〜エピローグ〜

 黒い霧の中を静かに進むエネルギーフィールドの中は、重苦しい空気が支配していた。

 疲労だけではなく、胸に残ったしこりが淀みのように僕の心にのしかかる。

 何度ため息をついただろう。

 みんなは何も言わないけど、やっぱりこういうことには慣れてるのかな?

 それとも僕に気を使ってくれているのだろうか?

 それぞれ思うところもあるだろうに、何だか気まずいや。

 それでも何となくバツが悪いので、屋敷のあった方を向いたまま僕は重い口を開いた。


「本当に、これでよかったのかな……?」

「ん? どうしたのよ、急に?」

「……いや、他に方法がなかったのかと思ってさ」

「あの時は、ああするしかなかった。オレはそう思うぜ」

「シェインも同感です」

「エクスの気持は分かるけど、全てを助けることは出来ないわ。もし目の前に困ってる人がいたら、できることをするだけじゃないかしら?」

「そうだぜ。それでもどうにもならないことだってあるんだ。割り切れねー事もたまにあるしな」

「新入りさん、博士達の決断に不満を持つのはエゴですよ」

「やっぱり……そう、なのかな……?」

「エクスがどう思うかは自由よ。だけど博士達にも想いがあったんだから、それを大事にしてあげなくちゃ」

「なんとかしてあげたいと思ったその気持ちは、シェインたちも否定しませんよ」

「まーどっちかってぇとオレはこういうの苦手だけどな。カオステラー見つけ出してぶっ飛ばす方が性に合ってる」

「タオ兄は単に考えても、答えまで辿り着けないだけのような気がしますけど」

「おいおい、そりゃねーだろ?」

「ありがとう、みんな……」

「エクスくんはホントに優しいんだね〜」

「もう、茶化さないでよ」

「よ〜しよし、ここはひとつ、お姉さんが慰めてあげよう〜。うりうり♡」

「うわっ、ちょっと待って!」


 ──ファムの胸に抱かれながら僕は改めて考える。

 たとえ運命から開放されても、代わりの誰かがその役割を引き継ぐだけだ、と出会った頃のレイナが言っていた。

 物語としての悲劇な運命は、代わりの誰かに肩代わりさせるだけなのだと。

 それなら持って生まれた不幸や、物語に関係しない不慮の事故は一体どうなるのだろう?

 その人が居ないまま、物語は続いていくのだろうか?

 やっぱり他の代役が現れるのだろうか?

 誰かの幸せを願ったとしても、運命に逆らい挑むことはやっぱりいけないことなのだろうか?

 運命に抗えば必ず代償があり、その皺寄せは時として想区の命運まで左右する。

 歴史を、物語を何度も繰り返すのに、細かい部分は色々と違う。

 そこまでして古から語り継がれる物語を繰り返し紡ぎ続けるのは何故なんだろう?

 結局誰も口にしないけど、あの謎も気になる。

 大いなる意思、未知の存在。

 今回想区を管理するストーリーテラーに対し、この世界を統括するような意思を確かに感じた。

 博士が知ってしまったと言うのはその事なのだろうか?


 娘のために禁忌を犯し、運命に逆らった父親の想い。

 父親と一緒に屋敷に残ることを選択した娘の想い。

 幸せって結局何だろう?

 疑問や葛藤が頭の中をぐるぐる駆け巡る。

 結局僕は何も出来ない。何も分からない。そう、とても無力だ。


「昔々、偉い人は言いました。『私は彼の者より優れている。何故ならば自分には分からない事が有ると知っているからである』ってね〜」

「ちょっとファム、いい加減に離しなさいよ!」

「おや〜〜〜? もしかしてお姫様、ヤキモチかな?」

「もう、おふざけは禁止! エクスが窒息しちゃうじゃない!」

「今回エクスくん大活躍だったからね〜、まぁご褒美ということで♪」

「だからって他にやりようがあるでしょ、まったくもう! エクスもいい加減に、は・な・れ・な・さい!」

「確かに姉御じゃ殺せそうにもありませんね」

「シェイン、どこ見て言ってるのよ!」

「大丈夫です、姉御。足りない分はシェインも助太刀しますから」

「……駄目だ、ガールズトークにゃついて行けねー」

「ニシシシ、悩め悩め。若いうちはそれぐらいでちょうどいいって。ね」

 シェインに小突かれレイナに肘鉄を喰らいながら、やっとの思いでファムから開放された僕は、耳元で囁かれたその言葉に、少しだけ胸のつかえが軽くなった気がした。



 いつしか周りは黒い霧からいつもの真っ白い濃霧、沈黙の霧へと変わっていた。

 いつもは退屈で仕方ないこの光景も、とても懐かしく思う。

 やがて僕達を包むフィールドの光が弱くなり、沈黙の霧の中で静かに停止した。


「さてと、それじゃそろそろ行きましょうか」

「おいおい、もうちょっと休んでいこうぜぇ。流石にヘトヘトだぜ」

「何言ってるのよ! こうしてる間にもカオステラーが好き勝手してるかもしれないのよ!」

「そんなこと言ってぇ、レイナ。お腹空いてるだけでしょ?」

「何よ、そういうファムだって!」

「ムフフ……安心して下さい、タオ兄のことは忘れません。それじゃ行きましょうファムさん」

「お、おい、ちょっと待て!!」

「あはは……行こう、みんな!」


 どんなに考えてもその答にたどり着くことは出来ないのかもしれない。

 真実や正義ですらも正解が無いのかもしれないのだから。

 だから悩み考え続けるしかない。

 自分にできることを一つずつやっていくしかないんだ。

 なんて、ちょっとクサイかな?



 まずはレイナに美味しい物をご馳走するところからはじめよう。


















 ──さよなら、クレア。

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