第9話 曇り空の下に笑顔

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 駅から出ると、曇り空の重さに引きずられるように鈍色の景色が広がっていた。

 いつ雨が降ってもおかしくない道を、コウは迷わず進んでいく。

 雪野千愛(ゆきのちあ)の手を引っ張るのは、コウ。


 あたしの彼氏はバスに乗ってから、スマホを見て笑顔で言った。


「このバス、先に繋がってるかわかんねえ」

「おいっ」

「……いやマジでごめん」


 すぐにしょんぼりされちゃうから、それ以上何も言えなかった。


 残念だなあと思っていたら、不意に頼もしくなり。

 頼もしいなあと思ったら、やっぱり残念な人だ。

 あたしがしっかりしないと。


 きょろきょろ見渡してみる。

 乗客はまばら。

 そばにいるおばあさんが一番話しかけやすそうだった。


 柔らかそうな帽子に小さな丸めがね。夏だけどバスのクーラー対策なのか、長袖長ズボン。ちょっとふっくらした、猫背の……たぶん八十歳くらい。

 うちのおばあちゃんと同じくらいの皺だから……なんてね。雑な判断だけど、でもだからこそ親近感が湧くといいますか。


「あ、あのう。すみません、ちょっとお尋ねしたいんですが」

「あぁ? なんだい?」


 耳に手を当てて顔を寄せてくる仕草とか、生で始めてみた。

 って、そうじゃない。


「このバス、どこまで行きますか?」

「……なんだい。そういう質問なら運転手さんに聞くのが筋だろ」


 ご、ごもっとも。


「それよりあんた……若い身空に、駆け落ちかい?」

「え」

「へ!?」


 コウと殆ど同時に声が出た。


「嫌な時代になったもんだと思ったら、大して昔と変わらないもんだね」


 な、なんかしみじみ語られてますけど。


「あんたたち、どこへ行くんだい」

「え」

「目的地だよ! それとも……あてもない旅かい?」


 声を潜められてそれっぽいこと言われても困る。

 だいたい、耳が遠いからなのかなんなのか、そもそもの地声が大きい。だから小声になっても十分丸聞こえな声量だった。

 そもそも! そういうことじゃないんだってば!


「西です。広島。彼のお母さんのお墓参りに行くんです」

「わざわざバスに乗ってかい? はーーーーーっ」


 甲高い声に車内の人の視線が――……あれ? 集まらない。


「やれやれ……いいけどね。終点からバスが出ているっちゃあ出ているよ。けど、着く頃には次のバスの最終に間に合わないさ」

「う」


 ごめん、と項垂れるコウに苦笑いしつつ、気にしないでと言おうと思ったんだけど。


「宿も何もないのに、どうするんだい?」


 おばあさんのその言葉に、あたしもさすがに固まった。

 まじで。どうすんの。

 何も布団で寝たいっていうのは、単なるわがまま……だけじゃなくて。いくら先生のお墨付きがもらえたとはいえ、無理はしたくないからだ。

 そんなショックがもろに顔に出ちゃったせいかもしれない。


「しょうがないねえ。これも何かの縁だ。うちにくるかい?」


 おばあさんはそう提案してくれた。

 断る理由もない。


「ねえ、コウ」

「お願いします! ……ってことでいいんだよな?」


 はやっ。聞いたときの声のトーンだけでお前の気持ちわかった、みたいな感じだ。

 幼なじみ? 或いは彼氏特権?

 気になりはするけど、今はどっちでもいい。同じ気持ちなのは確かだから。


「おばあさん、お願い出来ますか?」

「じゃなきゃくるかい? なんて聞かないよ」


 ちょっとへそ曲がりなところがあるけど、そうは言いながらもおばあさんの口元は確かに笑っていた。




 つづく。

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