんて伝えることがどうしても納得がいかない。それにレイナが普通に話している以上、彼女がカオステラーという可能性はほぼないだろう。彼女はなぜ、村人が自分を恐れていると感じたのだろうか…?

 そして彼女はまた慌てながら言った。


「ではっ! 私! ちょっと村に戻りますので」


 それを言い終わるや否や、彼女は村の方へ駆けだした。レイナが「ちょっと待って!」と言ったが、聞こえていないようだ。みるみるうちに彼女の姿は小さくなった。


「どうしたんだろう…、あの子」


「さぁな。そればっかりは考えても分かんねぇ」


「むしろタオ兄が考えて分かることってあります?」


「おいおい…。可愛い妹分よ…。それはちっとジョークがきついぜ…」


「ではジョークということで。姉御、あの子から何か感じましたか?」


「ううん。何も感じなかった、あの子はカオステラーじゃないわ。でも…何かあるのは確かね」


「何かって…。アバウトだなぁ、お嬢。それはお嬢の力量不足ってことか?」


「違うわよっ!! 私の力は完璧!! そうじゃなくて、色々引っかかるってことよ」


「僕もそう思う。さっきの男の人の話にしても…。とにかく彼女とまた話をしなきゃ」


 エクスがそう言うと、三人とも頷いた。ふと空を見上げると、いつの間にか日が暮れかけていた。少女と出会ったときにはもうすでに夕方だったのだろう。

 彼らは急いで村に…戻りたいところだったが、レイナがダウンしてしまい、村に戻った時には完全に太陽は沈んでいて、辺りは真っ暗だった。


「おぉ、よく戻ったね。おかえり」


「すいません、遅くなってしまって」


 トントンと扉をたたくと、男はすんなりと中に入れてくれた。この人にはお世話になりっぱなしだなとエクスは申し訳なく思う。


「アリウムには会えたかい?」


「ええ、なんとか会えたわ。…でもおじさんの言葉は伝えられなかった。彼女、急いで会話を終わらせてしまって…」


 レイナがそう答えると、男はテーブルに肘をつき、指を組んでため息をついた。


「そうか…。俺が言うのは…なんだが…悪く思わないでやってくれ…」


「もちろん! 明日もまた会いに行くつもりよ」


「それはありがたい。よろしく頼むよ。そうだ、寝る場所を言わないとね」


 そうしてエクス達は寝る場所を提供してもらい、ベッドに寝転んだ。しかし、エクスは寝れる気がしなかった。寝ようと目をつぶっても、どうしても彼女のことが思い出されてまう。この想区についてのある考えがどうしても頭を離れなかった。ありえないと思いながらも、合点がいくようなところもある。

 しかし明日もしっかり動かなければならない。エクスはなんとか眠りにつこうと羊を100匹数えるというありきたりな方法に出た。意外と効果があり、数分後には深い眠りに落ちた。


 ―この花はね、「アリウム」っていうの。これはあんまり良い意味じゃなくて…


「起きなさい、エクス!! 10分で支度して、さっさと出発するわよ!!」


 レイナの叫び声が聞こえる。うるさいなぁ…良い夢だったのに…とエクスは不満を漏らすが、どういう良い夢だったのか思い出せない。夢とは覚めてしまえば儚く消えるものである。しかし、記憶に残ることは出来る、エクスはいつかこの夢を思い出せる気がした。

 重いまぶたを持ち上げ、何とか周りを見渡すと、タオとシェインはもうすでに準備万端といった様子だ。体の疲れが完全に消えたわけではないが、エクスは急いで支度をした。男はもう出かけているようで、丁寧に朝ご飯を用意していってくれている。これまたおいしい。


「おじさんに聞いたら、日中は農作業、夕方にあの…お墓に行くらしいの」


「ふぇ…? 誰が?」


「しっかり起きなさい!! アリウムよ!!」


 レイナがエクスに軽いビンタを喰らわす。その一撃でエクスは起きたようで、状況をすぐに理解した。つまり今からアリウムのいる畑に行こうというわけだ。

 エクスの寝ぼけっぷりにはタオでさえ呆れている。エクスは少しバツが悪そうに言った。


「ごめん、ちょっと昨日眠れなくて…」


「まぁいいわ、とにかく早く行くわよ。彼女の事は色々聞きたいから」


「そうだね、行こう」


 彼らは男の家から出て、村人に尋ねながらアリウムの畑を探した。畑は村から少し離れた湖のほとりにあった。ある…というのは少し弱いかもしれない。存在しているの方が適切であろう。なにせ、この畑は彼女一人で管理しているとは思えないほど広かったからだ。

 タオは驚嘆きょうたんして言った。


「マジかよ…。なんだこの畑…畑っつうかチョコレートケーキみたいだぞ…」


「その比喩ひゆはいささか疑問ですが…ほんとに広いですねー、アリウムさんはどこでしょうか?」


「あそこ…じゃないかしら?」


 レイナが指をさして言った。なるほど、確かに人影が見える。水やりの途中なのだろうか? 何かを背負って畝に水をやっている。

 畑に入って彼女の元へ行こうとしたレイナをエクスが止めた。


「むやみに畑に入らない方がいいと思う。彼女の作業が終わるのを待つか、夕方まで待った方がいいんじゃないかな?」


「それもそうね」


「とはいえ、作業終わるまで待ち伏せしたらまた逃げられちゃいそうですね」


「だったら夕方になるまで待つか…。んで墓参りに行こう」


 タオがそう提案した。夕方になるまで何しようかという相談は満場一致で、男の手伝いをすることになった。せめてもの恩返しというやつだ。しかし、レイナはすぐばててしまい、戦力にならなかったのは秘密。

