第2話-1 女子抜刀中隊と生徒会長

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   美山紫音のターン


登場人物 美山紫音 17歳 


 ワンガン兵学校抜刀戦術科3年生。

 ワンガン兵学校生徒会長。

 抜刀術の技能は西村麻衣に及ばないが、柔らかな雰囲気の統率力と的確な判断力には定評がある。

 絶望感に押しつぶされそうになりながら、紫音は最後の望みにしがみつこうとしていた。


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 2119年4月2日 午前1時20分 

 渋谷方面軍第78女子抜刀中隊本部


 最前線からは、絶え間なく射撃音が響いていた。

 乾いた音だ。

 戦線を維持するため、精密射撃専門のモデラーズ兵が総動員されているとのウワサだった。

 突破された前線を立て直すため、渋谷方面軍の前線を数キロ後退させることになった。城塞外部城壁まであと少しというところまで追い詰められていた。

 撤退指示の遅れた部隊が各所で孤立し、相当数の行方不明者が出たと前線では大騒ぎになっている。

 未帰還行方不明兵士の数は軽く数万を超えると言われ、最前線の先からは夜中になっても襲われる兵士たちの悲鳴が絶え間なく聞こえていた。

 その叫び声が届くたび、兵士達は暗い夜の闇を見上げた。

 あの叫び声が、麻衣たちではないかと思っただけで、紫音の心臓は締め付けられるように大きく脈打った。

 深夜1時過ぎ臨時設置の渋谷方面軍第78女子抜刀中隊本部。

 そこに彼女はいた。

 ワンガン兵学校生徒会長美山紫音17歳、抜刀科3年である。

「ほ、本部っ、渋谷方面軍本部は・・・既に落ちたそうです」

 最前線から50メートルほど後方に設置された渋谷方面軍第78女子抜刀中隊前線本部に、連絡兵が飛び込んできた。

「そうか・・・・・」

 第78女子抜刀中隊中隊長の柏木軍曹が頭を抱えて視線を落とした。

「前回は10万のゾンビに包囲されても耐えぬいた本部が・・・・たった一日で・・・・・」

 並んで座っていた中隊副隊長も肩を落とし呆然とつぶやいた。

「これも華族重装殲滅騎士団様のお手柄ってヤツですね」

 誰かが言った皮肉に、誰も笑わなかった。

 大きなテントの中には10名ほどの女子隊員がつめていた。

 みな若く十代後半が大半で、隊長と副隊長がようやく二十代前半といった感じである。

 下級抜刀兵士の年齢はさらに若く、隊員の半分は15~17歳だろう。

 大きな地図を前に手駒を並べて作戦を練っていたところに、伝令が最悪の情報をもたらしたのだ。

「どうなるのですか?」

 テントの中で一人雰囲気の違う学生服を着た美山紫音は、不安げな顔で尋ねた。

 戦場には似つかわしくないブレザーにスカートという出で立ちは、彼女が正規の兵士ではないことを物語っていた。

 美山紫音はワンガン兵学校の生徒会長で、防衛ライン崩壊により行方不明になった同級生の救出を頼みにこのテントに来ていたのである。

 彼女の問いかけに、すぐに返事はなかった。

 テント内にいる抜刀隊員全員の顔を見回したところで、柏木中隊長が顔をあげて紫音を見た。

「もはや、どうにもならないかもしれないわ」

 柏木が汚れたままの美貌を横に振った。

 疲れて生気の無い表情だった。

 実際、彼女の指揮する中隊も、前線崩壊の余波を受け、後退する途中多大な被害を被っていた。

 今も中隊戦力の大半は前線に張り付いたままだったし、未帰還の部下も相当数にのぼると教えられた。

「だから、上も戦力を出してくれなかったのか」

 副隊長のつぶやきに、隊員達の顔にもあきらめに似た表情が浮かんでいく。

 この首都圏防衛軍の主力部隊は、実のところ彼女たち抜刀隊と一般兵男女による混成守備隊が大半であった。武器弾薬の確保・製造が難しいうえ、動きの速い生体ゾンビの頭部を正確に銃撃する技能を持った兵士はまれであったため、彼らの主たる装備は金属バットや鉄パイプがほとんどだった。

 ただ、長年にわたるゾンビとの戦いから女性兵士が生き残れる方法として、幼少時から教練がさかんになったのが、日本刀を用いた抜刀術であり、その抜刀術に長けた女子で構成された部隊が女子抜刀隊であった。

「まだ、前線で孤立した学生達が残っています」

 日本刀を握りしめた紫音が一歩前に出て机越しに嘆願した。

「現状では学生を助けるために、兵力は裂けないってことだ」

 中隊長に代わり、副隊長が苦々しそうな顔で告げた。

 言っていることは分かる。しかし・・・・

 生徒会長として同級生を、友人たちを見捨てることなど出来ない。

「たった1キロ先なんです。避難したビルの場所もビーコンで特定しています」

「じゃあ、騎士団様にお願いしたらどうだ?」

 誰かの言った洒落にならない発言に、その場の全員が声を出さずに冷たい視線を向けた。

「問題は、我々の戦力では何ともしがたいということなのよ」

 机の地図に視線を落としたまま、柏木は言った。

「何ともしがたいというのは?」

 紫音は必死だった。言っていることは分かる。だが、そうですね。とは、口が裂けても言えない。









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