第40話 旅の終わりに

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 夏休みの最終日。

 旅を終えた俺は額を拭って一息吐いた。


 いらないものを山ほどためたビニール袋が庭にずらり。

 汚れがつきすぎて使えなくなった雑巾も山ほど。

 親父がためこんだ新聞紙もまとめたし、いっそ開き直ってワックス掛けもした。


 まさに大掃除。

 かんかん照りの今日だから、汗がやばい。


「部屋、片付いたよ」


 廊下から顔を覗かせた千愛(ちあ)も汗だくだ。

 白いTシャツが透けて下着が見える。

 思わずじっと見ていたら、俺の視線の先に気づいた千愛が半目で睨んできた。


「えっち」


 たまりません。


 咳払いして、それから背伸びをした。

 身体中が痛い。家の面倒を見るのはとんでもなく大変だ。


 でも……母さん。

 なんとかやってるよ、俺。


 ◆


 手の込んだ飯はまだまだ作れないけど、千愛監修のもとそばを茹でる。

 これだけでも満足に出来ないんだから、俺の家事スキルはお察しです。


 冷房が効いた部屋で二人でそばを啜る。

 親父は仕事だ。千愛のお母さんが手伝おうか? って言ってくれたけど辞退した。

 これは俺がやらなきゃいけないことだから。

 千愛は何も言わずに手伝ってくれたけど、まだまだ……甘えてるよなあ。

 今後の課題だ。


「はいこれ」


 ため息を吐こうとした時、千愛が手紙を数枚テーブルに置いた。


「どしたのこれ」

「ナツさんとか、女将さんたちからの手紙」


 手にとって見れば……どれもそれぞれに味わいのある流麗な文字で書かれた時節の挨拶からはじまり、俺たちを思うメッセージが続いている。


「住所聞いといたから、帰ってすぐに手紙書いたの」

「まめだなあ」


 マジで素直に感心する。


「また遊びにこいってさ」

「……おう」


 夏休みが終わるからすぐには行けそうにないけど……行きたいな。


「今度はバイト抜きで行きたいな」

「たぶんコウはどこいっても働かされると思うけど」

「なにゆえ」

「自然の摂理」

「やだこわい」


 ふふ、と笑う千愛。

 今笑うと意味深すぎやしませんか、と突っ込んで、そうでもないと言い返されて。

 二人で不意に笑い合う。


 深呼吸して見渡してみれば……随分とすっきりとした部屋。


「片付いたね、だいぶ」

「がんばったからな」


 どや顔で言うけど……でもすぐに付け足す。


「母さんがしてくれたようにはいかねえな」

「そりゃあ……家事スキルが違うもの」

「だな」


 手紙を置いて、襖の向こうに見える仏壇を見た。

 母さんの笑顔の写真。

 今日掃除をするまで埃を被っていた……笑顔の写真はいま、綺麗に輝いている。


「変わってくんだな」

「なにが?」

「……色々」


 しんみりしすぎる気がして、椅子から立ち上がって食器を片付ける。

 何も言わずにテーブルを吹いて台ふきんを持ってくる千愛と洗い物。


 もう……やってることがまんま新婚って感じだな。

 まだ高一なのに、早くも所帯じみてないか。


「てい」

「うおっ」


 洗い終えた手でぴっと水を飛ばしてくるから、思わず目を閉じた。

 その胸に千愛が飛び込んでくる。


「な、なに? どしたの」

「ご褒美。コウはたくさん頑張ったから……なんかしたくて、ぎゅう」

「……おう」

「えっちなののがいい?」


 剥き出しになったのは、えっちだけじゃない。

 こんなことを言い出すところが特にそう。


「それもうれしいけど。夜は千愛の飯が食いたいかも」

「二つの袋を掴んだね、あたし」


 詳細は聞かないでおこう。

 なぜかどや顔なんだよな。


「次はお給料袋だ」

「お前は俺をどうしたいの」

「どうって……お嫁にもらってもらおうと」


 ……いや。待って。

 自然に、そんな……大事なことさらっといっちゃう?


「……俺でいいの?」

「何を今更」

「まあ、そうですけど」

「それともなに、プロポーズしてくれるの? 予約する?」


 攻めっ気全開の笑顔で見上げてくるので、俺は今度こそしっかりした告白をしようと息を吸いこんだ。


 なんて言おう。

 なんて言えばいいんだろう。

 最初の告白よりもマシなのがいい。

 けど、えっと。待って。すぐに出てこないぞ、そんなもん!


「ねえ、まだ?」

「え、え」

「え?」


 ええい! 浮かぶわけねえ! くそっ!

 こうなったら出たとこ勝負だ、いけえ!


「えっ、えっちさせてください!」




 おわり。

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