第8話 いきなり先へは進めない
8...
俺です。コウです。
ど、どうしよう……急に新幹線が停まったんだ。
名古屋までしばらく停車しないはずだし、到着まではまだまだかかりそうだってのに。
「どう、したの……」
腕の中で身を捩るように目を覚ました千愛(ちあ)に、なんて言おうか悩んだ時だった。
「お客さまにお知らせいたします。ただいま、西日本に直撃中の台風により線路上にトラブルがあり停車いたしました。復旧の目処は立っておりません。繰り返します――」
思わず顔を見合わせる俺と千愛。
その横を、忙しない足取りで車掌さんが通り抜けていく。
開いた扉の向こうから、座席に腰掛ける人たちのざわめきが聞こえてきた。
「ど、どうしよう」
一気に不安そうな顔になる千愛を見て、返事に困る。
俺にだってそんなのわからない。
わからないけど千愛のためにしっかりしなきゃって思ったばかりだ。
「なんとでもなるって。直接トラブルに巻き込まれて酷い目にあってるわけじゃないし。大丈夫、だいじょうぶ」
そう言って励ます。
通路にいた他のお客さんが舌打ちしたり、通り抜ける乗務員さんに怒りの声をあげはじめるまでそう時間はかからなかった。
だからこそ……いい大人が狼狽しているのを見たからこそ、頭がどんどん冷えてくる。
久しぶりの感覚だった。
母さんの葬式を思い出す。あの時も、色んな大人が何かに怒っていた。
泣き疲れた俺は、あの時……親父に聞いたんだ。
『なんでお父さんは怒ったり泣いたりしないの? なんで、そんなに落ち着いていられるの』
『そうだな……』
遺影を眺めてから、親父は俺にだけ聞こえるような声で言った。
『お父さんがしっかりしていないと、誰も……母さんのことをちゃんと見送れないだろ? 大変なときこそ、しっかりしないとな』
あの頃の俺には理解できなかったけど、今は少しだけ……わかる気がする。
「……っ」
息を呑んで、怒っている人たちを見ないようにする……そんな千愛の身体が震えているんだ。
俺がしっかりしなきゃ。
「大丈夫だって。電車は無事、車掌さんたちがちゃんと働いていて……千愛には俺がついてる。な?」
「コウ……」
驚いたように俺を見てから、千愛は俺の腕をぎゅっと抱き締めた。
「……うん」
千愛の力の分だけ、俺は空元気でも出さなきゃだめなんだ。
◆
それからは大変だった。
騒然とする車内の混乱はなかなかおさまらず、
「最寄りの静岡駅に停車いたします。運転の再開の目処は立っておりません」
要約するとこういうアナウンスが入って、さらにヒートアップ。
やっとの思いで駅につくなり、保証はどうなっているんだとか騒ぎ出す人もいた。
どうしてくれる。目的地につかないと困るんだ。
色々言ってるけど、言い換えればみんなの言葉はだいたいこれだ。
怒っている人たちに付き合っていても、なんにもならない。
待っている間にスマホで調べたら、トンネルのある山が記録的な台風による豪雨のせいで土砂崩れを起こした、とかなんとか。
トンネルそのものは無事だったものの、土砂の撤去に時間がかかりそう……らしい。
いくら不勉強な高一でもわかる。どう考えたって一日二日で直るもんじゃない。
むしろ人災が出なくてよかったレベルだ。
「コウ……」
初めての状況におろおろしている千愛の手を取って、ホームから降りた。
慌てている駅員さんに「広島に向かうバスとかありますか?」って聞いたら、輸送バスの手配をしているけど時間がかかるとの返事。
まあ……しょうがないよな。
待っていても、ぷんぷん激おこなうな他のお客さんと一緒に移動する羽目になる。
そんなの……気が乗らない。
それに、この旅の目的を思い出してみる。
千愛が切り出してくれた、恋人になるための旅だ。
「ど、どうしよう」
「なあ、千愛。ゆっくり……旅してもいいか?」
「え……」
不安げな千愛の頭を撫でる。
逃げずに俺を見上げてくれる彼女に言う。
「せっかくだしさ。二人でのんびり旅しようよ。怒っても泣いても、新幹線は動かないんだ。だったら……路線バスの旅みたいなノリで。だめ、かな」
さすがに不安がないといったら嘘になる。
千愛が乗り気じゃなかったら破綻するし、そもそもこんなの俺のわがままだし。
けど、
「……だめじゃない」
頭を撫でた俺の手を両手で取って、胸元に引き寄せながらぎゅっと包み込んでくる。少しだけ震えていた。
「でも、だいじょうぶ?」
不安はすべて、そこに集約されるのだろう。
だから胸を張って言うのだ。
「お金は余分にもらったし、今はスマホがある。電波さえ入ればプランはいくらでも練れるだろ? 移動手段も、宿も飯も、ぜんぶどうにかなるさ」
「口から出任せいって」
「う」
さすが幼なじみ。虚勢なんてすぐばれる。
「はあ、しょうがないな……でも、コウのそういうところ好き」
そう言って笑う千愛の顔が眩しい。
「そうだね。うちに連絡して、OKもらえたらいいよ。コウもちゃんと電話すること」
不安から切り替えられるとひたすら強いな。
だからつい甘えちゃったりもするんだが、いかんいかん。
しっかりするのだ、俺。
「じゃあ、それで」
「うん!」
うなずき合った俺たちはそれぞれに心配する親たちを説得し、二人きりで……ゆっくりとした旅路に向かうことにした。
電車は麻痺しているようだったので、二人でバスに乗ることにした。
早くて確実なのは高速バスで、だけど発車するのは夜だし車中泊になる。
そう切り出すと千愛の顔が曇った。
「……夜は、普通に布団とかに寝たい、かも」
まあ……気持ちはわかる。
急がずにって言ったの俺だし、だとしたら――
「マジで路線バスにする?」
そう聞いたら本当に不思議な顔をされた。
「どしたの」
「その……い、いやじゃない? いくらなんでものんびりしすぎじゃない? あたしのわがままだし」
「それ言ったら俺もわがまま言ってるし、別にのんびりでいいし」
別に今更気にするところじゃないと思うんだけども。
「……いいの?」
「お金使いすぎない範囲で。それはさ、普段はしっかり者の千愛がいれば大丈夫だと思うし」
「普段は余計! そ、そうじゃなくて――」
「それ以外になんか問題ある?」
「な、ないけど……」
「じゃあ行こうぜ」
手を差し伸べて笑ってみせると、千愛は少し悩んでから俺の手を取ってくれるのだった。
つづく。
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