 そうしている間に、ようやく日が暮れてきた。レイナの「そろそろ行きましょう」という弱った鶴の一声で一行は墓を目指す。

 墓地には村人から聞いた通り、アリウムがしゃがんでいた。彼女の前にある墓には昨日見たカーネーションとは違う、赤い花が供えてあるのが見えた。エクスはこの花の名前を憶えている。


「それ、ゼラニウム?」


 エクスが問いかけると、彼女の肩がびくっとして、ゆっくりと振り返った。レイナの介抱のため、他の三人は少し離れたところにいる。


「あっ、はい。そうです。ぜ、ゼラニウムです」


「ええと、確か花言葉は…」


「真の友情…信頼…尊敬…です」


「それじゃ…このお墓って…」


「私の…親友の墓です」


「そっか…ごめん、変なタイミングで話しかけて。大切な人なんだね」


 すると、彼女は墓に向き直り、うつむいて言った。


「いえ、大丈夫です。そうですね、大切な親友でした…でもゼラニウムには違う意味もあるんです…」


「違う意味?」


「愚かさ…です。私自身とこんな私に近づいてしまった彼女に対しての…」


 彼女の肩がわなわなと震えだした。泣かせてしまったとエクスは焦り、謝罪をする。


「えっ、あっ、ご、ごめん!」


「エクスっ!! ヴィラン様の登場だぞ! くっそどっから湧いてきやがった…?」


 エクスが混乱しながら振り返ると、レイナ達がいる辺りをヴィランが囲んでいる。一言断りを入れて、エクスはレイナ達のところへ駆けだした。

 現場につくと、メガ・ヴィランがいるのが確認できた。しかしレイナは回復したようで、苦労はしなさそうだ。


「それじゃ、さっさと片付けようぜ!」


「うん!」


 タオの掛け声で、戦闘が始まった。




 数自体はそんなに多くなかったので、あっという間に殲滅せんめつが終わった。ふーっと息をつく。しかしその時、意外な人物が彼らの目の前に現れた。


「これはこれは…非常に興味深いものが見れましたね」


 黒い衣装をまとい、鼻にかけたような話し方…ロキだ。もう一人の巫女、カーリーは同席していないようだった。その方が危険度は高いのかも…しれないが。


「またあなたね!? こんな平和なとこにヴィランを出すなんて何を考えているの!?」


「いえいえ『調律の巫女』様、今のは私ではありませんよ。なので私も非常に興味深い」


「どういうことだ!?」


 タオが食って掛かった。その様子を見て、嘲るようにロキは言った。


「この場には私以外にも不思議な人物がいらっしゃるではありませんか? ほら…あちらに…」


 ロキは指をさす。誰を示しているかなど、見るまでもなかった…アリウムだ。ロキの話は決して信用できるものではない。しかし彼は自分の利益にならない嘘はつくような人間ではない。エクス達は認めたくなかったが、それが事実である可能性が高いことを理解した。

 エクスは彼女の方へ振り返った。もう落ち着いたみたいだが、彼女はまだうつむいている。

 ロキはさらに話を続けた。


「彼女はこの想区では少し特殊な…いえ、この想区が特殊とでも言いましょうか? 彼女の悲しみに呼応するように、ここではヴィランが発生する。もちろん私たちがいる間、ですがね」


「悲しみに…呼応して…?」


 エクスは、さっき彼女が泣いていたことを思い出した。いや、まさか…そんなことがあるのだろうか…? 疑問が疑問を呼ぶ。

 しびれを切らしたレイナが、ロキを問い詰めた。


「ロキ、あなたは一体この想区の何を知っているの?」


「おや、少し長居してしまいましたね。ではまた後ほど、『調律の巫女』御一行様…」


「えっ、ちょっと! 待ちなさい!!」


 レイナが言い終わるが早いか、ロキの姿は消えていた。エクスは少しの間呆然としていたが、ハッとしてアリウムの方を向いた。と同時に、彼女がお辞儀をしながら言った。


「で、ではっ! お先に失礼しますっ!」


 そういうと、彼女はまた村の方へ駆けていってしまった。昨日見た景色と同じじゃないかとエクスは悔いる。


「ロキにも逃げられ…アリウムさんにも逃げられ…散々ですね、姉御」


「なぜ私限定っ!? 明日こそ! 明日こそ、カオステラーを調律してロキを『くしゅん』って言わせてやるんだから!」


「それただのくしゃみです。『ぎゃふん』…でしょ? 似てないですけど…」


「どっちだっていいわよ!」


「レイナ、逆切れはよそうね…?」


 レイナさんは今日も元気です、ふざけている場合ではないのは承知だが、エクスはこう思わざるを得なかった。

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